見出し画像

スポーツと精神医学(5): 超人達の憂鬱〜超耐久スポーツとメンタルヘルスの関係〜

皆様、こんにちは!鹿冶梟介(かやほうすけ)です。

唐突ですが、超耐久スポーツ(UES: Ultra Endurance Sports)という言葉をご存知でしょうか?

お察しのように”超ハードなスポーツ”のことですが、具体的にいうとマラソン、トライアスロン、自転車ロードレース、遠泳、クロスカントリースキー…などなど、長距離かつ長時間行う過酷なスポーツを意味します。

定義は諸説ありますが、とあるスポーツ科学者によるとUESとは"40km以上の距離を走る競技、または6時間以上続く超長距離競技"だそうです。

...小生も10年ほど前から週末にジョギングをしておりますが、比べるのが恥ずかしいぐらい過酷です😭(小生には絶対無理!)

ご存知のように"運動習慣"は身体的・精神的疾患の予防につながることが昔から指摘されております。

従って、超耐久スポーツをする人々って心身ともに健康を通り越して「鋼の肉体と金剛石の心」をもっている「超人」の類(たぐい)では...、と想像しておりました。

ところが最近、記事執筆のため"ある日本人アスリート”について調べていたところ、偶然にも”UESアスリート”のメンタルヘルスに関する意外な論文を見つけてしまいました。

今回の記事は”超人達の憂鬱”と題しておりますが、UESアスリート達の苦しみをご理解いただければ…と思います。

そしてこの記事の最後に、論文を目にするきっかけとなった”ある日本人アスリート”についてもご紹介いたします。

尚、今回紹介する論文はレビューアーティクル(複数の研究をまとめた研究)であり、その情報量は膨大であることから結果の一部のみを紹介します。


【研究紹介】

Mental Health Disorders in Ultra Endurance Athletes per ICD-11 Classifications: A Review of an Overlooked Community in Sports Psychiatry. Colangelo J et al., Sports(Basel),2023

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36976938/

<目的>

超耐久スポーツ(マラソン、トライアスロンなど超ハードなスポーツ)選手の精神障害に関する研究論文を俯瞰する。

<方法>

2022年11月にScopusとPubMedの2つの学術データベースを検索し、超耐久スポーツとICD-11診断領域内で分類される精神障害に関する学術資料を抽出した。

検索は、「ウルトラ耐久アスリート(超耐久アスリート)」、「ウルトラランナー」、「ウルトラマラソン選手(42.195km以上のマラソン)」、「耐久サイクリスト(エンデュランスロード)」、「トライアスリート(トライアスロン選手)」、「精神障害」、「精神疾患」という用語と、WHOの最も一般的な精神障害のリストにある用語を使って行われた(例: 「うつ病」「不安障害」「摂食障害」)

<結果>

検索基準に従い、UEAにおける精神障害の証拠を示す25の論文を特定した。各論文の方法・結果を各疾患ごとにまとめた。

[気分障害]

水泳選手: 400人の水泳選手を対象とした五ヶ月にわたる調査では、うつ症状が統計的に有意な増加を認めた(POMSで評価: p<0.005)。同じ研究で10日間トレーニング量を増やしたところ、運動強度、筋肉痛、抑うつ、怒り、疲労、全体的な気分障害の評価でかなりの増加(p < 0.005)が生じ、幸福感の低下も見られた 。

トライアスロン: トライアスロン選手の21%がうつ病と診断され、12%がうつ病の治療中であった

ウルトラマラソン(42.195km以上のマラソン): 競技選手の20%がうつ病の可能性があることが示唆された(PHQによる調査)。


[不安障害]

トライアスロン: トライアスロンの選手は、"不安とトレーニング量(r = 0.32, p < 0.001)”、"トレーニング量と知覚疲労"の間に有意な相関があった (r = 0.30, p < 0.001)。

ウルトラマラソン・自転車ロードレース・カヌー競技: カヌー競技選手が最も多く不安・パニック発作を経験し(χ2 = 7.91, p < 0.01)、ロード選手よりも自己嫌悪スコアが高かった(F(2) = 6.91, p < 0.01 )。最も不安・パニック症状が多かったのは女性のカヌー競技選手であった(χ2(1) = 10.27, p < 0.001)。


[摂食障害]

トライアスロン: トライアスロン選手において女性の28%、男性の11%に摂食障害のリスクがあることが確認された(EAT-26で評価)。

ウルトラマラソン・自転車ロードレース・カヌー競技: 摂食障害のリスクはウルトラマラソン選手で12%、自転車ロードレース選手で14%、カヌー競技選手で18%であることが判明した。またほかの自転車ロードレースの研究では13.2%の女性選手が摂食障害の治療を受け、80%の選手が摂食障害を発病するリスクを抱えていた。Female Athlete Triad Screening QuestionnaireとEating Disorder Examination Questionnaireによるスクリーニングテストでは、摂食障害のリスクはウルトラマラソン選手の男性44.5%、女性63.5%に認められた。


<結論>
超耐久スポーツ(UES)の競技者において精神疾患は多く見られる可能性が示唆された。

↓トライアスロンに自信がない方は、まずは入門書を!


【鹿冶の考察】

ここから先は

3,916字
国内外の研究論文を中心に、スポーツを精神医学の観点から解説!

「健全な精神は、健全な肉体に宿る」と言うが、果たして本当であろうか?現役精神科医が、スポーツとメンタルヘルスに関するさまざまな話題をご紹介…

期間限定!PayPayで支払うと抽選でお得

この記事が参加している募集

記事作成のために、書籍や論文を購入しております。 これからもより良い記事を執筆するために、サポート頂ければ幸いです☺️