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あの時よりおいしいハンバーガーをまだ食べたことがない
ハリウッドのどこかという以外、店の場所も名前も覚えていない。それに、たとえ同じ店で同じハンバーガーを食べたとしてもあの時よりおいしいと感じることは決してないだろう。
なぜなら、そのハンバーガーをごちそうしてくれたWangさんとはもう二度と一緒にハンバーガーを食べることはできないから。
期待と不安が入り混じった旅の初日に、それを応援してくれる人と一緒に食べるハンバーガーは、それだけで、忘れることのない最高の味になるのは必然である。
今日は今でも鮮やかな記憶が残るその日のことについて、話したいと思う。
大学2年生の夏、人生で、初めての海外旅行。
降り立ったのはアメリカ、ロサンゼルス空港。
旅の目的は、ロサンゼルスからニューヨークまでバイクで横断すること。
そのとき、手にしていたのは、ロサンゼルスのダウンタウンにあるリトル・トーキョーと呼ばれる日本人街に行けば、日本語が通じるバイクショップがあり、大陸横断のためのバイクが手に入る。という情報だけ。
国際線の機内で隣り合わせた、アメリカ出張に向かう商社勤務のお兄さんは、僕の話に興味を持ってくれたのか、それとも、夜のロサンゼルス空港で使い慣れない公衆電話で当日泊まる宿の予約に四苦八苦している危なっかしい学生に憐れみを感じたのか、たぶん後者だと思う、俺の泊まるホテルの部屋はツインだからと気安く同宿させてくれた。
その親切なお兄さんは、その夜、アメリカでの記念すべき最初の晩餐、1kgはあるんじゃなかろうかという巨大なステーキをごちそうしてくれた。それだけではなく、翌朝向かうリトル・トーキョーのバイクショップへの行き方も調べてくれた。
旅の第一歩から、おおいに人に助けてもらいながらのスタートだったが、いよいよここからは、今回の旅の目的を達することができるかどうかを決める、バイクを入手するという最大の難関が待っている。
バスを乗り継ぎ、リトル・トーキョーのバイクショップに到着した僕は、その日まで何度も何度も心の中で繰り返していた言葉を声に出した。でも、その英語はきっとぎこちなかったに違いない。
「ニューヨークまでツーリングしたいので、バイクが欲しい。」
オーナーのWangさん、日本語で、
「いいよ。その距離を走るのにうってつけのバイクがあるんだ。」
いともあっさり最大の難関を乗り越えていた。
ヤマハ900ccの中古バイクの整備、名義変更の手続き、さらには、旅を終えた後、ワシントンDCで乗り終えたバイクを買い取ってくれるバイクショップの連絡先のメモまでくれた。
出発前にあれだけ不安に過ごした日々は何だったのだろう?
そして、新しいナンバープレートの装着を終え、旅の出発前夜。
冒頭のハンバーガーショップ。
Wangさんと差し向かいでそのハンバーガーを食べたのだ。
炭火の香りが漂い、とても両手で持ち上げられない特大のハンバーガー。
肉汁が滴る分厚いパティの上には、バンズからあふれ出たレタスとトマト。
みずみずしい野菜のその色がとても鮮やかだったのを覚えている。
ビールのジョッキで旅立ちの祝福の乾杯を受けた後、そのハンバーガーをナイフとフォークを使って食べながら、Wangさんとの会話を楽しんだ。
Wangさんが横須賀の米軍基地で働いていたころの話、Wangさんがアメリカでバイクショップを経営するにいたった物語、これから僕が旅で出会う様々なできごとがこれからの人生に与えるものについて、出会ってまだ数日とは思えないくらい、頼りがいのある人生の大先輩とのそれはそれは楽しい時間。
そして、翌朝。約1か月半にわたるバイクの旅が始まったのだ。
あれから数十年のときが経つが、あの時よりおいしいハンバーガーをまだ食べたことがないし、きっと、これからも出会うことはないと確信している。