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オープンカーに乗る男の話

髪留め

その男はユーノスロードスターを所有し
免許を取った頃から12年
大切に乗り続け、今後も手放す気は毛頭ない。

女は本当はマニュアル車を運転できる事をひた隠し、大人しく助手席にいつも座っていた。

或る日曜の昼、目に差し込む光が眩しく
男は左手にある収納スペースからサングラスを取り出し、装着した。そこに何故か髪をくくるゴムがある事を女は見逃さなかった。

問い詰められた男は歯切れが悪そうに表情筋を収縮させ、自らが昔感じた想いを語り始めた。

男は数年前に或る女子を乗せ、オープンカーの天井部を解放したそうな。その際に風で女子の髪が乱れ、女子から小言を言われたと。それ以来、どんな女子が乗っても不快な思いをさせないようにゴムが乗せてある。

そして、ダッシュボードからグレーのポーチを取り出しそこへ大事そうに仕舞った。何故仕舞うのか不思議に感じた女は、そのポーチを男から取り上げ、中を覗き込んだ。

ポーチの中には黒と茶色のヘアゴムが約20本、クリップ式のピンが2本、小さな鏡が収められていた。

男の不特定多数の女子に対する優しさに吐き気を催した女は、信号で停車した際にドアを開け、道端にポーチを投げ捨てた。

不特定多数の女子に怒りや妬みを感じたのではない。男が他所に振りまく愛想や、今交際している女に対し何の配慮もない事に違和感を感じたのだ。

心臓を掴まれ、捻り持ち上げられる様な感覚は決して幸せと呼べるものではなく、悪びれる様子を少し見せる男の言葉に本気の謝罪は見えない。呆れた女は車をコンビニの駐車場に停車させ、男を諭し始める。

あんたの多数の女子に対する想いはわかった。
不特定多数の女子に好かれたいのか
それとも私だけに大事にされたいのか
一体どっちなの?

女の失望の混じる冷たい怒りは中々治らない。
男はその場ではとりあえず、女だけに愛されたいと嘯くが、過去の恋愛で失敗を続け猜疑心の強い女は簡単には納得しない。

まだ昼過ぎである。
せっかくの天気の良い日曜日、そこでロードスターを降り関係をぶち壊すか、男を泳がせ様子を見るか。女はその場では男の様子を見ることに決めた。

しかし、女の期待や希望はすぐさまその夜にズタズタに壊される事になる。その話はまた次回。

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