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振り返るな、書け

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ランダムお題を制限時間内に書く、即興小説です
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記事一覧

戸籍に座右の銘の記載が必須になって、五十年が経った。

 戸籍に座右の銘の記載が必須になって、五十年が経った。
 二〇××年代初頭、十分な告知も説明もないままひっそりと可決したこの法案は当初、国民から大反発を食らったらしい。
 個人の思想を国で一元管理するなんてあり得ないということで、座右の銘を明記することで起こるであろうありとあらゆる問題が指摘され、糾弾され、デモも相当あったと聞く。
 この強引な法改正によって、十八歳以上の全ての成人が、第一座右の銘

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ありきたりな言葉に燃えるか?

 僕は萎えていた。
「お題、『憤怒』だってさ。苦手だよ、強めの感情を熟語にしちゃってるやつ。使いたくない」
 1時間以内に書けと言われた小説のランダムお題が、それだった。

 小説ってさ、主人公が怒るとき、それを『憤怒した』って書いちゃったら終わりじゃない?
 逃げだよ、たった2文字で全ての描写をすっ飛ばすなんて。

 既成の単語を使わずにいきいきと主人公の心情を表現し、読者の脳内に再現させる。

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人質流しの話

 僕の家は祖父の代から、人質屋を営んでいる。
 一般的な質屋と同じシステムで、人を質に入れてもらって、お金を貸す。
 期限までに利息込みのお金を返してくれればこちらも人を返すし、踏み倒されたら人は売りに出す。
 どういう人にどのくらいの値段をつけるのかはお店ごとに異なり、若ければ若いほど高いとか、女子供の場合は返済期間を少し伸ばしてあげるとか、色々だ。
 うちの場合は『自分に身近な人ほど高くする』

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絶筆

 あなたはいま、書斎にいます。
 作りつけの書棚にはぎっしりと、文学全集や豪華な装丁が施された本が詰まっており、天井にぶら下がった瀟洒なシャンデリアが室内を照らしています。
 あなたの右手に握られている世界的文学賞のトロフィーは、ぼたぼたと鮮血を滴らせています。
 そう、編集者であるあなたは、目の前の作家を殴って殺害してしまったのです。



 事の始まりは、いまから三時間ほど前の夕方四時すぎ。

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もらわずに済んでいたら

「ただ幸せになりたかっただけなのにな」
 彼はそう言って笑いながら、引き金を引いた。
 パンという乾いた発泡音と、噴き出した血液が砂利の上に飛び散る音がして、その少しあとに、彼の体がドサリと倒れた。
 舞い上がる砂ぼこりが、彼の皮膚を無遠慮に汚す。
 潔癖症の彼は、生きていたらきっと、こんなことを許さない。
 ペシとも払わないのを見て、『ああ、彼は死んだのだ』と思った。



 私が彼と出会った

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史上最速三題噺『片想い・ゴミ箱・恋人』

 片想いの相手の家に行ってまずすることは、ゴミ箱を漁ることである。
 ゴミ箱の中身、手入れの具合、詰め方……人の性格や生活の痕跡がこれほどまでにあらわれるものは、他にないんじゃないかと思う。
 一生を添い遂げたい好きな相手ならば、綺麗なところや素敵なところばかり見ていてはいけない。
 ゴミの分別のひとつで、自分の波長とどれほど合うか――何を許し、何を気にせず、何を不要だと考えるか――を知ることがで

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同胞

 マッチングアプリが好きだ。
 適度に盛った写真に吸い寄せられた男たちが、丁寧語と絵文字の羽衣に包んだ下心を、おっかなびっくり送ってくるのが良い。
 ポイントを無駄打ちしないよう、予算と気力のチキンレースの果てに私のところに送ってきているのかと思うと、大変愉快だ。
 彼らには申し訳ないが、私はただの暇人である。
 大人が決めた堅苦しい規則の中で生きるのが辛い、ただの暇人。
 会うつもりはサラサラな

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冷やす三日、お別れの五分、美しかった三分、燃える四十分

 人間が死体でいられる時間は、せいぜい三日だ。
 それだって、火葬場の混み具合で決まる程度のもので、神聖な意味があるわけじゃない。
 大多数の日本人は、自分の大事な人の死を、特定の宗教の思想に当てはめようなんて思わない。
 遺された側の人間の執念が、数日のあいだ、死体を地球上に存在させる。
 放っておけばゆるやかに溶けてゆく体を、ガンガン冷やして崩れないように形を保つ。

 そうして必死に自然の摂

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奇跡を殺した日

 生きてしまった罪悪感、というものが、確実にある。
 小さな共同体――家族だったり、学校だったり、地域だったり――の全員が等しく災厄に見舞われ、無惨な死を遂げたなか、ひとり生き残ってしまった場合。
 当時六歳だった僕は、泥だらけで棒立ちのまま、知らないおばさんに『生きててよかったね』と抱き締められた。
 おばさんは涙を流して僕が生き残ったことを喜び、テレビ越しにその様子を見た誰もが、同じように涙を

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シティポップの歌詞にはなれない

 ベランダに出て、iQOSにタバコを挿した。
 きょうも平和だ。爆撃もされないし、家族や恋人を危険な地に連れ去られることもない。
 二月末の夜風は適度に冷たく、湯上がりの体温を下げていく。
 頬の火照りを失いながら、いつもどおりの陳腐な夜景のなかに、わたしが溶けていくのを感じた。
 手の中のデバイスが震える。白いLEDの粒がふたつ灯った。
 唇の端で咥えて思い切り吸い込み、肺をいっぱいに膨らませる

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君と居ると死にそうだ!

 奥手な僕が告白を決意したのは、君の造作があまりにすばらしかったからだ。
 目や肌や髪が美しいのはもちろんのこと、微妙に噛み合わせがあっていない犬歯や、「ひひひ」というなんとも味わい深い引き笑いをしたりするところなんかも、魅力的だと思う。
 君は、僕を殺せる凶器をたくさん持っている。
 手が触れればきっと僕は、汗が噴き出しすぎて脱水かなにかで死ぬ。おでこをこつんとされたりしたら、そこからひびが入っ

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この瞳にあなたは映らないけれど

 古今東西、ストーカー男が盗聴器を仕掛けるものは、ぬいぐるみと相場が決まっている。
 女性の皆さん――いや、いまどきは男性であろうとなんであろうと等しく注意をすべきだが――は是非とも、職場で開かれた誕生日会でぬいぐるみをもらったら、一度お尻をみて欲しい。
 縫い目がおかしくないか……と。

*

 奈々は今宵も、ぬいぐるみに向かって話しかけていた。
「ねえ、パンくん。あしたは料理教室に行くんだあ」

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立派な墓

お題:親友 制限時間:1時間

 親友が死んだ。
 嵐で増水した川を見に行って、風にあおられ、濁流に落ちたらしい。
 目撃したウーバーの配達員は、「あっという間に飲まれてしまい、助けられなかった」と言って、肩を落としていた。
 見ず知らずの他人が死ぬところなんて見てしまって、さぞ胸糞悪かったろうと思ったけれど、彼は本当に悔しそうだったから、なんとも不思議だった。
 俺の人生の最重要項目だった親友の

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フォークの密猟

お題:フォーク 制限時間:1時間

 もしこの世界に審判者がいて、死ぬときに人の所業をジャッジするなら、僕は地獄行きだ。
 ついに、フォークの密猟に手を染めてしまった。
 腕の中でぐにゃりと曲がった金属を眺めながら、呆然とする。
「クェ……」
 まだ息があるらしい。
 付け根のところをもう少し曲げてしまえば、完全に死ぬだろう。
 先が二叉のものは珍しいから、きっと高値で売れる。
 でも、それでいい

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