ありきたりな言葉に燃えるか?
僕は萎えていた。
「お題、『憤怒』だってさ。苦手だよ、強めの感情を熟語にしちゃってるやつ。使いたくない」
1時間以内に書けと言われた小説のランダムお題が、それだった。
小説ってさ、主人公が怒るとき、それを『憤怒した』って書いちゃったら終わりじゃない?
逃げだよ、たった2文字で全ての描写をすっ飛ばすなんて。
既成の単語を使わずにいきいきと主人公の心情を表現し、読者の脳内に再現させる。
そこが腕の見せどころじゃないのか?
怒りは万人・万物が持ち、一生の中で何度も経験し、しかもそれはいつも同じじゃない。
燃えさかるBBQに突っ込んで行くような怒りもあれば、小刀を研いで研いで恨んで恨んで刺すような怒りもある。
憤怒。プンスカ、と同義。
「怒りを漢字2文字で表現していいのは人類でただひとり、太宰治だけだよ。いや、それだって『激怒』だ。憤怒だなんて仰々しく書いたわけじゃない。読者にイマジネーションの余地を与えない強い単語を安易に使うのは、僕は反対だね」
僕がぼやいているのに、隣に立つ友人は「ははは」と笑いながら、さっさとスマホに入力している。
「君は筆が速くていいな、もう思いついたのか」
「いまのお前の様子を書いたら秒で書ける。小説書くのたのしー」
僕はため息をつき、眉間にしわを寄せながら、スマホにぽつぽつと書き付け始めた。
僕らの才能はまだ、眠っている。
本当は、一等の真珠のようなみずみずしい感性があって、でもまだそれは貝殻の中で大切に隠されている。
そして、まだ磨く前だから、いまいち輝ききれていない。
そうじゃなくちゃいけない。
だって僕らは誓ったんだ。
お前が直木賞、僕は芥川賞で、一緒に世界へ蹴りを喰らわしてやるんだと、ずっと思ってる。
いつか使いこなしてやるさ。憤怒もね。
(了)