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のんびり野球少年の母親が、気になり出したこと🤔【ドジママの子育ては、なぜか東大につながっていた】
のんびり野球と母親の気がかりは…。
小学生ママあるあるの「塾どうする問題」、ドジママはどうしたのか?
遊びたい盛りの小学生の気持ち、どうくすぐったのか?
遠回りでも、歩めていればいいんです。
学力とやる気のヒント💡を含んでいます!
グローブとバットとおにぎり🍙がお約束
わが家の小学生男子2人は、野球にハマりました。
子どもですから、もちろん良いのです。
健康的で体力も付くし、スポーツができれば
女の子にもモテちゃうかもしれません。
いや、まだモテなくていいんだけど…😅
平日は、小3までは児童館の学童保育に行く
生活だったのが、小4からは自由の身になる
ことを選んだ長男。婆ちゃんの家に行ったり
自分の家に帰ったり。
土日は、野球⚾
長男が小4、次男が小1の時にご近所の自治会
の少年野球チームに入団したので、土日の午前
中は野球に明け暮れていました。
グローブとおにぎりをリュックに背負って
バットを斜めにして背中にくくりつけ
グラウンドに向かう自転車の後ろ姿を、
そして、そのすぐ後ろを自転車で
追いかけるミニチュア相似形の弟の姿を
今も忘れることはできません。
☆少年野球を始めた頃の記事は、こちらからどうぞ↓
少年はのんびりと、すくすくと育ちました。
ベソかきながら…。
母親の心に芽生えた気がかり
ただ、母親である自分の中に少しだけ
「こんなにのんびりしていて、いいのかなぁ」
という思いが時折、一瞬頭をかすめたりして
いたのも事実です。
学習塾というものには、行かせておらず。
地方都市ということもあって
周りの子も割とのんびり、小学生をエンジョイ
している子が多い環境でした。
ただ低学年の頃から公文などに行っている子も
中にはいました。
ウチは、どうなんだろ…。
長男に関しては、3歳の時に
母が次男の育休だったほんの数ヵ月間だけ
歌とリズムで英語を聴く教室につれて行き、
その後は爺ちゃんに、ネイティブ先生の
英語スクールにつれて行ってもらい…。
☆幼児英語の笑えるエピソードは、こちらからどうぞ↓
次男は、キッズ英語AからEC英会話に移りまし
たが、長男はネイティブ英語を辞めた後、ECに
入りました。
この頃には水泳も、大して泳げるようになった訳
でもないけれど、本人も続けたいとも思わなかっ
たので辞めてしまっていました。
結局、この頃は
○身体を動かすこと ➡️ 野球
○学校以外の習い事 ➡️ 英語のみ
…という状態でした。
この時、長男は小学4年生。
けれども、東京に住んでいた兄から
「東京の小学生は、電車の中でも勉強してるぞ~」
と言われ、ものすごく驚いたことを覚えています。
ちょっと心がざわざわとしてきた、と言うか。
「小学生って、学校以外で勉強ってするもんなの?」
そう言った気がします。
す、すみません🙇♀️
これは、幼児期の家庭教育が大切だという記事
と矛盾するんじゃないか、と思われるかもしれません。
☆東大生の次男がふり返る「学力のカギは家にあった」は、こちら↓
母親の漠然とした不安は、ここら辺にあったのかもしれません。
幼児期に、なるべく早めにひらがなを教えたり
数字を教えたりしていたので、小学校に上がる
時には大体知っている、という状況になっていました。
なので、学校での成績はいつも良かった訳です。
予習・復習などしなくても、学校の授業で習えば
十分理解できるので、予習・復習の必要性は感じなかったのです。
宿題はもちろん(時に、いや、しょっちゅう?忘れ
ながら…)やってはいましたが。
だけれども…もしかして
「井の中の蛙」
になってやしないだろうか?
母は、自分の子どもの頃のことも時折
思い出していました(遠い目)。
引っ越して、小学6年生の時に転校すると
転校先の小学校での勉強は進んでいて
前の学校より格段に、レベルが高かったのです。
そのため、まったく無勉強でも授業だけで
十分だったのが、転校先ではそうもいかず。
日曜日にクラス女子のお宅に遊びに行ったのに
「家で一緒に勉強しよう」と言われて
家で勉強するの?と当時、ビックリした記憶があります。
同じ市内の公立小学校の間においてでさえ
レベルには非常に大きな差がある、という事実は
当時小6の女子(ドジママにも、そんな時代が…
遠い目)にとって、かなりショックな出来事でした。
母は、昭和の苦い経験を平成の小学生にも
応用するには、どうすれば良いのか考えました。
テストだけよ💓
かといって、遊びたい盛りの小学生男子。
興味の対象はと言うと
野球とゲーム、マンガです。
そこで!
子どもには、できるだけ規模の大きな
テストを受けてみるように促しました。
塾には行かなくていい
テストだけよ💓😉
そう言って、遊びたい盛りの小学生男子には
学力コンクールだけ、受けさせていました。
遊びたい気持ちの強い時期に
ただ「勉強しなさい」なんて言っても
子どもの気持ちに拒否感が強まるだけじゃ
ないかな~と、ドジママはふんだのです。
え~、どうして、学力コンクールを受けた
方がいいの???
大きな目を見開いて、真剣なまなざしで
聞いてくる素朴な疑問には、こんな風に
答えていました。
「学校には、同じ学年が2クラスしかないから
60人もいないけど…
県とか全国には、い~っぱいいるよね~。
いずれ、高校入試とかになってくると
県内でみんなが受験するわけだから…
広い範囲で、今どのくらいの位置にいるのか
試すだけ試しておいた方がいいと思うんだよね」
さらに、
「広い範囲でも、上の方にいるんだったら
塾に行かなくてもいいじゃん🙌」
と、子どもにとっても嬉しいアドバイス
(ただし上の方にいるならば)をしていました。
子どもは、塾に行かずに済ませたいので
その気持ちをくすぐっていたわけです。
これは、結果的に功を奏しました👌
子どもの立場で、ちゃんと納得するように
話してアドバイスをすることが大切です。
ちなみに、学力コンクールも
小1と小3の時には →算数だけ
小4からは →算数、国語、理科、社会
と、科目が増えてきたタイミングでした。
小1と小3にもそれだけ受けていましたが
算数だけだったので、出来ていたのです。
全科目になってみると…
しっかりと取れた科目と
思うほど取れなかった科目、
広い範囲の中で自分の位置が分かったようでした。
その上で、やっぱりグローブとバットを背負って
出かけて行くのでした…😅
この頃は、中学受験をすることになるなんて
夢にも思っていなかったのです。
――小学5年生で、長男は大きな分岐点を迎えました。これを読めば、普通の小学生がどうやって東大への道を歩んだのか、分かります。言葉のかけ方、中学受験の乗り越え方、大切な事を掲載しています。特別編です――
※子ども達が読んでいたマンガや野球のお役立ち本を、一部紹介します。
ドラえもんが大好きだった(今も大好き)
子ども達が読んでいた、藤子・F・不二雄さんの
学習まんが人物館。↓
長男が生まれる前の1996年に亡くなられたのに
ドラえもんは、ずっと皆の人気者として生き続けています。
ウルッと来ました。
ドラえもんの算数シリーズ。この「たしざん・ひきざん」は、弟に買ったものです。↓
少年野球のフォームが、写真で掲載されて分かりやすく、もっぱら野球を熱心に研究していました😉↓
☆小学校の中学年くらいの頃、子どもが家で読んでいた本についての記事「東大生が、小学生の頃に読んでいた本達」は、こちらから。↓
☆ドジな母親の子育てでも2人が東大に現役合格できたので、どんな子育てだったのかをシリーズで連載中。序章は、こちらからお読み下さい。↓
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