シェアハウス・ロック2406初旬投稿分

ネットのエントロピー増大0601

「街頭」の活性、 言い換えると猥雑、もっと言うといかがわしさはネットのなかに移ったのだろうか。
 福岡伸一さんは、『週刊文春』連載の「パンタレイパングロス」(5月23日号)で、「動的平衡論」にエントロピー増大をつなげ、以下のように言う。

 最近とみにエントロピー増大が顕著なのは、とりもなおさずネット社会。ゴミやノイズだけではなく、毒素や腐敗物が散乱し、罠や落とし穴がいたるところにしかけられている。
 こうなると小手先の掃除やメンテ(削除や取り締まり)だけでは到底追いつかない。システム全体が、もっと生命的に、どんどん動的に更新されなければならない。
 
 だけどさぁ、本当にこんなことになったら、最悪、出来損ないのSFによくあるAIが支配するディストピアみたいなことになるぞ。もっとも、これは、福岡さんの言う「システム全体」が「システムそのもの」、つまり「ハードウェア+ソフトウェアのみ」を指している場合に言えることである。ああ、政治がからむというディストピアもあるな。
 だが、「システム全体」に「我々」まで含めるのなら、救いは「我々」のなかにある。というか、そこにしかない。「我々」は間違いなく、広義の「システム全体」の一部を構成するのである。こういうことは、政治なんかに期待してはダメだ。
 私は職業柄もあり、83年からネットを使っている。ただし、そのころ言われていた「個人が世界とつながれる」などという妄言はまったく信じていなかった。「世界に向かって発信できる」は、「それはそうだろうさ」と考えた。だが、「つながれる」と「発信できる」はイコールではないし、実は相当の距離がある。。
 当時、ドゥルーズ=ガタリの『アンチ・オイディプス』が流行っていた。その主張のひとつである<n個の性>のモジリで、「我々は、ネットによって<n個の生>を生きるようになる」とは考えていた。
 つまり、私を例にすると、「バッハ」「和太鼓」「文楽」「音楽」等々の<n個の生>を、ネットを媒介に満喫できるようになると考えたのである。
 そういう人も現在いるに違いないが、私は現在のところそうはなっていない。
 なぜなら、「バッハ」「和太鼓」「文楽」「音楽」等々を「シグナル」としたら、それを取り巻く「ノイズ」がある。あるときから、私は「ノイズ」のほうがおもしろくなったのである。福岡さんも、前述の引用で「ノイズ」と言っているが、実は私は「ノイズ」が大事なのだと考えている。これは、そのうちお話しする。
 前述の福岡さんの懸念も、私は「我々」こそが解決すると考えている。ごくごく些末な一例をあげると、私はネットニュースなるものをほぼ読まなくなった。ネットニュースのライターは、聞くところによると、一時間に六本書くそうだ。また、おそらくなんらかのインセンティブがあって、自分の書いたニュースが読まれると、それなりのことがあるのだろうと思われる。だからいきおいタイトルを工夫し、そこを叩かれる回数を競うことになる。これもテキヤの「掴み」と一緒である。
 私は、ネットニュースでタイトルに見合う中身をほとんど読んだことがない。ほとんどが、羊頭狗肉。よって、このごろではまったくと言っていいくらい読まなくなった。
 前述の「『我々』が解消する」とは、こういうことの積み重ねの先にある。

 
【Live】回想法0602

 5月24日の毎日新聞のコラム『ココロの万華鏡』(香山リカ)は、「昔ばなし、何度も聞いて」というタイトルだった。香山リカさんは精神科医だが、現在は確か北海道で、地域医療に取り組んでいる。地域医療だから、精神科だけでなく、ほかの科も見るのだろう。ご老人の話を聞いてあげることが、医療効果をあげることになる、少なくとも、ご老人の「元気の素」にはなるという話だった。
 香山さんはこれを、アメリカの精神科医ロバート・バトラーの「回想法」にからめて書いていた。
 香山さんによると、認知症になった高齢者に何度でも昔ばなしをしてもらうリハビリ法である。バトラーがこれを思いついたのは、50年ほど前だ。
 回想(法)は、英語では、reminiscenceもしくはlife reviewである。高齢者に自分史、思い出を聞くことであり、受容的、共感的な態度で聞くことがキモのようだ。取手市(千葉県)ではこの手法を取り入れた認知症予防事業として、「回想法スクール」「脳活教室」がさかんに行われているという。
 でも、これは、まだ認知症になっていなくても(笑)世代間交流や地域活動としても成立するね。
 なんだか他人事のように言っているが、私としては、当『シェアハウス・ロック』を書いていることによる認知症予防効果を期待したいところだ(笑)。
 たとえば、2回前の「お茶の水駅頭事件」のように、ズルズルととりとめのないことを書いているうちに、まったく忘れていたようなことを思い出すことがある。これも、認知症予防につながるのではないかと期待できるような気がする。
 私は認知科学学徒でもあるので(笑)(『シェアハウス・ロック既視感0308』参照)、友人たち(こっちは本物。早稲田の心理学の院生だった)と、人間の記憶戦略について議論したことがある。結論は、「人間は、経験したことは全部憶えている(としたほうが記憶戦略として納得できる)」だった。つまり、特定的に憶えるというよりも、とりあえず全部憶えておくが、思い出せるのはそれのほんの一部というようになっていると考えたほうが、記憶戦略を考えた場合納得できるという意味である。
 もうひとつ、記憶戦略のちょうど逆、想起戦略に「芋づる方式」というものがあることを、どこかで読んだ記憶がある。
 だから、「街頭」のことを書いているうちに、「お茶の水駅頭事件」のような、記憶の底の底に沈んでいたようなことを芋づる式に思い出すのではないか。『シェアハウス・ロック』を書いているときに、結構あるよなあ、「そういえば」で昔のヘンなことを思い出してしまい、書くことが。
 この「芋づる方式」を調べたいのだが、生半可以下の認知科学学徒(笑)たる私には、調べる手づるがまったく思いつけない。
 今日は4回も笑った。最高記録である。笑うことは、精神衛生にはいいだろうが、認知症予防にはどうなんだろう。多少はいいのかな。
 

S/N比0603

 前回『【Live】回想法』が挟まったが、今回はその前からの続きである。
 まず、S/N比は、一般的にはオーディオ用語である。他の分野でも使われるのだろうが、私はオーディオ関係の雑誌でこの言葉をおぼえた。Sはシグナル、Nがノイズ。つまり、S/N比が高ければ高いほど、「いい音」が聴けることになる。オーディオ関係だったらそうだ。だから、ここでは、Nはなければないほどいい。
 でも、『咳ではなく、すすり泣き0521』でお話ししたようなことはどうなのだろう。『マタイ受難曲』(ヨハン・セバスティアン・バッハ)1939年のライブ盤には、すすり泣きが聞こえる。いまだ第一次世界大戦の傷跡も癒されないときに、ナチスの足音が高くなり、アムステルダム・コンセルトヘボウの聴衆は、次なる戦争の予兆を感じ、我が弱き=人類の弱きを泣いたのであるが、そのすすり泣きは、デジタル・リマスター時に処理されるべきノイズなのだろうか。私のなかでは「そうだ」という声と、「そうじゃない」という声が同時に聞こえる。
「そうだ」という声はそれがとりあえずは明らかなノイズであるからで、「そうじゃない」という声は、「音楽(シグナル=信号)を取り巻く状況も含めて音楽じゃないのか」という、一種の自省を含んでいる。
 音楽の話はここまでにする。
 私が、3回ほど前から「ノイズが大事」「ノイズのほうがおもしろくなった」と申しあげているのは、こういうことである。
 突拍子もない話に接続する。
 エマニュエル・カントが、神の存在を証明しようとした。これは、ネットで読むことができる。だが、それだけ(ネットに書かれていることだけ)で神の存在証明を十全に理解できる人はどれだけいるのだろうか。告白すると、私には、ネットの情報だけではまったく理解できない。
 エマニュエル・カントが、これをやろうとしたのは、『実践理性批判』においてである。
 前述した「ネットの情報」は、本日の文脈に沿って言えば、「シグナル」である。ところが、『実践理性批判』になると、カントの嘆息や息遣いも聞こえるような気がして(こっちが「ノイズ」)、「わかりそう」な気がする。「まったく理解できない」から、「わかりそうな気がする」を、「同じようなもの」と考えるか、「相当の距離がある」と考えるかがここでの分岐点になる。
 私は、後者の立場に立つ。前者の立場は、昔々の言い方で言えば「〇×式」に毒された立場であり、いまの風潮で言えば「成功者こそが偉く、成功しなかった者≒敗残者」という新資本主義の立場である。この新資本主義の立場に立った言い方に、「結果こそすべて」という言い方がある。これも、私は好きではないし、間違いだと思っている。
 結果なんかでなく、経過、経緯がすべてなんだよ、本当は。ウソだと思ったら、いっぺん死んでごらん。よくわかるよ。

 
【Live】水槽の「ノイズ」0604

 ベランダに置いてある2つの陶製の水槽でメダカを飼っている。今年は暖かくなるのが早く、産卵床用のホテイアオイも早めに買えたので、現在、200匹近くの稚魚がいる。ここのところ、彼らは餌を食べるようになった。餌を食べれば一安心である。まだ小さすぎるので実際には食べるところは見られないのだが、体全体の動きで、食べていることはわかる。
 稚魚は現在、小さいほうの陶製水槽と、発泡スチロールの臨時水槽にいる。
 先週までは臨時水槽は2つあったのだが、そのひとつは小さいほうの陶製水槽にまとめたのである。
 まとめたほうの臨時水槽では、2つ発見があった。ひとつは水槽の「ノイズ」たるタニシである。私は、7年間、タニシであると疑いもしなかったのだが、どうもよくよく見ると形がちがうし、カタツムリのような「ツノ」もある。これは、つい最近の発見だ。
 調べたところ、サカマキガイ、もしくはモノアライガイらしい。この二者は、素人目には区別がつかない。彼らは有肺目に属し、巻貝というよりもカタツムリに近いという。
 もうひとつは、あれは線虫なのだろうか、伸び縮みすることによって移動する切れた輪ゴムのような生物がいて、これを3年ぶりくらいに観察した。こっちはそれなりに調べたものの、いまだに名前が不明。
 コイツらに似ているが、身長は多少短く、クルクル回ることによって移動するヤツらがいる。今年はまだ見ていない。コイツらも名前が不明。
 もちろん、私が飼っているのはメダカであって、コイツらは「ノイズ」だ。だが、「ノイズ」もおもしろい。
 当初、タニシも含め、「おまえらなんか飼っているつもりはないぞ」などと思っていたのだが、だんだんとコイツらにも愛着がわいてきた。愛着がわくことによって、ベランダの水槽が、多少矮小ではあるものの、ビオトープのように感じられるようになってきた。「おまえらなんか飼っているつもりはないぞ」時代に比べ、たかだか陶製の水槽が、なんとも豊穣な場所に見えるようになったわけである。
 豊穣と言えば、200匹の稚魚がおり、まだまだ卵が産まれるので、豊穣にもほどがある状態になってきている。
 近所に、あまり動物植物の管理を厳しくしていない公園があるので、そこの池に放流しないといけないかなと思っている。かつて、一回だけ放流したことがある。その後、放流するメダカになるべく負荷をかけない放流方法を考え出したので、今年こそそれを試したいと私は思っているのだが、我がシェアハウスのおばさんは放流に大反対である。
 説得に応じるようなおばさんではないので、どういうことになるか。メダカは、r選択というやつで、どれだけが成体になるかはわからないのだけれども、それにしても今年は多すぎる。おばさんは、必死になって里親を探すだろうけど、今年はちょっと無理だろうなあ。まあ、お手並み拝見である。
 
 
【Live】驚くべき数字0605

 6月2日『毎日新聞』の「掃苔記」(滝野隆浩)に関するコメントが今回である。「掃苔記」はコラムだ。
 表題は「高齢独居死」の数字で、その推計値は年間6・8万人である。バブル崩壊後、2年間ほどだったと記憶しているが、年間3万人の自死者が出て、社会問題視された時期がある。それの倍以上である。もっとも死のタチは違う。それでも、これも社会問題化されてもいいだけの数字だと思う。
 この数字の公表は、立憲民主党の長妻昭が2022年の5月衆院予算委員会で質問したのに対する回答であり、質問時の岸田首相の答弁は「(孤立死の)定義を明らかにしたうえで実態を把握していく」だったという。そのとりあえずの回答が今年の5月13日だ。2年経っている。
 定義と集計で、こんなに時間がかかるのだろうか。実数がわかるとなにか不都合なことがある(と少なくともこの人たちは考えている)としか思えない。
 しかも、英国のまねで孤独・孤立対策の担当大臣までつくってはいるのだ。こっちは簡単に「やってる感」出せるからかな。
 記事中に、「ちなみに孤立死の定義はまだ確定していない」とあった。いったいなにをやっているのか。「やってる感」を醸成するのに忙しく、実際の仕事をやってる暇がないんだろうか。
 推定値は、自宅で亡くなったひとり暮らしの人のうち65歳以上をカウント、このカウントは今年1月~3月期のものだったので、単純に4倍したものだという。
 つまり、今年の4月までは、ほとんどなにもやっておらず、質問予定の紙が回って来たんで、あわてて用意した推定値であると思える。
 ところで、私ら(「ら」は、おじさん、おばさん)は、シェアハウスで暮らしている。当『シェアハウス・ロック』も「こういった生活はおもしろいから、どこかに書けよ」という畏友その2の勧めで書き始めたものだ。
 だから、『「三人寄れば他生の縁」0718』から「『故郷』へ0824」までは基本的にシェアハウス・ネタである。シェアハウスのメリット、デメリットについて書いた。そのなかのメリットのうち、かなりはじめに挙げたのが、孤独死の予防であった。
 この生活形態になって、もう7年経った。だから、菅義偉の「自助、互助、公助、そして絆」という遺訓(ワッ、殺しちゃったよ!)以前から、私らは「自助、互助」だったわけである。
 一国の総理大臣は公助がいまどうなっているのか、これからどうできるのかを言う、あるいは実際にやっていくのが仕事だろうに、「自助、互助」を先に言うなんて、劣化したもんだなとそのときに感じたが、今回のお話も、劣化にはまだまだ先があったことをうかがわせる話である。劣化の世界も奥が深い。
 長妻昭さんにお願いしたい。
 次は、「なんでこんなことにこれだけ時間がかかるのか」を質問し、そのメカニズムを解明してくださいな。そのメカニズムがわかれば、この国の病巣が相当にはっきりすると思う。
 

【Live】東京は過密、過疎が世界水準0606

 表題は、藻谷浩介さんが『毎日新聞』に寄稿している「時代の風」というコラムのタイトルである(前回と同じ6月2日付)。
 藻谷さんは、『デフレの正体』以来、私が注目している人だ。『里山資本主義』は、目のつけどころはよかったのだが、ちょっと無理があった。無理もあったが、『人新世の資本論』(斎藤幸平)で言われている「コモン」に接続しそこなった感は否めなかった。ワッ、生意気を言ってしまった。ゴメン。
 私らが貧しくなったのは、「コモン」を奪われてからなのである。この話は、そのうちきちんとするつもりである。
 話を戻す。
 この回を藻谷さんは、「初めに言葉ありき」で始め、「言葉ではなく実体みよう」(この回のタイトル)というところに続けている。「始め」のところに対するコメントは次回にして、今回は「実体」に対するコメントである。つまり、表題に関するコメント。
 藻谷さんは、まず、「日本における『過疎』と『過密』の概念がいかに特殊か」から説く。
 可住地(林野、湖沼を除く)1平方キロあたりの数字は日本では1000人超で、都市国家、島嶼国家を除けば、バングラディッシュ、韓国に次いで世界3位であるという。4位のインド、5位のオランダ(欧州トップ)ですら600人前後である。ちなみにこの数字600人前後は、過疎県の代表とみなされている鳥取県、高知県と同水準である。
 つまり、粗っぽく言えば、過疎問題など日本では成立しないという主張である。一方、前述の1000人(全国平均)に対する東京都の数字は一万人に迫るという。そして、「その異常な密度にスポイルされ、過疎地からの撤退を考えるのは、実はガラパゴス的な発想だ」と言う。さらに、「東京集中を反省しない企業や諸団体も、いずれ首都圏に来襲する烈震や大規模水害の際には破格の打撃を受ける」と警告する。
 平ったく言えば、その「異常な」人口集中をどこかで暗黙の前提にした議論は全部無効ということである。ちょっとここに関してコメントすれば、かつての日本の、焼け野原からの復興、脅威的な経済成長はこの「集積」に秘密があったと、私は考えてている。つまり、衣食住のうち、住を世界水準から見て信じられないほど犠牲にしたうえでの、復興、成長であったと思う。つまり、集積化の勝利であった。
 だから、藻谷さんの主張には、基本的に賛成する。こういう数字を挙げた立論では、藻谷さんは本当におもしろい。前述の『デフレの正体』の基本的な主張は、単純に言えば「人口が減少に転ずれば、デフレはあたりまえ。それを前提に対策をとらねば、どんな対策も無効」というものだった。
 だから、成長神話はもう無効。継続神話、退潮神話を創設するしかない。ところが、そんな話はほとんど聞こえてこない。これも、そのうちにお話ししたい。
 話を過疎に戻す。ここからは、多少、藻谷さんへの反論である。
 過疎そのものを問題にするとき、県単位、国単位で見ていく立論は、極めて粗いと言わざるを得ない。人は、都道府県というオーダーで住んでいるわけではなく、具体的な土地に住んでいるのである。たとえば、一日にバスが二便しかないところに住んでいる老人こそが、過疎問題の当事者であると私は考える。この老人をどう介助できるのかが、過疎問題の中核である。
 でも、藻谷さんの今回のコラムでのテーマ「言葉ではなく実体みよう」に則して考えれば、藻谷さんの挙げる数字は、十二分に説得力がある。「過疎」「過密」問題に、そこからのはみ出し分があり、それが私には気になっただけなのである。
 

【Live】ささいな問題0607

 前回と同じコラムについてお話を続ける。藻谷浩介さんのそのコラムの書き出しは、

「初めに言葉ありき」という聖書の格言を聞いて、少年時代に覚えた違和感は今でも忘れられない。「物事の実体は、言葉以前のところにある」と、筆者は物心ついた頃から感じていたからだ。

であった。
「物事の実体は、言葉以前のところにある」は、半分同意するが、多少違和感がある。
 その違和感は、「言葉」と「実体」が対立項のようになっているところである。私は少年時代から、「言葉」と「意味」とは「=」ではなく、多少ガタピシしているところがあり、「相性ぴったり」という幸せな「言葉」と「意味」関係もあるものの、大半は不幸な状態にあると考えていたのである。
 そして、「実体」に関しては、まず「実体」は独立事象であり、「言葉」なんかとまったく無関係に先行して存在し、「言葉」と「意味」が多少うまくいった先の先あたりでやっと「実体」に対して言語は追いつくというように考えていた。ここが藻谷さんに同意と違和感を感じたところである。
 もちろん、場末の少年であり、並み以下の小学生であった私は、「実体」とか、「独立事象」とか、そんな難しい言葉を知らなかった。でも、難しい言葉に拠らずにそう考えていた。
 さて、今回は、そんな高邁な話ではなく、「初めに言葉ありき」という言葉そのものの話だ。もっと低次元である。
 これは、文語訳聖書で読んだ記憶がある。それでネットで調べたところ、

 太初に言あり、言は神と偕にあり、言は神なりき。

を見つけた。これは「大正改訳」のものである。太初は、「はじめ」と読んでほしいらしい。ああ、言い忘れたが、これは『ヨハネによる福音書』の一番最初である。だから、調べはつかなかったが、「初めに言葉ありき」はその後の改訳、文語訳なのだろう。
 私に一番なじみがあるのは、以下である。

 初めに言があった。(「言」に、「ことば」とルビ)

 これは、なじみのある聖書を手元に置いておきたいと思い、割合最近古本市で買ったものにあった。「裕史チューリップ組5才1987.7」と、裏の返しに書いてあった。可愛いね。これは1954年改訂のものである。
 新共同訳では、

 初めに言葉があった。

となっている。
 ところが、田川健三個人訳による聖書では、

 はじめにロゴスがあった。

となる。田川訳は、ギリシャ語版にとても忠実に訳しているという。
 だから、藻谷さんが少年時代に感じた違和感は、誤訳とまでは言わないが、それに近いと見られるものによるものと言わざるをえない。「言」であって、「言葉」ではない。「言」はロゴスのことである。
 ちなみに、ロゴスの意味をWikiで調べたら、「実体」こそないものの、ほぼ「実体」も含まれる感じである。以下に写すが、長いので途中で読むのをやめてもいいですよ。

言葉、言語、話、真理、真実、理性、 概念、意味、論理、命題、事実、説明、理由、定義、理論、思想、議論、論証、整合、言論、言表、発言、説教、教義、教説、演説、普遍、不変、構造、質問、伝達、文字、文、口、声、ダイモーン、イデア、名声、理法(法則)、原因、根拠、秩序、原理、自然、物質、本性、事柄そのもの、人間精神、思考内容、思考能力、知性、分別、弁別、神、熱意、計算、比例、尺度、比率、類比、算定、考慮など。
 

リベラルアーツ再び―『規則より思いやりが大事な場所で』を読む0608

 以前、畏友その1に教えられ、『ぼけと利他』(伊藤亜紗/村瀬孝生)を読んだ。畏友その1は、私が『シェアハウス・ロック』の初めのころに、「シェアハウスでは家事を当番制にしないほうがよく、私は贈与の気分でいろいろな家事をやっている」と書いたことに触発され、たぶん「利他」つながりで、この本を教えてくれたのである。
 ところが、著者のおひとりの伊藤亜紗さんの肩書、東京工業大学未来の人類研究センター長、リベラルアーツ研究院教授というのの、リベラルアーツに引っかかってしまった。
 たまたま、「リベラルアーツってなんだ」と思ったときに近接して、『毎日新聞』(2月24日)に、川畑博昭という方が寄稿した『規則より思いやりが大事な場所で』(カルロ・ロヴェッリ著)の書評が出ていた。ちなみに、ロヴェッリは理論物理学者である。川畑さんの書評のタイトルは「リベラル・アーツの真骨頂」だった。
 この書評を見て図書館に予約し、このほどやっと順番が回って来て読んだのだが、川畑さんには悪いけど、どこが「真骨頂」なんだかよくわからなかった。ロヴェッリの名誉のために申しあげておくと、『規則より思いやりが大事な場所で』は名著であり、私は「これなら買ってすぐ読むんだった」と悔やんだくらいである。
 ただ、「どこがリベラルアーツなんだ?」と、読みながらずっと思っていた。これは誰のせいでもなく、私がリベラルアーツがわからないことに起因するのだろう。
 さて、「ダンテとアリストテレスと三次元球面」が、『規則より思いやりが大事な場所で』の最初の「お題」である。

 ダンテはアリストテレスの宇宙の外側の球まで上りつめると、ベアトリーチェに促されて下を見た。(p.12)

 もう、これだけで私は完全にイカレてしまった。
 まず、三次元球面は、地球のことである。また、「アリストテレスの宇宙」は、アリストテレスの『天体論』で述べられた宇宙である。『天体論』は大著なのだが、大雑把にもほどがあるほど大雑把に言えば、アリストテレスの宇宙は、 恒星の張り付いた「恒星天」を想定し、その手前に「遊星天」があるというもの。これらは、球体の紗幕みたいなものなんだろう。そこに星が描いてあるというイメージなんだろうなあ。
 まあ、仕方ない。紀元前だからね。
 それでも、アリストテレスの宇宙論は、最近見直されているという。もちろん天動説は間違いだが、それ以外というか、そこを無視すれば、なかなかで、それなりの復権を果たしているようだ。
 また、「ダンテ」というのにまいってしまった。『神曲崩壊』(山田風太郎)は、地球崩壊のとき、このお話の主人公「私」にダンテが「降りて」きて、その案内で地獄巡りをするというお話だが、「私」に「降りて」きた理由は、そのとき『神曲』を読んでいたのが、全世界で「私」だけだったというものだ。
 恥ずかしながら、私も「全世界並み」で、ダンテはなにひとつ読んでいない。
 前述の引用から、ロヴェッリはトポロジー的な観点から地球の「形」を語っていく。
 また、マーク・パターソン(アメリカの数学者)は、ダンテがいかに三次元球面を明確に描写したかを述べているとロヴェッリはいう。
 訳者は富永星さん。心配りが効いたいい訳である。この人は、『素数の音楽』(マーカス・デュ・ソートイ、新潮文庫)も翻訳している。『素数の音楽』は一回、チラッと紹介したことがある。今後、富永さんにも注目することにする。
 なお、『ぼけと利他』に関しては、「『ぼけと利他』(伊藤亜紗/村瀬孝生)0305」から「結局わかりませんでした0327」まで、途中別のネタが挟まるが、当『シェアハウス・ロック』で、紹介している。

「不平等はなぜ存在するのか」(in『規則より思いやりが大事な場所で』)0609

 若きジャン・ジャック・ルソーは一七七五年に発表されたこの著作(『人間不平等起源論』、引用者注)で、原始時代の社会では平等が尊ばれ、男女は同じように重んじられ、資源は均等に分けられていた、と主張する。(p.58)

 そして今、近年の調査ではルソーの説を裏付ける証拠が見つかっている。私たちの先祖は、農業が始まる―部族や氏族といった複雑な社会が形作られる―までは小さな集団を作って生活をしており、そこでは社会的な平等が積極的に維持されていたと、というのだ。(p.59)

 今回は、これらについてコメントしたい。
 まず、『ぼけと利他』(伊藤亜紗/村瀬孝生)の紹介のなかでも使った表を掲げる。これは、『世界史の構造』(柄谷行人)の「ホネ」である。

 B 略取と再配分 | A 互酬
   (支配と保護)|   (贈与と返礼)
 ―――――――――+―――――――――
 C 商品交換   | D X
   (貨幣と商品)| 
                   交換様式

 狩猟採取段階は、上の表のAに該当する。狩猟採取とは言っても、この時期にも小規模、かつ原始的な農作は行われていたはずだ。それでも、規模的には家庭菜園くらいをイメージしたほうがいい。たとえば、縄文土器に稲の籾が「刻印」されているものが見つかっている。もちろん、これは製造工程のミスだろう。それでも、稲は人間の身近に、既にしてあったことになる。
 この時代は一種の原始共産制であり、捕れた獲物はほぼ平等に分けただろうし、農作物も同様だったのだろう。これが「積極的に維持されていた」かどうかは私にはわからないが、でも、ほとんど蓄積はきかないので、ほぼそういう状態だったと思われる。だから、互酬社会であり、経済の主体は贈与と返礼だったことになる。
 それでも、交易はあった。これは、黒曜石の移動をトレースするだけで明瞭にわかる。黒曜石の採れる場所は限られているにもかかわらず、黒曜石を使った矢じり、ナイフなどは広範囲で発見されている。
 貝が大量に取れたため、それを乾し貝にし、遠距離を担いで行き、たとえば黒曜石と交換して帰って来る人たちのことを想像すると、なにがなしにほのぼのする。
 そういうほのぼのした社会に、力の強い者が出て来て、「ここに留まり、農業をやれ」と命じた。「力の強い者」と単数っぽく言ったが、実態は「階層」「集団」であったに違いなく、前述の「ほのぼの社会」に対しては、反社会勢力であったことは間違いない。
 ただ、反社会勢力であっても、勝利したため、これらがエスタブリッシュメントになってしまった。それだけの話である。
 もっとも、農業のほうが、狩猟採取に比べ、安定していることは確かだ。だから、自主的に農業に転じた連中もいたのだろう。だが、上述の「階層」「集団」が、農業の指導をしたということは、私には考えられない。
 農業がある規模になったときには、治水、灌漑等々は、この 「階層」「集団」が影響力を行使して進めたことはあっただろう。でも、実際に働いたのは、農業に従事した人間たちだったはずだ。
 今回を書いていて、小学校で「農業が始まり、定住した」と習ったとき、「じゃあ、始める年は、収穫までどうしていたのだろう」と考えたことや、貝塚を習ったとき、教師が「食べた貝の殻を捨てたとこだ」と言い、「そんなに貝ばっかり食べるわけがない」と考えた私は、「乾し貝をつくっていた工場跡だと思う」と言って、「いいかげんなことを言うな」と教師に怒られたことを思い出した。私のほうが正しかったんじゃないかな。上記「始める年は」、採取狩猟も兼業して、足らない分は交易してたんだろうなあ。

 
「ロリータとイカルスヒメシジミ」(in『規則より思いやりが大事な場所で』)0610

 まず、イカルスヒメシジミは蝶である。

 つい最近、ミラノ市立自然史博物館をざっと見て回っていたわたしは、ある古い飾り棚に出くわした。(p.117)

 この古い飾り棚には、ウラディミール・ナボコフの作成した蝶の標本が陳列されていたのである。言うまでもないが、「わたし」はカルロ・ロヴェッリ。次の「私」は筆者である。
 私は、ナボコフに関しては、『ロリータ』(これは読んだ)の作者であること、ロシアの貴族の出であることくらいしか知らなかった。
 ご存じの人には申し訳ないけど、「ロリコン」のロリは、ロリータのロリである。フルに言うと、ロリータ・コンプレックス。だから、私は、言葉を省略するのは嫌いなのである。省略しているうちに、だんだん訳がわからなくなっていく。
 ナボコフはロシア貴族だったが、ヨーロッパに亡命し、ナチスのせいでヨーロッパからも亡命した。
 ハーバード大学の比較動物学博物館の鱗翅目部門の学芸員であったことは、『規則より思いやりが大事な場所で』で初めて知った。

 「ロリータを蝶と結びつけたいという誘惑には、抗しがたいものがある。」(p.120)
 
 スティーブン・ジェイ・グールドは「想像力のない科学は存在せず、事実のない芸術は存在しない―ウラディミール・ナボコフの蝶」という示唆に富む題名のエッセイで、この問題を取り上げている。(p.120‐121)

 私は、まだ上記のエッセイは読んでいない。でも、『ワンダフル・ライフ』以来、チャンスがあれば、スティーブン・ジェイ・グールドは読んでいるので、そのうちお目にかかれるだろう。『ワンダフル・ライフ』は「バージェス頁岩と生物進化の物語」という副題がついていて、古生物学に多少なりとも興味があれば、とてもおもしろい本である。私は、この本で、カンブリア紀爆発という言葉と、概念を知った。
 さて、鱗翅目研究者としてのナボコフは、ハーバード大学とコーネル大学の研究所で、シジミチョウの分類学的研究を行っていた。ナボコフが集めた約4000の蝶の標本は、前述の大学のほか、アメリカ自然史博物館、ローザンヌのスイス動物学博物館、サンクトペテルブルクのナボコフ博物館等に寄贈されているそうだ。ロヴェッリは、「等」で見たんだね。
 『ロリータ』はスタンリー・キューブリックの手により映画化(1962年)され、ナボコフは自身の手で脚色を行う。スキャンダラスな内容のために作品は賛否両論だったものの大ヒットを記録し、自身もアカデミー脚色賞にノミネートされた。

 なお、文学者としてのナボコフは、

 最近の「ニューヨークタイムス」紙の文芸付録の記事によると、「文学研究の世界では、次第にナボコフがプルーストやジョイスなどと並び称されるようになっている」という。(p.117‐118)

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