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『神の棲む島』

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瀬戸内のとある離島を舞台にした伝承ファンタジー。 平凡な少女の身に起こった、ひと夏の不思議な体験。完結済み。
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2014年6月の記事一覧

碑文

碑文

『神の棲む島』【作品紹介】

其は人にして人に非ず。
其は生にして生に非ず。
遙か古(いにしえ)より伝わりし、
 常夜(とこよ)の御魂(みたま)の御座所なり。
永(なが)の流離は御魂の運命(さだめ)。
本意(ほい)ならざりし血盟は、永訣を以て其を違(たが)わしめん。
縟礼(じょくれい)を以て祀られしは、光にして闇の御魂。
撫恤(ぶじゅつ)は暴戻(ぼうれい)。
乱世は安寧。
光華(こうか)は朽廃(き

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序章

序章

『神の棲む島』【作品紹介】

 ジリジリとアスファルトを焦がす灼熱の太陽が、やや西に傾きはじめた午後。

「こんにちはぁ!」

 店先で野菜の並べ替えをしていた八百八(やおハチ)の大将は、背後からかかった元気な声に振り返った。日に焼けた厳つい顔に、たちまち人の良い笑みが浮かぶ。

「おう、雛姫(ひなき)ちゃん。らっしゃい! 暑いのにいつも感心だねえ。今日はなにをご所望かな?」
「トマトとレタスくだ

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第一章 夏休み(一)

第一章 夏休み(一)

 御堂真尋(みどう まひろ)が帰宅したのは、午後7時をまわってまもなくのことだった。

「ただいま」

 いつものように玄関口でドアを開けると同時に声をかけると、三和土(たたき)のすぐわきにある台所で洗い物をしていた妹が嬉しそうに顔を上げた。

「おかえりなさい、ヒロ兄」
「ああ、ただいま」

 真尋は靴を脱いで、夏物のジャケットと荷物を奥の和室の隅に置くと台所に戻った。わきに避(よ)けた雛姫と入

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第一章 夏休み(二)

第一章 夏休み(二)

 風呂なし1DKアパートに住む真尋と雛姫は、日頃、アパートから徒歩3分の場所にある銭湯を利用していた。
 入り口で男湯と女湯に別れて真尋が料金を番台でふたりぶん支払い、大体40分前後で入浴を済ませて共同スペースで落ち合う。それがいつのまにかふたりのあいだにできた無言の習慣だった。だが、今日は支払いを済ませた際に、風呂釜が壊れたとかで雛姫のクラスメイトが来ていると銭湯の主人が言っていたので、少し長引

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第二章 予兆(一)

第二章 予兆(一)

 翌日、午前中のうちに駅前の家電量販店でエアコンを購入した真尋と雛姫は、決済と配送手続を終えて店を後にした。

「あーあ。ほんとに買っちゃったね」

 嬉しそうに言う雛姫に、真尋は頷いた。

「雛、この後どうする?」
「んー、どうって?」
「足伸ばしついでに図書館にでも寄ってくか? 朝遅かったから、昼飯は帰りがけにでも食ってくことにしよう」
「うん、いいよ」

 ふたりは大雑把な予定を立てて、駅向

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第二章 予兆(二)

第二章 予兆(二)

 夏休み初日の図書館は、学生や子供たちで思いのほか賑わっていた。
 調べ物がいくつかあるという真尋と、雛姫は正面ホールで別れた。1階の児童図書コーナーで読書感想文用の課題図書を借りてから、雑誌コーナーの設けられている閲覧室に向かった。

 ガイドブックの置いてある棚から数冊選んで抜き取り、それらを抱えて自習室横の読書スペースに席を確保する。好きなように決めていいと言われたが、自分で旅行の計画を練る

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第二章 予兆(三)

第二章 予兆(三)

 その夜、雛姫は40度の高熱を出して寝込んだ。

「ごめんね、ヒロ兄。昼間、クーラーにあたりすぎちゃったかなぁ」

 定期的に額や腋の下を冷やすタオルを替える真尋に、雛姫は熱で潤んだ瞳を申し訳なさそうにさらに潤ませた。

「気にしなくていい。傍にいるから、ゆっくり休め」
「うん……」

 弱々しげに頷いて、雛姫はすぐに深い眠りに落ちた。
 高い熱を発する躰に団扇を使って弱い風を送り、途中、氷嚢と水

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第三章 巫部島(一)

第三章 巫部島(一)

 その山は、島のほぼ中央に位置した。
 山、というにはだいぶん標高の低いそれは、見栄えのしない外観を呈した、ありふれた丘陵のひとつにすぎなかった。けれども、土地の住民たちにとってそこは、遙か昔から不可侵とされる、神聖唯一なる領域だった。

 その山の頂から、いま、ひと筋の白い煙が立ち上っている。
 目にした人々は皆、一様に動きを止めて立ち尽くし、感歎と畏敬の入り交じった嘆声を発した。

「近々、御

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第三章 巫部島(二)

第三章 巫部島(二)

 巫部島へは、それから15分あまりで到着した。
 二度目に乗り継いだ連絡船には、真尋と雛姫以外だれも乗り合わせなかったため、島に降り立ったのも当然ながら兄妹ふたりきりとなった。
 時刻はすでに午後7時になろうとしている。西の空に沈みかけた太陽が、海の向こうに見える陸地の稜線にかかり、空と海をオレンジ色に染め上げて美しく輝いていた。

「んー、やっと着いたぁ!」

 桟橋を抜けて人気のない港に降り立

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第三章 巫部島(三)

第三章 巫部島(三)

 今夜の宿はどうするつもりなのだろう。
 島を訪れるまえから胸中を占めていた雛姫の気がかりは、畢竟、杞憂に終わった。

 心ゆくまで石碑を眺めた少女は、やがて、すっかり満足して兄を振り返った。真尋は、それまでなにも言わずに辛抱強く妹につきあっていたが、雛姫の気がすんだのを看て取ると、ゆっくりと踵を返した。軽い足取りで雛姫がそれにつづく。だが、数メートルも歩かないうちにふたりの足は止まった。

 空

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第四章 山上の館(一)

第四章 山上の館(一)

 男の運転する車は、港からやや奥まった場所に広がる小さな集落を抜け、ほどなく細い山道へと進入した。
 舗装はされているものの、すでに途中から私道にでもなっているのか、車は対向車もないまま九十九(つづら)折りの狭い山道をひたすら上る。そして、揺られること十数分あまり。

 その建物は、島の中心部に盛り上がった、標高の低い山の頂付近に荘厳な構えを展開させていた。

 車2台が悠々と通り抜けできそうな立

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第四章 山上の館(二)

第四章 山上の館(二)

 真尋と別れ、老婆の案内(あない)を受けて屋敷の奥へ通された雛姫は、あてがわれる部屋へ着くまでのあいだ、随分長い距離を歩かなければならなかった。

 入り組んだ屋敷内の廊下を、老婆は慣れた足取りで進んでいく。いくつもの角を曲がり、外廊下に出て、山頂付近全体を借景とした池泉廻遊式の大庭園を横目に見ながら、次第に深奥部へと入りこんでいった。

 いったい、この屋敷はどれほど広大な敷地を抱えた邸宅になっ

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第四章 山上の館(三)

第四章 山上の館(三)

 それは、高熱を出して寝込んだ3日後のことだった。

 その日、大学に用事のあった真尋は、雛姫に留守を頼んで昼前から外出していた。
 連日つづく猛暑はその日も記録を更新し、午前10時をまわるころには外の気温はゆうに35度を超えていた。

 うだるような暑さの中、夕方には戻ると言い置いて出かけていった兄を玄関先で見送った雛姫は、クーラーを弱めに効かせた過ごしやすい部屋で、食卓兼勉強机の上に夏休みの宿

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第五章 美守(一)

第五章 美守(一)

 兄は、夜になっても戻る気配がなかった。

 刺身、天ぷら、和(あ)え物、煮付けに蒸し物に焼き物、そして汁物とデザート。

 風呂から上がって奥座敷に戻ってみれば、座卓の上には所狭しと山海の珍味が並べ立てられていた。
 だが、それらはいずれもひとりぶんしか用意されておらず、兄の姿も見当たらなかった。

 山間(やまあい)に吹く、清涼な夜風が湯上がりの火照った躰に心地いい。
 トキの用意した着替えは

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