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『神の棲む島』 目次
【作品紹介】
碑文
序章
第一章 夏休み (一) (二)
第二章 予兆 (一) (二) (三)
第三章 巫部島 (一) (二) (三)
第四章 山上の館 (一) (二) (三)
第五章 美守 (一) (二)
第六章 兄の不在 (一) (二)
第七章 島の伝承 (一) (二)
第
第一章 夏休み(一)
御堂真尋(みどう まひろ)が帰宅したのは、午後7時をまわってまもなくのことだった。
「ただいま」
いつものように玄関口でドアを開けると同時に声をかけると、三和土(たたき)のすぐわきにある台所で洗い物をしていた妹が嬉しそうに顔を上げた。
「おかえりなさい、ヒロ兄」
「ああ、ただいま」
真尋は靴を脱いで、夏物のジャケットと荷物を奥の和室の隅に置くと台所に戻った。わきに避(よ)けた雛姫と入
第一章 夏休み(二)
風呂なし1DKアパートに住む真尋と雛姫は、日頃、アパートから徒歩3分の場所にある銭湯を利用していた。
入り口で男湯と女湯に別れて真尋が料金を番台でふたりぶん支払い、大体40分前後で入浴を済ませて共同スペースで落ち合う。それがいつのまにかふたりのあいだにできた無言の習慣だった。だが、今日は支払いを済ませた際に、風呂釜が壊れたとかで雛姫のクラスメイトが来ていると銭湯の主人が言っていたので、少し長引
第三章 巫部島(一)
その山は、島のほぼ中央に位置した。
山、というにはだいぶん標高の低いそれは、見栄えのしない外観を呈した、ありふれた丘陵のひとつにすぎなかった。けれども、土地の住民たちにとってそこは、遙か昔から不可侵とされる、神聖唯一なる領域だった。
その山の頂から、いま、ひと筋の白い煙が立ち上っている。
目にした人々は皆、一様に動きを止めて立ち尽くし、感歎と畏敬の入り交じった嘆声を発した。
「近々、御
第三章 巫部島(二)
巫部島へは、それから15分あまりで到着した。
二度目に乗り継いだ連絡船には、真尋と雛姫以外だれも乗り合わせなかったため、島に降り立ったのも当然ながら兄妹ふたりきりとなった。
時刻はすでに午後7時になろうとしている。西の空に沈みかけた太陽が、海の向こうに見える陸地の稜線にかかり、空と海をオレンジ色に染め上げて美しく輝いていた。
「んー、やっと着いたぁ!」
桟橋を抜けて人気のない港に降り立
第三章 巫部島(三)
今夜の宿はどうするつもりなのだろう。
島を訪れるまえから胸中を占めていた雛姫の気がかりは、畢竟、杞憂に終わった。
心ゆくまで石碑を眺めた少女は、やがて、すっかり満足して兄を振り返った。真尋は、それまでなにも言わずに辛抱強く妹につきあっていたが、雛姫の気がすんだのを看て取ると、ゆっくりと踵を返した。軽い足取りで雛姫がそれにつづく。だが、数メートルも歩かないうちにふたりの足は止まった。
空
第四章 山上の館(一)
男の運転する車は、港からやや奥まった場所に広がる小さな集落を抜け、ほどなく細い山道へと進入した。
舗装はされているものの、すでに途中から私道にでもなっているのか、車は対向車もないまま九十九(つづら)折りの狭い山道をひたすら上る。そして、揺られること十数分あまり。
その建物は、島の中心部に盛り上がった、標高の低い山の頂付近に荘厳な構えを展開させていた。
車2台が悠々と通り抜けできそうな立
第四章 山上の館(二)
真尋と別れ、老婆の案内(あない)を受けて屋敷の奥へ通された雛姫は、あてがわれる部屋へ着くまでのあいだ、随分長い距離を歩かなければならなかった。
入り組んだ屋敷内の廊下を、老婆は慣れた足取りで進んでいく。いくつもの角を曲がり、外廊下に出て、山頂付近全体を借景とした池泉廻遊式の大庭園を横目に見ながら、次第に深奥部へと入りこんでいった。
いったい、この屋敷はどれほど広大な敷地を抱えた邸宅になっ