2024年読んで良かった10冊の本(マーケティング・ビジネス編)
今年も多くの良書に出会うことができました。約100冊に目を通した中から、特に印象に残った本を10冊ご紹介します。あくまで個人的なメモのようなものですが、なにかの参考になれば幸いです。
※ご紹介する本は、今年私が読んだものであり、必ずしも今年発売されたものとは限りません。
番狂わせの起業法 / 金谷元気
駐車場シェアリングサービス「アキッパ」を運営するakippaの創業者、金谷元気氏の著書です。銀行残高わずか5万円で立ち上げたアナログ零細企業が、会員400万人を抱えるテックカンパニーへと成長した秘密を、臨場感あふれるストーリーで語っています。
経営戦略、資金調達、プロダクト開発、営業、マーケティング、広報といった多岐にわたる分野で、教科書からは学べないリアルなノウハウを学べる一冊です。
アキッパの特徴の一つは、サービス開始当初から広報専任者を配置し、広報活動に力を入れていた点です。広報は中小企業では優先順位が下がりがちな施策ですが、私はむしろ経営資源が限られている中小企業こそ広報に力を注ぐべきだと考えており、共感する部分が多く参考になりました。
Mother Machine / 神舘和典
日本の高度経済成長期を支えた企業といえばどこが思い浮かびますか?トヨタ、ソニー、パナソニック等を挙げる方が多いかもしれません。しかし、これらのものづくり企業を陰で支えているのが、「機械をつくる機械(マザーマシン)」である工作機械だということは、あまり知られていないのではないでしょうか。
工作機械は製造業の基盤となる設備であり、高精度な工作機械があるからこそ、高品質な自動車・家電・航空機などが生み出されています。
そんな日本の成長を裏で支えていた大手工作機械メーカー「ヤマザキマザック」の100年にわたる挑戦と苦闘の軌跡が本書です。
日本製品がまだ「安かろう・悪かろう」と思われていた時代に、無謀と言われながらも、いち早く対米輸出を開始しました。アメリカ商社からは無理難題を突きつけられた挙げ句に注文を撤回され、フランスでは「われわれの国に日本産のワインを買ってくれ、と言っているのと同じだ」と嘲笑されることもありました。それでも、他責にせず、粘り強い交渉を続け、製品の改善を怠りませんでした。そしてついには、イギリスの首相であったマーガレット・サッチャーから工場の誘致を受けるまでに信頼されるようになったのです。
現在、外部環境が大きく変化する激動の時代と言われていますが、当時も戦争や政治経済の変化はすさまじいものがありました。そんな中でも諦めることなく、やれることを尽くし、結果を出してきたヤマザキマザックの奮闘記は、変化の波に立ち向かう現代のビジネスパーソンにとって、大きなヒントと勇気を与えてくれるでしょう。
パパ、僕歯医者さんに行ったらYouTuberになれたよ / 原英次
子どもが歯医者に行きたがるなんてことが信じられますか?治療の様子をYouTubeで公開し、チャンネル登録者数は100万人を超える。1000匹のたい焼きを配り、リフティング大会を開催し、5000個のチョコのつかみ取りができる、「ディズニーランドみたいに楽しい」と評判の歯医者のお話です。
ここで重要なのは、単に「面白いことをやっている歯医者」ではないということです。従業員の待遇を改善し、働きやすい環境を整え、利益率60%を継続的に生み出す仕組みをしっかりと構築しています。「思いつきで奇抜なことをやる」のではなく「仕組みで継続的に儲ける」、そしてそこには素晴らしい大義があり、働く人も患者も幸せであるという構図となっています。
その背景には、「完全歩合制」の導入や「患者にも時間厳守を徹底」など、革新的な独自の取り組みがあります。常識に囚われない発想を取り入れたいマーケターや、利益を生む構造を構築したい経営者の方にとって大きなヒントになるでしょう。
ビジネスの結果が変わるN1分析 / 西口一希
「N1分析」とは、名前のある実在する1人の顧客を徹底的に理解し、その顧客が価値を見出す便益と独自性を見極め、具体的なプロダクト(商品やサービス)のアイデア、訴求するための伝達方法としてのコミュニーケーションのアイデアを洞察する帰納的アプローチです。
2019年に発売された西口氏の著書「実践 顧客起点マーケティング」をきっかけにマーケターに広く浸透したN1分析ですが、実際に使いこなせている方は少ないのではないでしょうか。私は運良く社内外の有識者とタッグを組めたこともあって、なんとかやり遂げられたのですが、非常に苦労した思い出があります。
本書では、実際にN1分析を実践して成果を出している企業(アサヒビールなど)のマーケター・経営者による読み応えのある実例が掲載されています。また、実践のポイントも詳細に解説されているため、これからN1分析に挑戦するマーケターにとって大いに参考になる1冊です。
ブランディングの誤解 / 西口一希
続いても西口氏の書籍です。「ブランディング」といえば、定義が曖昧で、誤解も多く、失敗も多い言葉の代表例ではないでしょうか。
・ブランディングすれば売り上げが上がる
・ブランディングは莫大な投資がかかるため中小企業にはできない
・ブランディングは効果測定ができない
これらはすべて「ブランディング」にまつわる誤解です。
本書では、筆者が経験してきた数多くの失敗と成功の末に導き出した、「実務で使えるブランド論」や「ブランディングの測定指標」を分かりやすく解説しています。そして、すべてのマーケターが明日から使える知識として身に付けられるように構成されています。
ブランディング論については解釈の異なる様々な本があったり、内容が小難しくて学ぶことを敬遠している人もいるのではないでしょうか。本書は極めて分かりやすくポイントがまとまっており、実務的な内容にも落とし込まれているため、初心者にもおすすめです。マーケターにとっての必須科目とも言えるブランディングについて、まずこの1冊で学んでみましょう。
君は戦略を立てることができるか / 音部大輔
「戦略」という言葉も人によって解釈が異なる代表例かもしれません。「戦術」との違いについても明確に語れない方が多いのではないでしょうか。
本書では、あいまいなニュアンスで語られがちな「戦略」を明確に定義し、思考の道具として使いこなすための考え方から、戦略立案のプロセスまでを網羅的に解説しています。
音部氏による戦略の定義は極めてシンプルで、「目的達成のための資源利用の指針」です。そして戦略がなぜ必要かというと、「達成すべき目的があり、資源が有限だから」ということです。この説明だけでも随分戦略という言葉への理解が一段と深まるのではないでしょうか。
戦略立案の最重要ポイントとして著者が強調しているのは「目的に対して投下可能な資源量が優勢であること」。自社のリソースと競合のリソースを比較し、優勢を確保できる選択肢を選ぶことが求められます。
本書は、初めて戦略に触れる読者にも親しみやすい構成になっています。難解な理論や冗長な説明は避けられ、短時間で戦略の概要を理解し、議論に臨めるように工夫されています。また、注意すべき6つのポイントが具体的にまとめられており、戦略立案の実践的な参考書としても非常に役立ちます。
戦略に関する書籍は数多くあり、どこから読み始めればいいのか迷うこともあるかと思います。本書は、戦略を学び始める最初の一冊として間違いのない選択です。
13歳から鍛える具体と抽象 / 細谷功
「具体」とは、一つ一つの個別のものを指し、それらをまとめて一つとして取り扱うのが「抽象」という関係です。例えば、「動物」という抽象概念には、「犬」「猫」「猿」などの具体が含まれます。具体化・抽象化の概念は人間だけが扱うことができ、この行き来によって人は賢くなっていきます。
個人的には全てのビジネスパーソンにとって極めて重要な基礎スキルであると思っています。別記事で詳しく解説しておりますので、こちらをぜひご覧ください。
フローとストック / 細谷功
続いても細谷氏の書籍です。「具体・抽象」の概念をふまえて読みたい、「フロー・ストック」の話です。「フロー」とは「何らかの変化」であり、「ストック」とは「その結果生じる状態である」と捉え、それを軸に議論が展開されます。
・なぜ、「革新的な技術や商品を生み出すためには常識にとらわれてはいけない」と多くの識者が語っているにもかかわらず、多くの会社はいっこうに「変わる」ことができず、意味がないと思えるような施策に固執するのか?
・なぜ、誰もが家族や友人を大切にし、それを失う戦争を望んでいないにもかかわらず、いついかなる時代にも、戦争が起こるのか?
・なぜ、人々が快適に暮らすために、あるいは会社などの組織を円滑に機能させるためにつくられたはずのルールや規則が、しばしば理不尽な障害となって目の前に立ちはだかるのか?
これらの一見バラバラのように見える問いに対して、実は「共通する構造的な法則」が存在します。本書では「フローとストック」を「具体と抽象」とかけ合わせて提示する「CAFSマトリックス」によって、解き明かしていきます。
※C:Concrete(具体)、A:Abstract(抽象)、F:Flow(フロー)、S:Stock(ストック)
本書の目的は、「世の中の具体的な個別の事象を抽象度を上げて連続的に捉えることで、その変化のメカニズムからさまざまな事象を説明し、次に起きる出来事の予想を可能にする」ということだと述べられています。CAFSマトリックスを使いこなせれば、事象を先読みする力が身につくのです。
この本を読み終えたとき、人間の成長と保守化はなぜ起きるのか、組織の栄枯盛衰の仕組み、イノベーションの発生と抵抗勢力の正体、そして生成AIは生活をどう変えるか、などの事象に明確な答えが出せるようになっているとのこと。どうでしょう、ワクワクしませんか?
幸せな仕事はどこにある / 井上大輔
そんなふうに思っている人に向けて書かれたのが本書です。マーケティングの考え方を活用しながら、幸せな仕事を見つけるための方法を、「3人の男女がそれぞれ幸せな仕事を見つけるまでの物語」を通して学べる内容になっています。
本書では、マーケティングの重要な用語やフレームワーク、例えばフレーム・オブ・リファレンス(FOR)、ポイント・オブ・パリティー(POP)、ポイント・オブ・ディファレンス(POD)が仕事探しにどう活かせるかがストーリーを通じて丁寧に解説されています。
個人的には、「Kanoモデル」をキャリア構築に応用する話は非常に新鮮で、意外性がありつつも納得感のある内容でした。書籍でこのモデルを見かけたことがあまりなかったこともあり、印象的なパートでした。
同著者の「マーケターのように生きろ」も併せて読むことをおすすめします。マーケティング視点で仕事や人生を考える面白さをさらに深く知ることができるはずです。
覚悟の論理 / 石丸伸二
「覚悟」という言葉に対して、どんなイメージを持っていますか?情熱的なイメージを持たれている方が多いかと思いますが、石丸氏は情熱とはむしろ逆だと述べています。
そして、石丸氏の行動は極めて論理的かつ効率的であることが、本書からよく伝わってきます。
もちろん論理と戦略だけでうまくいくほど甘くはないでしょうが、述べられている「戦略のない覚悟は無謀」という言葉には納得せざるをえません。
そんな合理的な思考を持つ石丸氏が、一見非合理とも思える決断をしました。一流企業で築いた地位を捨て、出身地の市長選に立候補したのです。年収が減り、苦労の多い道を選ぶ。「なぜそんな選択を?」と疑問を抱く人も多いでしょう。その答えが本書に明かされています。
つまり、確かに個人という「部分最適」では非合理なのですが、社会という「全体最適」で考えると合理的なのです。そしてこのようにも語っています。
これは決して自己犠牲ではありません。利他的でありながら、自分の利にもつながる考え方。社会も幸せ、自分も幸せ、そしてその状態にワクワクしている。そんな姿勢だからこそ、周囲の人々が応援したくなるのかもしれません。論理的な戦略だけでなく、「どんな人が言うか」「どう伝えるか」という部分にも、石丸氏は非常に長けているように感じます。
理路整然と正論が繰り出される本書は、切れ味するどく、爽快かつ耳が痛い部分も多いです。正論パンチの本書にノックアウトされてみませんか。
10冊を振り返ってみて
マーケティング業界の重鎮である音部さん西口さん井上さんが入ったのは必然。そして最近は製造業のマーケティング支援にどっぷり浸かっているので、今回紹介したヤマザキマザックの他にも、DMG森精機やソディック等の本も読んでいました。akippaなどのスタートアップ界隈の話も大好きなのですが、日本を支えたものづくり企業のストーリーには胸を打つものがあります。
そして今年偶然出会えて本当に良かったと思うのが、細谷功さんの書籍です。改めて「具体化・抽象化」のスキルは全ビジネスパーソンに必須だと実感し、さらにそこに「フロー・ストック」の要素を組み合わせたフレームワークは、世の中を見る目が一変するほどの衝撃でした。
近年はYouTubeやVoicyなどを活用て勉強することも増え、本を読む量は10年前と比べると約半分になってしまいました。しかし本の価値が下がったとは思っていません。極めて価値の高い情報がたった1000円ちょっとで買えるというのは、費用対効果としてはとんでもなく良い。ただ、価値ある一冊を見つけることは簡単ではありません。今回の記事が書籍選びの参考になれば幸いです。