●2 食べて、吐く。なんで?
あの人は身長155㎝、体重41kgくらい。痩せすぎ。
この人はBMI21くらい。適正体重。
グレーのパンツスーツが似合うあなたは、ほどよく筋肉のついた美容体重。私はそれくらいがいい。素敵。
何でもするから、その身体、私のと交換してくんない?
今日はまっすぐ家に帰る。そう決めたはずなのに、駅から出てすぐのスーパーに足が向く。
野菜売り場。素通り。
冬なら吐きやすいみかんを買うけど、今日は売ってない。
特設コーナーを見る。今日は安売りのプリン。普段はチーズケーキだったり、スフレだったりする。かごに入れる。
絶対に買うのは、納豆ともずく。ふたパックずつ買う。もずくがまた値上がりしているが、仕方ない。
次はお惣菜コーナー。天ぷら大好き、コロッケ大好き、できたてほかほかのお弁当も大好き。今日は天ぷらを選ぶ。
あとはパン。
家にマーガリンや砂糖があるから、食パンはいくらあっても足りない。
あ、でもなんかフレンチトースト食べたいから、卵買って作ろうかな。
8枚切りが268円。卵が6個198円。
菓子パン、和菓子売り場にうつる。まず安売りから見る。
豆大福が6個で220円に値引きされてる。あんこはかなり吐きづらいけど、底厚めにしてたくさん牛乳飲んだら大丈夫かな。
でも、胃に残っちゃったら嫌だ。やめる。
安い順に片っ端からつっこむ。ウインナーパン、ずんだの蒸しパン、黒糖ケーキ。
アイス。絶対に必要。吐くときおいしいし、するする出てくる。
なんだかんだででっかいバニラアイスが一番吐きやすくて安いから、買っておく。
レジ前のお菓子コーナー。かごを見て、予算とつきあわせる。
あと800円。チョコチップクッキー、食べたいけど絶対沈むんだよな。よし、パイにしよう。
有人レジも空いているが、使わない。最近は服屋でもあるくらいだから、このメジャーなスーパーでももちろんセルフレジが導入されている。
8機あって、3機が埋まっていた。なるべく人が居ない方を選んで、そそくさとエコバッグをセットする。
「いらっしゃいませ」「ただいま計量中です」
そんな案内はいいから、とっとと画面変われ。
はやく食べたいという衝動で手が震えて、なかなかプリンのバーコードを読まない。イライラが募る。4回目でやっと認識する。
惣菜の会計は面倒だ。今日は来るなよ、と思っていると、案の定後ろから朗らかな声がする。
「そちらの商品、わたくしが登録いたします~」
いつもこのセルフレジを監視しているパートのおばさんだ。新人の大学生らしいバイトに客の前で怒っているのを見たことがある。
ふと、この人は毎日こんなことしていて楽しいのだろうかという考えがよぎる。
子どもが成人して、燃え尽き症候群みたいになって、パートでもって気持ちになったのだろうか。
しまりのない身体。エプロンの上からでもわかるお腹の肉。160㎝。
そんなに脂肪ためこんでて、人生楽しいですか?
「えー、ちくわ天と、からあげ棒、2点ずつお買い上げですね~」
そう言いながら慣れた手つきでタッチパネルを操作した。
「こちら完了いたしました。失礼いたします!」
きんきん声が、頭の裏で鳴る。
いたします、いたしますってうるせえよ。どうせ馬鹿みたいに菓子パンやら揚げ物やら買ってく私のこと、なんだこいつって思ってんだろ。
心の中で軽蔑してるくせに、敬語使ってくんな。
空腹のせいで自分が必要以上につんつんしているのを感じる。
残りの商品のバーコードをすべて通すと、持ってきた2つのエコバッグははち切れんばかりにパンパンになっていた。
検索窓に「過食おう吐 方法」と入れると、たくさんのブログやポストが出てきます。
詳細にやり方を解説したものもあります。
摂食障害界隈では、独特の言葉を使って、オリジナルの文化が生成されています。
「完吐き」「チューブ」「底」といった、普通に生きていれば出会わない言葉にたくさん遭遇します。
そういった方法を学習し、完璧に遂行した後には、
一時的に肯定的な感覚を覚えます。達成感のようなものです。
「やってやったぞ!」という感じです。
でもすぐに、猛烈な飢餓感が襲ってきます。胃の中が空っぽだから当たり前です。
そして、後からのそのそと強烈な罪悪感がやってきます。またお金を文字通りドブに捨ててしまった。なんてもったいないことをしたんだろう。
今までかけてきたお金を合わせたらいったいいくらになるんだろう?
そのお金で、どんな自己投資ができたのだろう?
結局、摂食障害を治すには、根本にあるストレスを解決するしか方法はないようです。
認知行動療法や対人関係療法を使って、自分と世界との間にある歪みをとる。そうして、ストレスに健全に対処する。
簡単に言うけど、それができるんなら苦労しない。
精神疾患になんて、ならない。
最近はけっこう、気分が落ち着いていて、おさまってはいるのだけれど、
昨年、ずっと吐いていた時期のことを思い出すと、今でもぞっとする。
四六時中食べていないと、気が狂いそうだった。
この地獄から抜け出せたひとがいるのなら、ぜひ会ってみたいです。
「これが効いた!」みたいの、あったら教えてください。