正しさを考える|2021年3月に読んだ本
人が「正しさ」「正解」「正義」の言葉を口にするとき、「想像力」には注意が必要です。なぜなら、人や環境によって「何が正しいと信じているか」はそれぞれ違うからです。
話題の「教え魔」は、正しさの押し付けから生まれます。経験を積むと、知識が増えて、色んなパターンに対処してきたから、ある程度新しいことにも動揺しなくなるんですよね。だから、初心者や歳下の人がしていることに、つい「自分の正解」を教えてしまう。それが相手にとっては「的外れな意見の押し付け」に感じることがあるから、「教え魔」と疎まれるわけです。
経験はあくまでも「自分のその時のタイミング」が運良く合っていただけで、他の人にとっては全く役に立たないことがあります。さらに、自分の正しさを押し付けると、失敗しながらも試行錯誤することや誰かに自分から助けを求める機会を相手から奪ってしまいます。
正しさは「常識だから」「昔からそうなっているから」「周りが言っているから」など、時に周囲に流されて盲信的になっている場合があると思います。だから僕は「それはなぜ自分にとって正しいのか」を自身に問い続けたいです。今回はそんな正しさについて考え直す本が多かったです。
2021年3月に読んだ本の中で、おすすめしたい本を選んでご紹介します。
今回の記事が誰かの選書のヒントになれば嬉しいです。
表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬|若林正恭
オードリーのオールナイトニッポンのヘビーリスナーなので、作者の本は全て読みました。このエッセイの単行本版は以前読んだのですが、パンデミック中のエピソードが追記された文庫版が出るというので、そちらを再度読んでみました。
生きにくさの根源は資本主義や新自由主義にあるかもしれないと気付き、違う世界を観察するために社会主義国家のキューバへ旅をしたときのエッセイです。ただの旅エッセイではない、生き方の話だと思います。生きにくさを感じたときに、それは社会のシステム上ではそうかもしれないという目線は、苦しさを救う助けになるのかもしれません。
なんとなく今の日本の息苦しさは、「好きなことで生きていけ、でも世間の空気は読め」というダブルバインド(矛盾)にあるんじゃないかと思うのです。(くりぃむ上田さんの「俺を分析するな、だが興味は持て」状態)
たとえば、高収入、高スキル、コミュ力が高い、器用など、そういう風に見せないと空気を読まない独立した人になるのは許さない感じというか。何でもないけど好きなことをやっている人は存在できないような。フリーランスというだけで、そういう側面を期待されることがあり、凄く疲れるのです。
すぐにシステムは変わらないけど、自分に合った生き方を模索していこうと思えました。知ることは動揺を鎮める。何度も読み返したい本です。
世界は贈与でできている|近内悠太
贈与のイメージは返礼ありきで与えるものとして好きではない行為だったので、作者の定義は新鮮で納得しました。何かを貰ったときに「〜してあげる代わりに〜してもらうことが正しさ」というプレッシャーを受けることがありますが、受取手にわかってしまう行為は贈与ではなかったわけです。
相手に届かないかもしれない。届いたとしても拒否される可能性があると知りながら届くことを祈る。そしていつか受取手が「あれは贈与だった」と気付いたときに初めて贈与が成立する。その貰ってしまった負い目が次の誰かへの贈与を生む動機となる。人と繋がる理由になる凄く素敵な定義だと思います。
返礼を基準とするギブアンドテイク(交換)は、お金やそれ以外の交換価値を持っていれば誰でもいいわけで、それで資本主義は成り立っていて僕も確かに恩恵を受けています。でも、目の前の人とは「交換価値があるか」ではなく、「過去に自分を助けてくれた人の贈与を次につなぐ」ようにしたいと思えました。
持たない幸福論|pha
前回読んだ「しないことリスト」が面白かったので、読みました。世間一般的な正しさとはなにか、考えられる内容になってます。
肩の力がグッと抜ける話ばかりです。人の人生は運や環境に左右されるから自己責任は世知辛いけど、環境だけのせいにしすぎるとやる気がなくなる。50%ずつぐらいで良いんじゃないかというゆるいスタンス。
居場所や好きなことを複数持つことで、自分の暮らしのペースが掴めていくんだろうなと思いました。せっかく住む場所を変えたので、居場所づくり進めてみます。
人間失格|太宰治
「恥の多い生涯を送って来ました」という冒頭しか知らなかったので、改めて読みました。現代との文章の違いで読みにくいかと思ったのですが、ページがあっさりと進んだ本です。
世間が許さないと正義感を押し付ける友人に対して「世間というのは、君じゃないか」と思ったり、世間は個人だと意識した結果、自分の意思で動けるようになってきたという文章が印象的でした。
この時代にも同じような閉塞感を持つ人は確かにいたのだなと思いました。
自分を隠すために明るく振る舞う「道化」についても共感です。
まほろ駅前番外地|三浦しをん
「まほろ駅前多田便利軒」シリーズの続編。1作目が面白かったので、すぐに買って積ん読してたのですが、何でもいいから小説が読みたくなり、ついに消化しました。面白かったので、ドラマ版も見てしまいました。非喫煙者だけど、タバコが美味しそうに思えてしまう笑
僕がフリーランスなので、便利屋を営む多田の働き方や心境に共感が覚えるところがあったのも、前作から日が空いて読んだのにハマった理由なんでしょうね。短いストーリーが複数ある構成なので、色んな人の人生を知ったような気持ちです。
まほろ駅前狂騒曲|三浦しをん
「まほろ駅前多田便利軒」シリーズの3作目。主人公2人の関係性に変化が訪れると同時に、お互いの隠してきた感情が見えてきて、フィナーレらしい構成です。
シリーズ通して、様々な人の人生が凄くリアルに描かれていながら、読者が想像できるような余白もあって、それぞれの人生の正しさを垣間見ました。まだまだ続きが見たいです。表紙がタバコなのも2人の関係性がわかるようで良い。
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最近、Netflixで「グッド・プレイス」というドラマを見ています。死後の世界のグッド・プレイス(天国)とバッド・プレイス(地獄)が舞台で、単純にコメディとして面白いです。ただ、グッドプレイスに入るための条件が、単純にいうと生前に一定数の徳(ポイント)を積み上げることなんです。その良し悪しの判断基準に違和感を覚えます。個人の環境は無視されているから、結局生前と同じような競争社会だなと。ただ、今はシーズンの序盤を見てますが、そこらへんもわざと疑問に思うようにしているような気配があるので、今後が楽しみです。グッド・プレイスを見ながら、改めて正しさの使い方に注意していこうと思いました。