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お盆

お盆

お盆のこの時期、思い出す歌がある。<ふるさとのよさ/つくづくと見えてきて三十代になるということ>(俵万智)。

決められた夏休みの期間がない私のカイシャにあっても、この時期を選んで休む人も多く、私などは、「わざわざ暑くて混む時期に休まなくても…」と思う。

彼等は、「別にすることないんだけどね」等といいながら、帰省してゆく。まるで、本能的に故郷へ引き戻される渡り鳥のように。

反抗期のまま大人にな

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ヒトの体を構成する60兆個の細胞

ヒトの体を構成する60兆個の細胞

ヒトの体を構成する60兆個の細胞は、絶えず生まれ変わり、新しい細胞に置き換えられている。そしてその更新の周期は、組織によって異なる。

腸管上皮細胞は数日で、皮膚は4週間、血液は4か月、骨は4年で全てが入れ替わる。だから4年後の私は、今の私ではない、新しい私だ。

でも、例外もある。それが心筋と神経細胞で、それらは、増えたりしない。つまりココロは、私たちの本質を司る、唯一変わらない部分ともいえる。

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引きこもりの治療について

引きこもりの治療について

引きこもりの治療について、T先生が解説する。「「愛」に依存するべきではありません。むしろ愛を禁欲してでも、ひたすら「親切」を心掛けるべきです」。

愛する対象だからこそ、焦りや期待を抱き、時に押し付けが生まれてしまう。それがかえって相手の心を閉ざし、更なる孤立を招いてしまう。

そういえばカート・ヴォネガッドも「愛は負けても親切は勝つ」といっていた。そして、Sのことを思う。愛に対して禁欲的になれな

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田舎に遊びに来た孫を囲んだ食卓で

田舎に遊びに来た孫を囲んだ食卓で

田舎に遊びに来た孫を囲んだ食卓で、祖父は、冗談めかしていった。「ミョウガを食べると、物忘れがひどくなる。

お前はこれから賢くならなきゃいかんのだから、食べ過ぎちゃいかん」。幼い私は、半信半疑でそれを眺めた。それは俗説なのだ、と随分と後になって知った。

「むしろミョウガの辛み成分には、脳に刺激を与える効果もある」なんて程度の雑学を携えた私は、でも、祖父の期待に反し、大して賢くは育たなかった。

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1,100記事目

1,100記事目

1,100記事目の節目に際して、1,099の記事を掘り返します。この間みんなのフォトギャラリーから画像をお借りした皆様に、この場を借りてお礼申し上げます。

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居酒屋で

居酒屋で

居酒屋で若い男が職場の愚痴をいう。聞き役の男は、話の流れから彼の父親と分かった。息子の弱音を「勤めてまだ2月だろ」といなす。父の日の夜だった。

「親孝行プレイ」を思い出した。イラストレーターのみうらじゅんさんが「心は後から付いてくる、まず行動せよ」と、プレイとしての親孝行を勧めていた。

「自分はこんなことを頑張っている」と話す、それも親孝行だけど、弱音を打ち明ける、それも十分に親孝行だろう。肩

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英語で

英語で

英語で「おはよう」は、グッド・モーニング。「こんにちは」は、グッド・アフタヌーン。「こんばんは」は、グッド・イーブニング。教科書でそう習った。

「でもさ、本当にみんな、そんな風に教科書みたいな挨拶してるのかな」とSがいう。確かに。「グッド・アフタヌーンは、かなり教科書っぽい」と私もいう。

「日本語でも、オハヨウくらいは普通にいうけど、コンニチハとかコンバンハは、他人にしかいわないね。なんでだろ

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こんにちは

こんにちは

こんにちは、と出迎えてくれたTさんの声は、むしろ息のように微かで、へん桃腺を辛うじて通過してきた空気の音がした。「カゼですか?」。

「昨日、飲んで、騒いで、その後カラオケ行って、朝起きたら、こんな声でした」。Tさんに同情し掛けていた自分を笑う。「遊び方が、若いですね」。

「炎症が治まるまで待つしかないって医者にいわれて」。Tさんが排出する空気の音が途切れ途切れする。「無理して話さなくていいです

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花屋の看板に

花屋の看板に

花屋の看板に、今日が母の日と知らされる。何かにせっつかれる思いで、その人に電話をする。特別なプレゼントも、心のこもった言葉も用意していない。

ただ、母の日という日に電話をする。その事実をもってすべて察しろ、という態度を彼女にとがめられず、2人、ぎこちもなく他愛もない話をする。

思い出した様子で、だけど満を持して、彼女は、兄にカノジョができた話を切り出す。「2年も黙ってるなんて」と怒って見せつつ

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映画のセリフ

映画のセリフ

映画のセリフにあった。「鐘は鳴らさなければ鐘ではない。歌は歌わなければ歌ではない。愛もまた、人に与えるまで愛ではない」。

知ってる。寅さんもいっていた。「思ってるだけで何もしないんじゃな、愛してないのと同じなんだよ。愛してるんだったら、態度で示せよ」と。

愛欲を持たぬ人格を演じつつ、友人のまま過ごした2年と4か月を思う。「それでいいんだ」と自分に言い聞かせていた2年4か月だった。

よくいえば

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夫婦を何組か集めて

夫婦を何組か集めて

夫婦を何組か集めて、夫と妻の写真を別別に撮影して、それをバラバラに並べる。「この中から夫婦の組合せを選んでください」と被験者に尋ねる。

アメリカの大学の研究によれば、若い夫婦の写真の組合せよりも熟年の夫婦の写真の組合せの方が正答率が高い、という。つまり、夫婦は、次第に似てくる。

「共有された時間がそうさせるのか、共有された環境がそうさせるのか、それとも共有された感情がそうさせるのか」と私は、不

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ウエイトライスを贈る

ウエイトライスを贈る

ウエイトライスを贈る新郎新婦の涙と、それを受け取る彼等の両親の涙。それを見守る友人たちの涙。それらに釣られて、私も暗闇に紛れ涙を拭っている。

新郎新婦の出生時の体重と同じ重さのお米に赤ん坊だった頃の写真やメッセージを添えて両親に贈る。それがウエイトライスです、と司会が説明してくれる。

初めて我が子を抱き上げた記憶と、近くから遠くからその成長を見守ってきた月日と、彼と彼女が旅立っていく寂しさと。

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オルニトミムス

オルニトミムス

オルニトミムスの学名は、「鳥(ornith)に似たもの(mimus)」という意味で、その名のとおり、鳥のような長い首、長い脚、小さな頭を持っていた。

その名のとおり、鳥のような翼もあった。でも、別名、ダチョウ恐竜とも呼ばれ、その名のとおり、彼ら・彼女らは、飛べなかった。

「飛べない翼は、翼と呼べるのか」と、君は、いう。でも、その翼には異性に求愛する機能があり、また、卵を温める機能があった。多分

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星の王子さま

星の王子さま

星の王子さまは、薔薇の美しさに心を奪われ、彼女を愛し、献身的に尽くした。水をあげ、風や寒さから守り、常に彼女のことを気に掛けていた。

でも薔薇は、その愛情を喜ぶ様子もなく、むしろいら立ち、要求をエスカレートさせて王子さまを振り回す。2人の関係は、悪循環に陥り、お互いを苦しめる。

その原因は、わがままな薔薇のせいのようにも見える。でも、薔薇の言葉の奥深くには、孤独と不安が見え隠れする。王子さまに

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