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#103「 D&I推進におけるAIの活用 - 無意識のバイアスを可視化し、インクルーシブな組織を構築する方法 - (認知バイアス3)」
デデデータ!!〜“あきない”データの話〜第67回「 D&I推進におけるAIの活用 - 無意識のバイアスを可視化し、インクルーシブな組織を構築する方法 - (バイアス3)」の話の台本・書き起こしをベースに、テキストのみで楽しめるようにnote用に再構成したものです。podcastで興味を持った方により、理解していただくために一部、リファレンス多めにしています。
D&Iは経営戦略の要?
企業の組織開発やDX推進に携わるなかで、しばしば課題として浮上するのが「D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)」だ。多様性を重んじ、それを活かすことで生まれる新しい価値やアイデアは、経営上も無視できない。
実際、マッキンゼーの調査によれば、多様性が高い企業は収益性が25%も高いとされている。さらに最近、さまざまな企業の採用や組織文化を見ていると、D&Iを推進している企業には「強いブランド力」や「イノベーションの源泉」が存在するように感じる。
一方でD&Iの話題になると、「本当に会社の利益につながるのか」という声が上がることも多い。外資系企業や先進的な企業では積極的に取り組んでいるが、その背景には「機会を平等にすること」「多様な価値観を受け入れること」が、最終的に企業の競争力を高めるという確信がある。
このテーマについては、「ダイバーシティなんか形だけでは」という意見が出る一方、「強いミッションやビジョンを持つ組織ほど、多様性と両立しにくいのでは」という指摘もあった。確かに、会社が一枚岩の理念を掲げるほど、人が去ってしまうケースもある。しかし、そこをどう包括していくかがD&Iの本質だと考える。
D&Iの重要性を裏づける事例として、グーグルがセクハラ問題への対応を誤り、従業員の反乱を招いたあと大規模に多様性施策へ舵を切ったことや、テスラが女性を含む多国籍チームでサイバートラックの設計をし、市場に新しい価値を打ち出したことなどがある。ナイキのように社会的リスクを負っても差別問題のメッセージを発し、炎上覚悟で支持を獲得した例もある。こうした企業の動きを見れば、D&Iが経営戦略の要であることは明らかだろう。
ただ、D&Iの推進をうたう企業でも、現場に「無意識のバイアス」が残っている場合は多い。残業を多くした人が偉い、男性的なリーダーシップが好まれる、英語力重視でほかのスキルを見落とす、といったバイアスは組織が気づかないうちに人材を排除してしまう。結果として、同質的なメンバーばかりが評価され、イノベーションが起きにくい状況が生まれる。
「バイアスが多い組織ほどダイバーシティが実現しにくいのではないか」こうした問題をどう解消するかが、今回の記事の核心だ。
無意識のバイアスがもたらすリスク
組織に根づいた「無意識のバイアス」が最大の障壁になる。本人たちに悪意はなくても、自然と同じタイプの人材を優遇する「類似性バイアス」や、「男性はリーダー、女性はサポート役」という固定観念が昇進の不平等を生むことは珍しくない。評価制度が「長時間働く人を高く評価する」構造になっていれば、家庭の事情で残業ができない人材の昇進が阻まれる。英語を使える人が偉いという文化的バイアスも、実際のスキルや成果とは別に「話せる人」だけが機会を得てしまう要因になる。
こうした偏った構造によって、組織は気づかないうちに優秀な人材を逃し、イノベーションのタネを潰しているかもしれない。
外資系企業に勤めていても、英語ができる人だけが昇格していくケースをよく見る。表向きはグローバルと言いつつ、実力や多様な価値観を本当に評価しているかといえば疑問が残るというわけだ。
無意識のバイアスが見えづらいのは、自分たちが「まさかそんなことはない」と信じているからだ。マイクロアグレッションと呼ばれる、日常の中の小さな攻撃や差別表現は、悪意がなくても積み重なると当事者を傷つけ、組織の一体感を失わせる。最近は「新人はのみ込みが速いはず」「女性は得している」「シニアは無理しなくていい」などもマイクロアグレッションだとされる。こうした何気ない一言が、「その人を軽く扱っている」裏メッセージになる場合がある。
AIでバイアスを可視化する5つの領域
1. 採用
Unileverは求人広告や面接時の言葉遣いをAIでチェックし、ジェンダーニュートラルな表現に徹底的に切り替えた。たとえば「営業マン」を「営業担当」に変えたり、「彼/彼女」でなく「応募者」と記すなど、性別を示唆しない書き方にする。要件も「本当に必要なスキル」にしぼり、過剰なハードルを設定しないように見直す。その結果、応募者数が2倍になり、女性応募が70%増加し、採用時間とコストも削減できた。T-Mobileも同じくAIを使い、求人広告や採用メールの「トーン」まで分析し、攻撃的だったり男性的に偏った言葉を中立的な表現へ置き換えることで、女性応募を大きく増やした。
さらにリングセントラルの例では、採用時に候補者の写真や名前といった属性を一時的にマスクし、スキル情報だけで比較する仕組みを導入している。こうすることで「何となく似ている人を採用したい」といった無意識のバイアスを排除しやすくなる。言葉遣いや評価軸の見直しだけでも、応募してくる人材の多様性は大きく変わる。
2. 評価・昇進
評価コメントや昇進データをAIが分析する手法も注目されている。たとえば「男性にはリーダーシップを強調し、女性には協調性ばかり強調する」ような評価コメントがないかチェックする。営業成績が同じでも男性のほうが昇給や役職に就いているなら、どこかにバイアスが存在する。個別の評価コメントの言葉をテキストマイニングし、属性ごとの昇進率や昇給幅を統計的に分析すれば、公平な評価制度を整備しやすくなる。
3. 職場コミュニケーション
マイクロアグレッションを最も生みやすいのが日々のコミュニケーションだ。メールやチャットの文面、ミーティングの発言を音声文字起こししてAIにかければ、「特定の人が発言を一方的に遮られていないか」「個人的な先入観にもとづく言葉遣いがないか」を検出できる。
「丸を付けるだけでも冷たく感じる人がいる」という話題があるが、実際にテキスト上のトーンは受け取り方によって大きく変化する。ChatGPTなどにコミュニケーションログを投げ、「これはネガティブか」と尋ねてみるだけでも、思わぬ偏りが見つかる可能性がある。
4. 組織構造
ネットワーク分析で「誰が情報を独占しているか」「どのグループが疎外されているか」を見える化する手法もある。一部の人だけが権限を握り、ほかが意見を言いづらい空気になっていれば、イノベーションの芽を摘むことになる。公式の組織図と実際のコミュニケーション図は違うことが多い。そのミスマッチを解消することで、結果的に多様な発想やアイデアが通りやすい環境につながる。
5. トレーニング
D&Iに関する研修や面接シミュレーションの場面でもAIが活用できる。面談や1on1を録音・文字起こしし、無意識の差別表現をAIが指摘する。たとえば「新人だから何もわかっていない」と言いがちな上司には、バイアスが含まれているとフィードバックが入る。これを定期的に学習することで、組織全体がインクルージョンに対する意識を高める。
「自分の発言にバイアスがあるかをその場でAIが指摘する時代が来るのでは」とも思ったがすでに技術的にはその領域に達する。
イントラパーソナルダイバーシティと個人の可能性
D&Iは「組織内の多様性」を高めるだけではない。個人の中にある多様な視点や経験も、イノベーションには大きく寄与する。これを「イントラパーソナルダイバーシティ」と呼ぶ。たとえば副業や留学、趣味やボランティアなど、さまざまな社会との接点を持つほど、「自分の中に複数の価値観を共存させる」力が育つ。複数の部署や職種を経験してきた人が、新しいビジネスモデルをひらめくのもよくある話だ。
組織全体で多様な人材を採用・育成するのはもちろんだが、個人がそれぞれ自分のダイバーシティを広げることで、新しい発想が生まれやすくなる。多様性への投資が会社の収益に結びつくという調査結果は、こうした複合的な要因が背景にあるといえる。
「強いミッションやコアバリューを掲げる企業こそ、その枠を越えた経験を取り込みづらいのでは」という指摘もあるが、一人ひとりが外で学びを得て持ち帰ることで、内部の硬直を打破する事例は少なくない。
具体的な測定とAI活用のリアリティ
D&Iを推進するなら、会議やチャット、メールなどを分析して「実際の発言データ」を可視化するのが近道だ。Zoomなどで録音したミーティング音声を文字起こしし、ChatGPTにかければ「傾聴が不十分」「オープンな質問が少ない」「誰かを軽視する発言が目立つ」といった指摘を得ることができる。
自分の喋りを客観視すると、意外なバイアスに気づく人も多い。「新人なら覚えが早いはず」「女性は有利」などの発言が、マイクロアグレッションだと判定される場面が増えるという話は聞いたことがある。
注意すべきは、AIそのものが過去データによるバイアスを含む可能性だ。過去に「AIはバイアスを学習しがち」というトピックも扱ったが、逆にAIがバイアスを検出し、人間がその結果をチェックして修正するサイクルを回せば、精度は上がっていく。大事なのは「ツールを導入すれば自動的にバイアスがなくなる」という楽観ではなく、「AIからのフィードバックをどう組織や個人が受け取り、行動を変えるか」という運用面だろう。
D&Iの先にある組織の未来
D&Iは表面的なキャンペーンでは終わらない。採用や評価、コミュニケーションまで徹底的に見直す必要がある。
私が痛感したのは、「組織のミッションやコアバリューを強く押し出しつつも、多様な考えを拒まず取り込む」姿勢が成長企業には必須だということだ。インクルージョンのために柔らかい言葉を使い、全員が発言しやすい場を作ることも重要だが、それだけにとどまらず「差別や排除を断固認めない」という経営陣の覚悟も必要になる。
私としては、D&Iを通じて「イノベーション損失コストを防ぐ」のが最大のポイントだと思う。組織のなかにある無意識のバイアスを取り除けば、新しい意見が吸い上げられやすくなる。結果的にユーザーのニーズを捉えたサービスや製品を生み出す力が高まり、ブランド力も向上し、人材が集まりやすくなる。誰もが自分の能力を発揮できる環境に投資することは、短期的にはコストでも、長期的には企業を存続させる基盤となる。
最後に、今すぐ試す方法として「社内ミーティングの文字起こしをAIで分析する」ことをすすめたい。発言時間の偏りやマイクロアグレッション、オープンな質問の有無など、意外な事実が数値化される。これを個人の努力だけでなく、組織全体の改善サイクルに乗せることで、D&Iは形骸化せずに継続できる。次回以降、フェイクニュースや他のDX事例も取り上げつつ、データがどのように社会や組織を変えていくかを探っていきたい。私としては、D&Iを真正面から扱う企業が増えることを期待しつつ、AIという新たなアプローチの可能性を広げていきたいと思う。
参考URL
マッキンゼーの調査:多様性が高い企業は収益性が25%も高いhttps://www.mckinsey.com/featured-insights/diversity-and-inclusion/diversity-wins-how-inclusion-matters
グーグルのセクハラ問題と従業員の反乱https://sustainablejapan.jp/2018/11/07/google-protest/35388
テスラのサイバートラック開発 https://www.youtube.com/watch?v=35bFRIaDWxg
ナイキの児童労働問題と社会的メッセージhttps://forbesjapan.com/articles/detail/43534
ユニリーバの採用におけるAI活用https://www.unilever.co.jp/news/2024/dandi-award-2023/
T-Mobileの求人広告におけるAI活用https://group.ntt/jp/group/iown/cases.html
資料1: DEI推進におけるAI活用アプローチ
D&Iが組織にもたらすもの
企業がイノベーションを生み出すうえで、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の重要性は年々増している。多様な人材を受け入れ、その力を引き出すことができる組織は、新たなアイデアを創出しやすく、結果として高い業績を上げる可能性が高いとされる。実際、「多様性が高い企業ほどパフォーマンスも良好である」という実証研究が複数存在するのである。
D&Iが実際にどのような形で企業成果に結びつくかについては、組織文化やリーダーシップが大きなカギを握る。単に「人員構成が多様」なだけでは、相互の意見を十分に活かせないことがあるからだ。そこには、共通の目標を掲げながらも「異質な考えを尊重する空気」をいかに醸成するかが問われている。
無意識のバイアスがもたらす課題
D&I推進の障壁としてよく挙げられるのが、「無意識のバイアス」である。自分自身では気づかなくても、「男性のほうがリーダーに向いている」「長時間働ける人こそ評価されるべき」などの先入観が、採用や評価、コミュニケーションの場面に影響を及ぼすケースが多いのだ。
無意識のバイアス研究で知られる*「Implicit Association Test (IAT)」*などの実証例を見れば、人間がいかに自らの偏見に気づきにくいかがわかる。悪意を持っていなくても、日常の言動に差別的な含意(マイクロアグレッション)が入り込んでしまうのだ。このような状況では、多様性のある人材が十分に力を発揮できない恐れがある。
AIの活用事例とその留意点
この無意識のバイアスを可視化するうえで、最近注目されているのがAIの活用である。採用広告の言語表現を中立的に調整したり、評価コメントの傾向をテキストマイニングすることで、潜むバイアスを洗い出す試みがある。たとえば「男性にはリーダーシップを強調するが、女性には協調性ばかり強調する評価コメント」が見つかった場合、そこにジェンダーバイアスが隠れていると推測できるわけだ。
ただし、AI自体も「過去データを学習する」という特性ゆえに、既存のバイアスを再生産してしまうリスクが指摘されている。そのため、AI任せにするのではなく、人間のチェックやフィードバック体制を設けることが重要なのだ。AIが示す結果を踏まえて「どのように組織が行動を変えるか」が、D&I成功のカギとなる。
1. 採用におけるAI活用
1-1. 求人広告の文言解析
ジェンダーバイアスや年齢差別的表現の検出
AIにより求人広告や募集要項の文言を分析し、「営業マン→営業スタッフ」のように性別を特定しない表現に書き換える。実際、ユニリーバなどの外資系企業がこの手法を導入し、「彼/彼女」という表現を「応募者」と統一する事例もある。具体例
「若い方が望ましい」を「学習意欲がある方が望ましい」に修正。
「パパ歓迎」などのフレーズを「育児経験を活かせる環境」で言い換える。
「熱血リーダーを募集」などの表現が男性的なニュアンスを強く含む場合は、「チームを率いる実行力を重視」など中立的な記述に変える。
効果
応募者の幅が広がることで優秀な人材を逃しにくくなるほか、応募者本人も「自分を歓迎してくれている」と感じやすくなる。
1-2. 候補者のスクリーニング
スキル・経験の客観評価
AIが履歴書やオンラインプロフィールを解析し、求めるスキルとのマッチ度を数値化する。この際、写真や名前、大学名など属性情報を匿名化(ブラインド化)して先入観を排除する方法が有効だ。定期的な監査
AIのアルゴリズムが過去の不公平な採用データを学習すると、バイアスを助長する恐れがあるため、定期的に「どのような傾向で候補者を選んでいるか」をチェックし、公平性を担保する必要がある。具体例
過去に理系出身の男性が多く採用されてきた企業が、AIに「理系であること」を過度に重視させてしまい、ほかのバックグラウンドの応募者を排除するリスクがある。監査でその傾向を見つけた場合、アルゴリズムを再調整する。
1-3. 求人メッセージのトーン分析
表現のポジティブ度・中立度を数値化
採用メールやSNS上の求人告知文をAIが分析し、受け手がどう感じるかを数値化する。具体例
攻撃的な言葉づかいや威圧感がある表現を「この文面はネガティブスコア70%」のように評価し、より包括的なトーンに修正する。
「即戦力としてガンガン働ける人を求む」という文言が、「女性や中途採用者が応募をためらう原因になっていないか」を検証する。
効果
多様な応募者が「自分にもチャンスがある」と思うことで、応募数や応募者の属性が広がり、採用効率も高まる。
2. 評価・昇格・昇進プロセスの最適化
2-1. 業績評価コメントのテキスト分析
ステレオタイプ表現の自動検出
業績評価システムに入力されたコメントを自然言語処理で解析し、「女性には協調性を評価し、男性にはリーダーシップを評価する」パターンや、「シニア社員には ‘経験豊富だが新しいITは苦手’ という決めつけ表現」があるかをチェックする。具体例
「○○さんは男性であるからリーダー的役割に向いている」といったコメントを検知した場合、アラートを出す。
「女性社員はサポート志向が強い」という評価コメントが頻出する場合、評価者研修の必要性を示唆できる。
2-2. 人事データ分析による不公平の検出
昇進率・昇給データの統計的検証
AIが人事データを解析し、同等の評価スコアであっても特定属性(性別・年齢・国籍など)の昇進率や昇給額が低いかどうかを検証する。具体例
営業成績が同等にもかかわらず、女性の昇給幅だけが男性より常に数%低いことを検出する。
外国籍社員の昇進が遅れていることが判明した場合、言語要件やコミュニケーション評価の基準を見直す。
制度改修につなげる
偏りが見つかった場合、評価項目を再定義したり、管理職選抜の要件を明文化したりすることで改善を図る。
2-3. フェアネス指標の自動モニタリング
リアルタイム監視
評価期間中に入力されるデータをAIが随時集計し、一定閾値(例:性別間の評価差が5%以上など)を超えた場合に自動アラートを出す仕組みを導入する。例
「直属の上司Aは女性部下に厳しい評価をつけやすい」などの傾向が分かった場合、コンプライアンス部門や人事部が早期に介入できる。
メリット
後追いではなくリアルタイムで不公平を是正するアクションを取りやすくなる。
3. 職場コミュニケーションの分析
3-1. マイクロアグレッションの検知
自然言語処理による差別的ニュアンスの解析
チャットツールやメール、会議録のテキストをAIが読み取り、人種・性別・年齢などを軽視する表現を検知する。具体例
「女性は細かい作業が向いている」などの文言をマイクロアグレッションとしてタグ付けする。
「君は若いからわかるはずがない」といったセリフを検出し、当事者のモチベーション低下につながるリスクを可視化する。
組織風土への影響
こうした些細な表現が積み重なることで心理的安全性が損なわれ、離職率の上昇やイノベーション低下を招く可能性がある。
3-2. 会議内での発言比率や回数の可視化
オンライン会議ツールと連動
ZoomやTeamsの発言ログ・発言時間をAIが集計し、属性別に発言回数や時間をグラフ化する。具体例
あるミーティングで男性ばかりが80%以上の発言時間を占めている場合、無意識のうちに女性が意見を出しづらい雰囲気になっている可能性がある。
外国籍社員が言葉の壁から発言しにくい状況になっているなら、議題の事前共有や自動翻訳を導入するといった対策が考えられる。
改善の糸口
ファシリテーターが指名制で発言を求める、議事録をあらかじめ複数言語で共有するなどの具体的な改善策につながる。
3-3. 感情分析による職場環境の把握
ポジティブ/ネガティブ分析
チャットや社内SNSの投稿をAIが解析し、チームごとの感情スコアを算出する。多様なバックグラウンドを持つ社員の疎外感を検知
例えば女性社員や留学生出身の社員が「自分の意見が尊重されない」といったネガティブな表現を繰り返し発信しているなら、上司との面談や組織の風通しの改善が必要だ。メンタルヘルス対策
感情分析の結果が極端にネガティブなチームに対しては、人事や産業医が早期に介入し、フォローアップを行う。
4. 組織構造と文化の可視化
4-1. ソーシャルネットワーク分析
非公式な影響力の可視化
部署間のメールやチャットのやり取りを解析し、誰がどの程度コミュニケーションのハブになっているかをグラフ化する。一方で、孤立している社員やグループがないかも確認する。具体例
ある社員が特定の属性のメンバーだけとやり取りしている場合、意図せず排他的なコミュニティが生まれている可能性がある。
新卒・若手がリーダークラスとの接点をほぼ持たない場合、キャリア形成や情報共有が滞り、成長機会を逃す恐れがある。
得られる効果
組織改編やチーム間連携の施策を講じる際に、実際のコミュニケーションネットワークに基づいた構造改革が可能となる。
4-2. 社内文書・ポリシーの分析
自動スキャンによるバイアス表現抽出
就業規則や人事マニュアルなどをAIにより読み込ませ、ジェンダー固定的な表現や年齢差別的な言い回しが含まれていないかを検出する。具体例
「彼(従業員)が~」という文言を無意識に使っていないか。
「定年退職後は能力が劣る場合もある」といった記述が年齢差別として捉えられないか。
社内ポリシー策定の見直し
バイアス表現を修正するだけでなく、差別的な扱いを防ぐための具体的なルールや対応フローを明文化し、意識醸成を図る。
5. トレーニングへのAI活用
5-1. パーソナライズされた学習プログラム
従業員の学習履歴や理解度をAIが分析
部署や職位に応じたD&I研修コンテンツをカスタマイズし、個人の弱点や興味に合わせたカリキュラムを推奨する。具体例
新卒社員には「無意識のバイアス」入門を中心に、管理職には「差別発言への対処法」や「インクルーシブな面接手法」を詳細に学べるように設計する。
海外留学経験のある社員には「グローバル文脈でのD&I事例」を重点的に学習させる。
学習意欲向上
自分に合った内容を学ぶことで、研修へのモチベーションが高まり、実践に繋がりやすくなる。
5-2. バイアス軽減シミュレーションツール
ロールプレイをAIと行う
採用面接や評価面談を想定した会話シミュレーションをAIが提供し、受講者は画面上のバーチャル候補者と対話しながらバイアスを学習する。具体例
「性別を先に尋ねる」「固定観念的発言をする」などの行為に対してAIがアラートを出す。
「相手が多様な背景をもつ場合に配慮すべき質問」をAIがガイドする。
フィードバックの即時可視化
ロールプレイ終了後に「バイアス発言の回数」や「中立的質問の割合」が数値化され、参加者が客観的に振り返りを行うことができる。
5-3. トレーニング効果のモニタリング
アンケートとコミュニケーションデータの比較
研修前後で従業員の認識変化をアンケートで測定し、チャットや会議録などの実際のやり取りと突き合わせて「マイクロアグレッションが減っているか」を検証する。投資対効果の可視化
DEI研修に投じた時間・コストが、従業員の意識や行動変容にどの程度貢献したかを定量化できれば、経営層への報告や予算獲得が容易になる。
6. イノベーション促進に向けた個人内多様性の活用
6-1. イントラパーソナルダイバーシティ(個人内多様性)の評価
社員のスキル・経験・興味をAIが統合分析
異なる職種や副業、留学経験を持つ社員がどれだけ多彩な視点を持っているかをAIが数値化し、組織内の「隠れた人材」を発掘する。具体例
マーケティング部門で働く社員が、趣味でプログラミングを学んでいるケースを特定し、DXプロジェクトに参画させる。
海外勤務経験のある社員を、新規海外市場調査のチームに加える。
イノベーションへの寄与
自分の中に複数の価値観を持つ人材が増えるほど、新しいアイデアやコラボレーションが生まれやすくなる。
6-2. 異分野交流の支援
AIによるペアリングやチーム編成
社員のバックグラウンドや興味関心を分析し、あえて違う分野や部署の人同士をマッチングする仕組みを導入する。具体例
エンジニアとデザイナー、企画職と研究職など、通常あまり関わらない組み合わせを意図的に作り出し、新規プロジェクトを立ち上げる。
これにより、思い込みや常識にとらわれない発想を生み出す環境を整えやすい。
メリット
異なる視点の融合によって顧客ニーズを多角的に捉えられ、成果物の質が向上する。
7. 総括と留意点
AIのバイアス自体への監査が必要
AIが学習するデータに差別的要素が含まれている場合、逆にバイアスを強化してしまう恐れがある。定期的なアルゴリズム監査と、判断理由を説明可能にする工夫が求められる。プライバシーと倫理面の考慮
従業員の会話や評価データを扱う場合、プライバシーを守りつつ適切に活用するルールを整備することが重要だ。組織文化との連動
AIによる分析結果が出ても、経営陣や管理職が行動を変えなければ実効性は低い。トップダウンで「差別や排除を認めない」というメッセージを強く打ち出し、継続的な制度改革と併せて実施する必要がある。イノベーション損失コストの防止
D&Iに投資しないことで失われるイノベーション機会を考えると、短期的にはコストでも長期的なリターンは大きい。AIを活用した改善の積み重ねが、組織の競争力を高める基盤となる。
総じて、DEI推進におけるAI活用は採用や評価だけでなく、職場コミュニケーション、組織構造、研修、個人の多様性拡張など多面的に及ぶ。すべてに共通するのは、AIが提供する客観的なデータ分析をもとに、人間が制度や行動を変える意思を持ち続けることである。最終的には誰もが公平かつ安心して働ける環境を作り、企業全体のイノベーション力を高めることがDEIの目標であるといえる。
資料2:トランプ政権発足以降のDEI政策と企業対応の変化
トランプ政権が2025年1月に発足して以来、アメリカでは多様性、公平性、包括性(Diversity, Equity, and Inclusion、以下DEI)に関する政策や企業の取り組みが大きく変化している。以下では、トランプ政権のDEI方針と、それに呼応する企業の対応を概観する。
トランプ政権のDEI政策変更
1. 連邦政府のDEIプログラム廃止
トランプ大統領は就任初日に「Ending Radical And Wasteful Government DEI Programs And Preferencing」という大統領令を発令した。これにより、連邦政府内のDEI関連スタッフは休職となり、最終的には解雇される見通しである。また、連邦契約者に対してはDEIプログラムを廃止し、「違法な差別」を排除するように求める方針も打ち出されている。
2. 民間セクターへの影響
民間企業に対しても「違法なDEI差別や優遇措置」を終了するよう促す政策が導入された。多くの企業は法的リスクを回避するため、DEI関連の取り組みを見直す動きを加速させている。
3. 背景要因
2023年の最高裁による人種ベースのアファーマティブ・アクション無効化判決が、DEIに対する法的な圧力を強化する契機となったとされている。
企業の対応
トランプ政権の政策変更と保守派からの圧力により、多くの大手企業がDEIプログラムを縮小もしくは廃止している。以下に主な企業の例を示す。
Walmart
社内で行われていた人種的公平性トレーニングやサプライヤー多様化プログラムを見直した。2020年に設立された「Racial Equity Center」への資金提供も終了している。Target
DEI目標や外部評価(例:Human Rights Campaign Corporate Equality Index)への参加を中止した。また、マイノリティ所有ビジネス向け製品ライン拡充プログラムも終了している。Amazon
公式ウェブサイトからDEI関連の言語を削除し、以前掲げていた多様性目標(例:ブラック社員比率増加)を撤回した。Google
2020年に設定されていた「30%リーダーシップポジションにおける少数派代表増加」という目標を廃止し、連邦契約者として新規制に準拠するためのDEIプログラム再評価を進めている。Meta(旧Facebook)
DEIチームを解散し、採用プロセスでの「多様な候補者リスト」アプローチを終了するなど、大幅な方針転換を実施している。McDonald’s
サプライチェーン多様性誓約や外部調査への参加を停止した。組織名を「グローバルインクルージョンチーム」に改名し、「包括性」に焦点を移行している。Boeing
DEI部門を解散し、以前掲げていた「2025年までにブラック社員比率20%増加」という目標も撤回した。Ford Motor Company
マイノリティディーラーやサプライヤー向けクォータ制を廃止し、LGBTQ+指標への参加も中止している。
一部企業の例外
すべての企業がDEI方針を後退させているわけではない。Appleのように、引き続きDEIへのコミットメントを維持する姿勢を示す企業も存在する。
結論
トランプ政権下での政策変更は、連邦政府のみならず民間セクターにも大きな影響を及ぼしている。多くの企業は法的リスクや社会的圧力への対応としてDEI戦略を縮小あるいは廃止しているが、一部の企業は包括性への取り組みを継続している。これらの動向は、アメリカ社会全体において、多様性と公平性の在り方をめぐる議論が今後も続いていくことを示唆している。