依存を排して自立を急ぐ人は、自立ではなく孤立になってしまう。
自由が進むと、ますます増えることが格差ではないかと考える。 その格差は「できる」か「できない」か、「やる」か「やらない」か 個性を認めていく中、社会が求められるものは複雑でかつ高いもの。 一人で越えようとせず、周りの人の助けも必要。 自立(律)とどう折り合いをつけていくかが問題。
親が自立的であり、子供に依存を許すと、子供はそれを十分に味わった後は、勝手に自立してくれるのである。…自立ということは、依存を排除することではなく、必要な依存を受けいれ、自分がどれほど依存しているかを自覚し、感謝していることではなかろうか。
確かに、子供を甘やかすうちに、親の方がそこから離れられないと、子供の自立を妨げることになる。このようなときは、実は親の自立ができていないので、甘えること、甘やかすことに対する免疫が十分にできていないのである。
自立ということを依存と反対である、と単純に考え、依存をなくしてゆくことによって自立を達成しようとするのは、間違ったやり方である。自立は十分な依存の裏打ちがあってこそ、そこから生まれでてくるものである。子供を甘やかすと、自立しなくなる、と思う人がある。