今日、本を読んだことで意識領域と無意識領域について考える→意識領域と無意識領域に関して老いることで感覚が鈍ってくる話をご高齢の方に聞いた事を思い出す→自分の幼少期から今に至るまでの感覚を思い出して無意識領域に関する理解が深まったと分かる。この順番か。何か他の洞察にも使えないかな?
そうか!老いることで意識領域と無意識領域の感覚が曖昧になっていき、無意識領域にあったものを年と共に自覚できるようになりつつ、曖昧になることで適切なバランスの取れた人へと進化していく資産が得られると考えれば、老いも悪いものではないのか!なるほどな!面白い!今日歩いていてふと思った!
無意識領域のものを意識領域に制御できないものを省いて全て持ってこれるのか?という疑問が湧くと思うがやらない事を強く勧めるけどやる?凄くキツイよ!凄く心が抉られるから、メンタルを病み続ける!心が何度も壊れそうになる!人によってはその場にいて5分でお腹が痛くなったり吐き気がし始める!
俺は無意識領域の多くを意識領域に常に持ってこようとしている。絶対に操れないところを除いて全てを意識領域に持ってこようとしている。自分を完全にコントロールするために抉るような自己分析をして相手の被害を最小限にして自分をコントロールしたり多くのことをしているから5分でお腹が痛くなる。
対話の本から自己分析に至る仕組みを読み解いて自分の考えを説明しながら同時に俺自身が何回同じ言葉を使ったかを数えながら、その結果、自分の思考の癖を読み解く→意識領域と無意識領域があることに気づく。本を読んで意識領域と無意識領域について考える過程が先にあるか。話を飛ばす癖があるな。