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HAPPY TORTILLA
2020年4月20日 07:55
正方形の新しい部屋に、売らなかった家具や家電を配置する。半分開け放った窓から、内陸部特有の乾いた風が吹き込む。3年ぶりの春の匂い。1DKに置く具材が変わらないから、なかに居ると転居した感じがしない。静かで、あまりにも静かで、僕はいつよりも世界の果てにいるみたいだ。この1年のできごとは、人類にとっては惨事だが、生物学史的にはまた別の見方もあるのかもしれない。この惑星の歴史の上で、何度も
2019年1月16日 07:42
信じられないことに、ジョンは翌週にエストニアの彼女とオンラインでのやり取りを経て再会の約束を果たした。思い出を話したら、我慢できなくなったから連絡したと言っていた。清々しい顔の印象が、とてもよかった。ひとりの人として惹かれるのにも十分な相手だったのだろうけれども、2人はその音色やパフォーマンスに表れる本質的な部分で深く強く結び着いている。その熱や火花や、ときに痛みを伴うような化学反応までもが、美
2019年1月6日 14:45
「猫の目というのか、秋の空というのか」そう言いながらマスターがカウンターに置いた大ぶりのグラス。透明に澄んだ大きな氷を入れたアイスティーは、きんと冷えて身体に馴染んだ。雑味なく清冽で、清められるようだった。「うん。でも、ただ変わりやすいとかっていうんじゃないんだよ。気がついたら宙を舞うみたいに飛んでいて、地上に立ったときに感じる重力みたいなのに参ってしまう」「比喩的でわかりやすいよう
2019年1月5日 19:54
カフェ・マゼランに向かうとき、坂を登る。右手には海、左手には林、その奥には街がある。さらに内陸にある赤茶けた山々を望みながら、その景色を見るのが僕はとても好きだ。林からは、フクロウの低い鳴き声が聴こえる。木魚みたいな、鎮静効果のある一定のリズムで。病み上がりの時期を終えて、店の扉がようやく軽く感じられるようになってきた。新しい年を迎えるまでに幾度かのディナーを経て、たっぷり養生できた
2018年10月1日 07:01
この街で最良の居心地を誇るカフェバーにて。 便利でスピーディーな時代の象徴、インターネットの動画サイト。僕は60年代や70年代のプレイリストに浸る。 「イヤホンなんてしなくていいのに。それ、今晩のBGMにしようか」 マスターが言った。こざっぱりした黒髪ショートのヘアスタイルに、生成りのショートエプロン。いつもと同じ低いトーンの声。 「いいの?ドレスコードみたいのとかないの?ドレ
2018年9月25日 07:44
「夢を見てたのは、僕のほうなのかもしれない」 大きくなりすぎたテーブルヤシの向こう側の席から、聴き慣れた声がした。街中のレストランの、洗練されたデザインのダイニングテーブルとチェア、ピアノとヴィオラの室内楽。いつもとはずいぶん雰囲気の違う店で、こことは違う店でよく聴く声を、僕はキャッチした。 「人の中で生きていけると思ったんだよ、お前といたとき。とんだ勘違いだったけど」 話し