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さよならをかぞえて歩く…
街をのんびり歩いてる高齢の女性。
「あら…
本屋さんも閉店するの?」
張り紙を見て呟く。
「もう…
本を買って読む時代じゃないのね。
昔は読み終えた本を、
古本屋に持って行って、
新しい本の足しにしたんだけど…。
豊かになったのかしらんねぇ…。
また知ってる店が消えていくのね…」
しばらく歩き…
更地の前で立ち止まる。
「昔ここには…
駄菓子屋があったわ。
よく隣のミヨちゃんと買いに来てた。
ミヨちゃんはアメが大好きで、
いつもホッペをふくらましてた。
私はいつものきなこ棒。
そう言えば昔から私、
きなこが好きだったのね…うふふ。
学校の子はみんなここに集まって、
夕飯時まで遊んでた…。
ご飯だと呼びに来るお母さんがいて…
羨ましかった…。
うちは共働きで鍵っ子だったから…。
ミヨちゃんの家に、
夕飯お呼ばれしたことあったわ…。
美味しかったぁ…あのコロッケ…。
みんな…どうしてるかしら…」
しばらく歩き…
商店街の前で足を止める。
「この商店街はよくお使いで来たわ。
角はタバコ屋さんで、
優しそうなおばあさんがやってた。
いつもラジオをかけながら寝てたっけ。
でも起きてるといつも、
おかえりって声を掛けてくれて…。
そうそう。
ここに赤い公衆電話があった…。
私、電話に手が届かなくて、
おばあさんわざわざ、
踏み台を持ってきてくれて…。
私…何用で電話したのかしら…。
頼まれたものがお店になかったから、
確認の電話はした覚えがあるから…
それかしらね…。
そうそう。
このニ件隣は魚屋さん。
元気なおじさんがハチマキ巻いて、
大きな声でお魚売ってた。
お店の名前の入った前掛けして…。
そう言えば、
お金がザルに入ってたわ…。
あれはゴムかしら…。
上からザルが吊るされてて。
いつもは上に上がってるのを、
お釣りの時にはザルを下げて、
お金を出し入れするの…。
そのたびにザルが、
ビヨーンビヨーンって、
伸び縮みするのが楽しくて、
ずっとお店の前で見てたわ。
そうそう。
あと猫がよく集まって来てたわ。
おじさんが魚の切れ端あげて、
それを食べてるのがかわいくて、
私もおねだりして切れ端あげたりして…。
どこの猫だったんだろ…。
魚屋さんのじゃないわよね。
だってたまに魚を盗もうと、
台の上にあがった猫を、
おじさん放り投げてたもの…。
ここの鮭は美味しかった。
お弁当に入ってるとうれしくて…。
今でもたまに鮭を焼くと…
ここのこと思い出すわ。
もう魚屋をする人もいないのね…」
数歩歩くとまた立ち止まる。
「ここは洋食屋さんだった。
誕生日はいつもここだった。
ハンバーグが食べたくて…
いや、違うわね…。
クリームソーダが飲みたかったのよ。
でも本当はフルーツパフェを、
頼みたかったんだけど…
子どもなのに親に遠慮して…。
でもあのシュワシュワと、
上のアイスクリームが良かったのよ。
アイスとジュースが、
同時に味わえるなんて、
あの頃は画期的だったのよね。
学生時代もミヨちゃんと、
よく一緒にここに来て頼んでた…。
でも、よく考えると、
家でもやろうと思えばできたのに…
何でしなかったのかしら…不思議ね。
あれはお店で頼むものって、
思ってたのかも…。
父さんが待ってる間、
ストローの袋飛ばしや、
水を垂らしてイモムシとかで遊んでて。
今の子は知らないだろうなあ…。
そもそもストローって、
お店で提供されてるのかしら…。
もう昔のことなのよね…」
商店街を抜けて、
近くの川沿いの遊歩道へ。
「ここはまだあの頃のまま…。
桜並木が残ってる…。
これは樹齢何年なのかしら?
少なくても私よりは年上よね?
ってことは80はとっくに過ぎてる。
あなたも長生きねえ。
そう言えば会社の花見も、
この近くでやったわ…。
小さな会社だったけど、
みんな、いい人たちばかりだった…。
部長さんが愉快な人で、
酔っ払ってるのに、
大丈夫、酔っ払ってないって…。
急にそこら中を駆けずり回って…
挙句の果てに川に落ちちゃって…。
みんな総出で、
川から引き上げたことあったわ。
そしたらスーツのポケットから、
小魚が飛び出して…笑った…。
みんな笑ってた…。
あの人と出会ったのも…
ここだった…。
よくデートもここで…。
お弁当作ってここでお昼食べて…。
お弁当の鮭…
あの人も美味しいって言ってた…。
何でも美味しい美味しいって。
あんまり何でも美味しいって、
言うもんだから、
ほんと?って確認したっけ…。
なつかしい…。
元気にしてる?
ここの桜…
そっちからも見える?
子どもも連れて、
ここにも来たわよね…。
あの子たちも…
もう私なんかよりしっかりしてる…。
心配はしてないけど…
やっぱり…
ちょっと寂しい…。
ひとりって…」
晩秋の桜の樹の下で、
ベンチに腰を下ろす。
「はぁ~」
冷たい秋風が吹く。
「あの~」
「……」
「もしもし」
「はい?」
「あの失礼ですけど…
どこかでお会いしませんでしたか?」
「……?
……!!
ミヨちゃん!?」
「え?!」
「私!私よ!
レイコ!」
「レイコちゃん!?
本当にレイコちゃんなの?!」
「久しぶり~。
えっ?何年ぶり?」
「え~と、
私が引っ越してからだから、
もう…よんじゅう…5年?
45年ぶりかしら?」
「戻ってきてたの?」
「そうなの。
父の家がまだあったから。
余生は慣れ親しんだここでと思って。
まさかまたこうやって会えるなんて」
「私も驚いたわよ。
いまちょうど、
あなたのこと思い出してたんですもの」
「そうなの?」
「そうだ!
……これ、あげる」
「やだ~。
まだ~覚えてたの?
もう~子どもじゃないのに…
私、何歳だと思ってるの?
でもありがと。
私はきなこ棒…持ってないけど」
「私の好きなもの、
覚えてるの?」
「当たり前でしょ?
あなた何本も当たって、
私にもたくさんくれたでしょ?」
「そんなこともあったわね…。
そうだ。
ミヨちゃん時間ある?」
「あるわよ。
時間を持て余してるわよ」
「じゃあ、一緒に行かない?」
「どこに?」
「喫茶店」
「あ~ってことは…」
「クリームソーダ!」
「クリームソーダ!」
二人は並んで商店街の方へと、
歩いてゆくのでした。
このお話はフィクションです。
実在の人物・団体・商品とは一切関係ありません。
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