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ソフィ・カルのヴェネツィア・・・



・・・棚の一段に、ソフィ・カルの作品がずらりと並んでいた。中には詩的な代表作『ヴェネチア組曲』もあった。・・・
その男が・・・もうすぐヴェネチアに行くことがわかる。彼女は密かに男のあとをつけることに決めた。ヴェネチアの路地と運河の隅々までこっそり追跡するのだ。このヴェネチア遠征から、ソフィは百五枚のモノクロ写真と七十九ページの航海日誌を書き上げ・・・
(『赤いモレスキンの女』、アントワーヌ・ローラン 吉田洋之訳 新潮社)

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 今ならまさにストーカーとして、完全に犯罪者だろう。人の跡をつけ、写真を撮る。犯罪者たるストーカーと違うのは、跡をつける相手がほとんど赤の他人であり、個人的な感情はないこと。だが、「純粋な芸術的な試み」であるはずが、ホテルや店の入り口を見張り、跡をつけているうちに、まるで恋焦がれる相手を待つかのような不思議な感情に染まっている自らの心に戸惑いを覚える。

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 休暇でヴェネチアに滞在する彼の尾行をより確実にするため、ホテルの入り口を見下ろせる窓に目をつける。細い路地に面した建物で家主を探り当てるのは至難の技、だが、あの手この手を尽くし、ようやく寒く底冷えのきつい冬のヴェネツィアでの「出待ち」を容易にするのだが・・・。

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(画像は、https://www.anothermag.com/art-photography/7349/sophie-calle-suite-venitienne より拝借しました。)

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 1980年にソフィ・カルが発表した『ヴェネチア組曲』(Suite vénetienne)は、その実録の写真と追跡メモでできている。その『ヴェネチア組曲』が先日読んだ『赤いモレスキンの女』に登場する。それは彼女の人となりを示す、重要なキーの1つとなるのだった。

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 私がソフィ・カルに出会ったのは、2007年のヴェネツィア・ビエンナーレの時だと思う。その年、第52回国際現代美術展において、フランス館の代表作家となっていたのがソフィ・カルだった。“Take care of yourself (prenez soin de vous)” と題したその作品は、男性からの別れのメッセージを107人の女性に読んでもらう、というもので、多くの女性たちの声、写真、映像から構成されたもので、そういえばとても印象的だった。毎回観察を続けてきたヴェネツィア・ビエンナーレの、何かと常に気になるフランス館の展示の中でも、記憶に残っているうちの1つだと思う。

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 『ヴェネツィア組曲』の日本語訳は、野崎歓さんの翻訳で『本当の話』(1999年、平凡社)に収められている。また、英語版は2015年にSiglo社から再版されているらしい。「赤いモレスキンの女」の本棚に並んでいた「見つけるのが難しくたいへんな高値がついている」という初版本も見てみたい気がする。

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本当の話
ソフィ・カル
野崎歓 訳
平凡社

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Fumie M. 01.24.2021

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