
【連載】#14 「何のために仕事をしているのか?」を忘れてはいけない|唯一無二の「出張料理人」が説く「競わない生き方」
職業「店を持たない、出張料理人」、料理は出張先の素材を最大限に生かしたオンリーワンのレシピを考案して提供する――。本連載は、そんな唯一無二の出張料理人・小暮剛さんが、今までの人生で培ってきた経験や知恵から導き出した「競わない生き方」の思考法&実践法を提示。人生を歩むなかで、比べず、競わず、自由かつ創造的に生きていくためのヒントが得られる内容になっています。
※本連載は、毎週日曜日更新となります。
※当面の間、無料公開ですが、予告なしで有料記事になる場合がありますのでご了承ください。
フランスには、タイヤのミシュラン社が出している、権威あるレストランガイドブック「ミシュラン」があります。料理内容、レストランの設備、雰囲気、サービスの質など、あらゆる面で最高級のレストランには3つ星が与えられ、その下に2つ星、1つ星と続きます。もちろん、星の付かないレストランがほとんどなのですが、私もフランス修行時代には、バイブルのように、何度も何度もミシュランガイドのページをめくっては、勉強のために行きたいレストランを探すのが楽しみでした。
そんな思い出深いミシュランガイドブックが日本に上陸して来たのが、2007年でした。世界を見渡しても、日本のレストラン、飲食店のレベルはかなり高く、年を追うごとに、星付きのレストラン飲食店が増えてきたのは当然だと思いますし、同じ日本人としてとてもうれしく思います。実際、私の友人の何人かもかなり前にミシュランの星を獲得し、最初の数年は喜んでいたのですが、最近になっていろいろな悩みを聞くようになりました。
初めてミシュランガイドの1つ星を獲得すると、他のマスコミでも度々紹介されることになるので、当然のことながら、新規のお客様が大勢予約してきます。実際に予約が取れるのが、半年後、1年後、さらには、もっと先というお店もたくさんあります。すると、どういう現象が起こるかというと、今までそのお店を支えてくださった、いわゆる常連さんの席がなくなり、常連さんが来られなくなってしまうのです。
ここで、お店側の考え方としては、2つの道に分かれます。
1つ目は、今までどおり常連さんを大切にし、常連さんの予約を優先する。つまり、これからも背伸びしないで、コツコツやっていこう。「星はあってもなくても関係ない」という堅実な考え方です。
もう1つは、ミシュランで1つ星を獲れたのは、またとないビッグチャンスだから、新規の予約をどんどん入れて、お店も新しく大きくしよう。場所もお客様がアクセスしやすい家賃の高い一等地に移転し、料理人もサービススタッフも増やして、さらに良い料理とさらに良いサービスで2つ星を目指そう。2つ星になれば、堂々と2つ星に見合った料金に値上げができるし、さらに3つ星を獲れば、世界的にも有名になって、新しいお客様もさらに増える、という考え方です。
もし、あなたがオーナーだったら、どちらの道を選びますか?
多くのお店は、やはり後者を選ぶでしょう。その気持ちは、よくわかります。ただ、星を獲ったばかりで元気なうちはいいですが、料理人もアスリートと一緒で、無理を続ければ、どこかにしわ寄せがきます。また、先ほども述べたように、日本は和洋中のジャンルを問わずに世界的にもレベルが高いので、当然、年を経るごとに同じレベルのライバル店がたくさん出てきます。
お客様の立場になって考えれば、同じレベルの飲食店が2軒あれば、どちらかに2回行くより、両方に1回ずつ行きたいものです。ましてや、ミシュランで星を獲ると、料理の材料費以外の人件費や家賃、その他の経費がかさむので、当然、経費を回収するために料理代やドリンク代も高くなります。1回の食事代が軽く5万円を超えて、それを簡単に出せるお客様はほんのひと握りでしょう。それは、私が出張料理をやっていて肌で感じている部分でもあります。
そんなひと握りの富裕層のお客様を奪い合うような構図にはなってほしくないと思うのは、私だけでしょうか。ミシュランの歴史が長いフランスでは、20年ほど前に、3つ星レストランのシェフが2つ星に陥落するのを恐れて自殺した事件があったり、ミシュランの星を返上したり、査定を拒否するレストランもたくさんあります。
先ほど、ミシュランの星を獲ったオーナーシェフの友人が最近、悩んでいるとお伝えしましたが、本来、おいしい料理で多くの方々に笑顔になっていただきたくて料理の道に入ったのに、「最近では、借金を返すのが仕事になっているんだよね。借金しないで楽しく料理している小暮が羨ましいよ」と言われました。
そんな話を聞くと、あらためていろいろ考えさせられます。私はお店を持ちたかったのに、銀行が相手にしてくれなくて、借金できなかったわけですから。それで出張料理人の道を選んだ身です。
ミシュランという評価は、歴史的にも影響力もあるものであり、飲食店業界を盛り上げる、注目を集めるという意味でも、とても意義のあるものであると思います。ただ、その一方で、その評価に振り回されてしまうリスクがあるとも言えます。私個人の意見としては、ミシュランはあくまで1つの評価に過ぎず、それに振り回されて自分を見失ってしまうのは本末転倒だと感じています。その自分とは「何のために仕事をしているのか」という仕事の本来の目的です。私たち料理人の世界で言えば、「何のために料理人になったのか」ということです。
繰り返しますが、ミシュランの評価は1つの評価に過ぎず、絶対的なものではありません。昔から支えてくれるお客様の評価、目の前のお客様の評価もミシュランと同じぐらい、いやそれ以上に大切だと思っています。なぜなら、私がなぜ料理人になりたかったのか、つまり、私が「何のために仕事をしているのか」がそれだからです。
1つのモノサシだけで、比べたり、競争していく生き方はツラいものがあります。自分も見失うことも出てくるでしょう。
競わない生き方という世界も存在します。私があえて比べる、競争するとしたら、他者ではなく、自分の過去です。昨日の自分より成長できているかどうか、目の前のお客様に「おいしい」と喜んでいただけているか。そこに意識をフォーカスして、出張料理人という仕事に従事しています。
あなたは「何のために仕事をしているのか?」が明確になっていますか? それに意識を向けていますか?
時々、振り返ってみることもいいかもしれません。
【著者プロフィール】
小暮 剛(こぐれ・つよし)
出張料理人。料理研究家。オリーブオイルソムリエ。1961年、千葉県船橋市生まれ。明治学院大学経済学部卒業後、辻調理師専門学校を首席で卒業。渡仏し、リヨンの有名店「メール・ブラジエ」で修業。帰国後、「南部亭」「KIHACHI」「SELAN」にて研鑽を積み、1991年よりフリーの料理人として活動開始。以後、日本全国、海外95カ国以上で腕をふるう「出張料理人」として注目される。その土地の食材を豊富に使い、和洋テイストを融合させて、シンプルに素材の持ち味を生かす「小暮流料理マジック」に、国内のみならず世界中から注目が集めている。近年は、出張料理人として活躍しながら、地域食材を最大限に生かしたレシピ開発を通じた地方再生や、子どもたちの食育講座などを積極的に行なっている。また、日本におけるオリーブオイルの第一人者としても知られ、2005年には、オリーブオイルの本場・イタリア・シシリアで日本人初の「オリーブオイルソムリエ」の称号を授与している。その唯一無二の活躍ぶりは各メディアでも多く取り上げられており、TBS系「情熱大陸」「クレイジージャーニー」への出演歴も持つ。最終的な夢は、「食を通して世界平和を!」。
▼本連載「唯一無二の『出張料理人』が説く『競わない生き方』」は、下記のサイトで過去回から最新話まですべて読めます。