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【選書】「ミステリーって多すぎて自分に合うのを選べる気がしない」という友達に選書のコツを全力で話してみました〈第九夜〉 ―謎解きも凄い「社会派」―

~「読んでよかった」のために自分の好みを知ろう
素晴らしい小説に感謝を込めて~
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〈第八夜〉心震える「社会派」はこちらから ↓↓↓

【主な、ではなく2人しかいない登場人物】

エイミ・・・本、特に推理小説が好き。40代。友人ミキとの会話や子育てを通して「本1冊をスラスラ読めるのは本好きだけの常識」と気づき、ミキが楽しく読書できる「入口」を考えるように。目標は「脱・頑張って読んだのにイマイチ」 

友人ミキ・・・大人になり読書に興味を持つが、少し苦手意識あり。ミステリーを読んでみたいと自分で選書するものの「ピンとこない」と苦戦。「読書慣れしていない人が小説1冊を読み切る労力」をエイミに訴える

※以下、作家名は敬称略。本のデータは最後に記します

※あくまで私が読んだ本、好きなタイトルから話しています。ミステリーの選書に関してはすべて、ただの本好きの個人的な見解です

※おすすめの作品名も出しますが、あくまで選書のコツ・考え方がテーマです

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エイミ ではさっそく第八夜からのテーマ「社会派ミステリー」のつづきだね。

ミキ これまでのあらすじとして、あまり読書慣れしてない人はまず「どんな謎ならワクワクするか」という自分の好みを知る、さらに「気になる作家を見つけたら作風や作品リストを少しでも調べてみる」、「現時点での読書スキルと好みに合った選書をする」という話だったね。

エイミ あとは、殺人事件や重い雰囲気が苦手な人は「日常の謎」ジャンルを試してほしいのと、「社会派は自分の日常と地続きと思えるテーマから選んでみる」「知りたい、が読書力を超えることがある」って話だったね。

ミキ 私はいま読んでる辻村深月『傲慢と善良』が佳境に入ったよ! もうすぐ終わるんだけど、思いもよらない展開になって、驚いてます。

エイミ いいね! じゃあ私のほうは中山七里『護られなかった者たちへ』の話からいきます。これがまた、すごい小説で・・・。


いざ、読書の世界へ

(1)『護られなかった者たちへ』が可視化する不条理


※以下、ネタバレはしませんが、『護られなかった者たちへ』の内容、『傲慢と善良』の後半の展開にある程度触れます。気になる方はご注意ください

  
ミキ そういえば『護られなかった者たちへ』って映画化されてるよね? 気になってたんだけど、観逃しちゃってる・・・。
 
エイミ 映画もいいんだけど、いまは小説ベースで話していくね。これは生活保護と東日本大震災をテーマにしていて、震災から4年後の仙台が舞台なんだ。刊行は2018年。
 
ミキ 第八夜から引き続き、これもまったく他人事じゃないテーマだね・・・。
 
エイミ いまミキが読んでる『傲慢と善良』の後半にも震災の被災地が出てくるでしょ。ネタバレは避けるけど、登場人物の心模様と被災地がどう関わってくるか、興味深い展開になっていると思う。
 
ミキ あ・・・そうだね。確かにそう言われてみると、いろいろ繋がってる感じがするな。
 
エイミ なんらかのかたちで震災を書きたいと考えている作家は多いだろうね・・・。話を戻すけど、『護られなかった者たちへ』作者の中山七里は文庫版巻末の〈映画化記念対談〉で、「仙台を舞台にして震災を抜きにして語るのは逃げだと思いましたが、同時に生半可な覚悟で書いたら火傷するのもわかっていました」と話してる。ちなみに対談の相手は同作を映画化した瀬々敬久監督だよ。
 
ミキ テーマはわかったけど、ミステリーとしてはどんな謎なの?
 
エイミ まず、仙台市内で連続殺人事件が起こるんだけど、これが「拘束したまま餓死させる」っていう残忍な手口で、しかも被害者は人から恨まれるとは思えない聖人のような人物だったんだよね。
 
ミキ 想像したくない。いっそすぐ殺して・・・。
 
エイミ 第一の被害者は福祉保健事務所の課長でね。主人公の笘篠刑事は捜査するうち、現代の生活保護の構造的な不条理を知ることになるんだ。
 
ミキ 不条理って?
 
エイミ 本当に必要としている人に届いていないんじゃないか問題
 
ミキ あぁ、なんかそれが事件の発端になっていそう。
 
エイミ これ以上は話せないけど、骨太な社会派としてぐいぐい読ませる展開が終盤まで続いて、震災後の自治体の事情とか、生活保護の手続きについてとか、すごく考えさせられる内容になってる。そしてミステリーとしての面白さも抜群で、最後に「えええっ⁉」という展開が待ってるんだ。
 
ミキ えっそうなの⁉ 面白そう。
 
エイミ そう言われれば伏線あったな・・・あぁやられた! って感じで。このあたり、作風や作品リストを調べるとわかるけど「どんでん返しの帝王」と呼ばれてる中山七里の真骨頂。ただ、「なぜこんな事件が起こってしまったのか」を考えるとやっぱりそこには社会の不条理と、傷ついた人間の心があって、社会派としての深みも感じられるんだ。
 
ミキ 第八夜で、社会派は人間ドラマに心震えることが多いっていう話をしたけど、心震わせておいて、最後にど~ん!と謎解きも見せてくれるなんて豪華だよね。一粒で二度・・・なのか、何度も美味しいって感じかな。
 
エイミ うん、実はそういう小説って少なくないんだよね。
 
ミキ えっそうなの?

フィクションと言われても、そこに生きた人間がいる気がしてしまう

(2)「社会派の重厚感」と「驚愕の謎解き」が共存


エイミ
 社会派ミステリーの重厚感と本格ミステリーの謎解きの面白さが共存してる小説、って言うのかな。そもそも小説である以上、ここからここまでが本格、ここからが社会派っていう明確な線引きは難しいわけで。社会派っぽい本格もあれば、本格っぽい社会派もあるからね。

ミキ それはわかる。映像作品でもミステリーっぽいコメディとか、コメディっぽいミステリーとかもあるし。別に「完全にどっちか」に分ける必要はないよね。

エイミ 福祉の問題を扱った重厚な社会派かと思いきや、最後に「思ってたんと違うう・・・」って放心状態に陥るどんでん返しがあったり。

ミキ 『護られなかった者たちへ』もそうだね。

エイミ 名探偵が天才的な推理力で謎解きしたかと思えば、犯罪の背景に複雑な社会問題があったり、っていう小説もある。ちなみに私の好きな島田荘司の御手洗潔シリーズにはそういう作品も多いんだ。ただ、主軸がどこかで最終的なジャンル分けがされるんじゃないかな。作品数が膨大な世の中だから、完全なジャンル分けは難しいけど、大きい仕分けは必要だよね。

ミキ うん。私は大きい仕分けは先に知りたい派。創作料理の店って言われても、和食ベースか洋食ベースかは知りたいじゃない? 自分が何を食べるのか大体の想像はしたいし。
 
エイミ いいたとえだね(笑)。まぁそんなわけで、両方味わえる小説もあるって覚えててほしいんだ。・・・あっそういえば!
 
ミキ またなんか思い出しちゃった?
 
エイミ 『護られなかった者たちへ』を読んで中山七里という作家が気になるとするよね。で、「ほかにも社会的なテーマと面白い謎解きが融合したものを読んでみたい」と調べたら、代表作のひとつである『連続殺人鬼 カエル男』という作品がヒットする可能性が高いと思うんだ。
 
ミキ タイトルがなんか怖そうだけど、これも社会派?
 
エイミ 刑法39条をテーマにしていて社会派の要素が強いんだけど、猟奇殺人の話で。しかも犠牲者の一人が、ミキには耐えられないかもしれない・・・。本格ミステリーを読み慣れた人ならいいけど、悲惨な話が苦手な人には、あまりおすすめしないかな。
 
ミキ あぁ私、そういう部分でショックを受けると、せっかくの謎解きが頭に入ってこない傾向にあるから・・・。自分の好みは知っておきましょう、という話だね。本とか作家の知識が少ないと、1冊目で「この人こういうの書く人なんだ」ってイメージを勝手に固めちゃうこともあるかもしれないな。
 
エイミ とくに中山七里は多彩だから、気になったらいちど作品リストを調べるのがいいと思う。ちなみに私は『カエル男』好きですよ! ・・・そうだ、ミキにはクラシック音楽をテーマにしたピアニスト探偵・岬洋介のシリーズをおすすめするわ。怖くないし。
 
ミキ ピアニスト探偵? そういうジャンルあるんだ。格好いいね。
 
エイミ 格好いいよ! 名探偵・岬洋介。ピアノ一流、推理も一流、そして痛みと優しさをもつ男。ちなみに1作目は『さよならドビュッシー』だから、よかったらラストのどんでん返しに驚いてみてね。
 
ミキ よかったら驚いてみるわ・・・。さて、今日はほかにもおすすめの本があるんでしょ?
 
エイミ あるよ! これは介護問題がテーマなんだけど、2013年に刊行された葉真中顕の『ロスト・ケア』。映画化もされてるけど、今日は小説ベースで話していくね。
 

「同じ作家が書いたの? 」と驚くことはけっこうある

(3)介護の痛みと論理謎解きの二本柱『ロスト・ケア』


ミキ
 介護問題・・・いっそう身近だね。エイミは知ってるだろうけど、私はふだん介護施設の事務員として働いてるし、親のこともあるから。
 
エイミ そうだね。私も親の問題はリアルだよ。っていうかこれ、将来も含めて当事者じゃない人っているのかな
 
ミキ する側される側、家族や親族、職業選択・仕事関連、社会や地域とののつながり・・・いろんな方面から考えて、まったく無関係の人を探すほうが難しいかもしれないね。
 
エイミ この『ロスト・ケア』は43人もの人間を殺害したとされる、ある男をめぐる物語なんだ。殺された人はほぼ全員、在宅介護を受けていたお年寄りでね。全体としての主人公は犯人を起訴することになる検察官の大友なんだけど、在宅介護を担う側の家族や訪問介護スタッフ、介護事業の経営者とか、あらゆる立場の人の視点で物語が進んでいくんだ。
 
ミキ ちょっと待って・・・43人⁉  ひとりの人間がそんなに殺したってこと?
 
エイミ もちろんフィクションだけど、衝撃的だよね。ただ、犯人には犯人なりの動機というか理由があって、もちろん許されることじゃないけど、ミステリーとしてはその「動機・真の目的」と「犯人は誰か」がポイントになる。で、この介護をめぐる痛切な人間ドラマ、やりきれなさと同じくらい、「犯人さがし」の謎解きに読み応えがあるんだ。
 
ミキ 検察官の大友さんが見事な推理で「犯人おまえだ!」って追い詰めるとか?
 
エイミ それが、とある数字・統計データから論理的に犯人を割り出すんだよね。この、ひたすらロジックで真相を導き出す推理法、かなり本格の味わいが深くて。数字とか理系ミステリーが好きな人はとくに「おっ!」て思うんじゃないかな。それだけじゃなくこの小説には叙述トリックも使われていて・・・私はもうすっかり騙されました。
 
ミキ じょじゅつトリックって何だっけ?
 
エイミ 作者が文章の書き方に仕掛けをして、読者の思い込みや先入観を誘う手法だね。これによって読み手は「えっまさか⁉」って驚くんだけど、フェアに書かれてるものは、気持ちよ~く騙された快感が得られるんだよね。やられた~でも面白かった~って。
 
ミキ なんかすごいね! 介護問題っていう重いテーマを扱っておきながら、どんでん返しみたいな展開もあるんだ。
 
エイミ それで、全選考委員絶賛のもとに日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した、と文庫版の裏表紙や解説に書いてある。作家の近藤史恵によるこの解説も素晴らしいよ・・・何度も読んじゃった。ちなみに作者・葉真中顕の次の作品『絶叫』は、貧困やブラック企業をめぐる女性の生きづらさを書いてて、ミキが気になるテーマかもしれない。
 
ミキ 現代の女性の生きづらさ、身近すぎて興味あるわ。
 
エイミ 頑張っても頑張っても報われない話なんだけどね・・・。でもなぜかやっぱり「この話に出会えてよかった」って心に刻まれる。『絶叫』にも叙述トリックが使われていて、葉真中ワールドが炸裂してるよ。
 
 

みんなで考えていかなきゃいけない問題  


(4)名作は時代の変化・古さを超えていく


ミキ それにしても、社会派ミステリーって本当にいろんなものがあるんだね。
 
エイミ 私の場合、「面白い謎解きが読みたい」が常に入口なんだけど、それでも読み終わって、フィクションということを差し引いても「勉強になったなぁ」って胸に染みることが多いかな。ただ念のため伝えておきたいのは、たとえば『ロスト・ケア』は刊行が2013年で、現在では介護をめぐる現状は変わった部分もあると思う。あ、この点、ミキのほうが詳しいよね。
 
ミキ 特に介護の場合、法律や制度は数年で変わったりするからね。正直言って、現場の負担は増すばかり・・・という実感しかないけど。
 
エイミ 今年読んで面白かった小説も、10年20年後には「古くなる」ことがあると思うんだ。でも名作ってそれを超える力強さがある。もちろん読み手にも想像力だったり、少し調べることは必要かもしれない。たとえば「戦後の混乱期だったんだろうな」とか、「この法律やこの概念自体まだ世の中になかったんだろう」とか。
 
ミキ ここ30年くらいで言うと、携帯電話やインターネットの普及前か後か、っていうのがいちばんリアルかも。昔の映画とかを観てもそう思うし。
 
エイミ そうだね。でも不思議なことに意外とすんなり受け入れられるものじゃない? たとえばスタジオジブリの『となりのトトロ』を観て「なんでスマホで連絡しないの?」って大真面目に聞く人って、子どもでもあまりいないよね?
 
ミキ うちの子、小さいとき言ってなかったかな・・・不安になってきた(笑)。けど確かにその世界観に入り込んじゃうと気にならなくなる。設定や時代背景は理解できるとして、問題はいちばん大切なテーマは何かってことだよね。たぶんいいこと言ってるな・・・私。
 
エイミ いやその通り!  そこで、いまから松本清張の話を始めるのでよろしくお願いします。
 
ミキ あ、はい。 

すこし昔へ戻ります


(5)松本清張がいて、いろんなミステリーがある

 
エイミ 社会派ミステリーというジャンルを切り拓いた大作家、松本清張が代表作を書いたのは昭和30年代なんだよね。ベストセラーの『点と線』は昭和33年(1958年)、映画が邦画史上に残る名作となった『砂の器』も昭和36年(1961年)。もちろんそれ以降も名作を書き続けてはいるんだけど。改めて、時代を超えていることに驚くなぁ。
 
ミキ 松本清張というと、年に1回くらい「松本清張ドラマスペシャル」を観てるくらいの印象しかないな・・・。旦那がサスペンス好きだから、BSでドラマを再放送してるときも録画してるし、一緒に観るよ。面白いよね。
 
エイミ 知っててくれてよかった!  社会派と言えば松本清張だから、やっぱり話さないわけにはいかないと思って。松本清張は、刑事がコツコツ調べて事件を解決したり、平凡な人間の暗い心理とか、日常に潜む犯罪との接点を書いて社会派ブームを巻き起こした国民的作家なんだ。

ミキ ちなみにそれまでの時代にもミステリーってあったよね?

エイミ あったあった。それまでは江戸川乱歩横溝正史による名探偵ものが中心だったんだけど、松本清張以降、日本にはいろんなタイプのミステリーを書く作家がたくさん誕生したんだって。
 
ミキ じゃあ私達がいろんなミステリーを楽しめるのは、そういう時代に活躍した作家達が土台をつくってくれたおかげなんだね。
 
エイミ そう、ひたすら読んで楽しむ立場としてはもう、感謝しかないよ。 何が言いたいかというと、いま日本でミステリーを書いてて間接的にでも松本清張の影響を受けてない作家っていないと思うのね。
 
ミキ あぁ、ビートルズを直接的に聴いてなくても、自分の好きなアーティストがビートルズ大好き、みたいなことってあるもんね。
 
エイミ だから、この先もしミキが社会派を読むようになったら、知らぬ間に松本清張の空気に包まれるかもしれないから、先に伝えておくね。ミステリー読んでて「この設定、清張の『顔』とか『砂の器』のオマージュだ~」みたいな作品に出会うこともあるし、みんな大好きなんだなぁって思うから。
 
ミキ 想像以上の大作家だったんだ・・・。今度から正座してドラマ観るように旦那に言っとくわ。で、エイミ。もし「私でも読めそうな松本清張はある?」って聞いたらどう思う?
 
エイミ いや聞かれると思ったよ。

ミキ だってこれ「ミキの読書の入口」をさがすための討論会でしょ?
 
エイミ いや討論会じゃないけど(笑)。短編が読みやすいだろうね。ただ、清張の短編は数百作あるらしいし、私もたくさんは読んでないし、ひとりの人間がこんなに? って思うくらい作風も多彩だし・・・。
 
ミキ 数百作⁉  たとえばどんな風に多彩なの?
 
エイミ ジワジワ怖くなるサスペンスフルな展開で、「これで終わり⁉」っていう衝撃のラストもあれば、平凡な人間が事件に巻き込まれて怖い思いをするものもあったり、観光地が出てくる旅情ミステリー風な作品もあったり。どれも謎の設定と緻密な展開、意外なラストが秀逸で、「そうきたか・・・」という余韻がすごい。
 
ミキ 多すぎるのも困るときあるよね。
 
エイミ そこで、明確な基準・切り口を決めることにしました。ずばり、「好きな作家が好きな作品を読む」です!

(6)「好きな作家が好きな作品」から選ぶ松本清張

  
ミキ 好きな作家が、好きな作品?
 
エイミ たとえばここに『宮部みゆき責任編集 松本清張コレクション』という傑作選があります。上中下の3巻もあって作品も多彩だし、宮部みゆきの解説つき。
 
ミキ へえ、こういうのもあるんだ。
 
エイミ 「宮部みゆきが面白いと思った作品」という基準が最高じゃない? 解説の文章も宮部節、という感じでスラスラ読めて、まるで隣で話してくれてるみたいで素敵だよ。
 
ミキ そういえば第四夜でエイミが「人それぞれ自分なりの基点・拠点があると選書の幅が広がる」「好きな作家から次の作家を選ぶ」みたいな話をしてたけど、これは宮部みゆきを通して松本清張の選書をしてることになるよね。

 エイミ うん。この本は2004年の刊行なんだけど、今年7月に出た新しい傑作選もある。 『清張の迷宮(ラビリンス) 松本清張傑作短編セレクション』有栖川有栖・北村薫 編。・・・いやぁこれもすごい、ものすごい!

ミキ 落ち着いて。

エイミ 人気推理作家2人による傑作選だけど、北村薫は日常に潜む心理的な恐怖みたいな作品を選んでいたり、有栖川有栖は伏線回収のしっかりした本格ものを選んでいたり・・・という感じで、選者の個性も際立ってるんだよね。巻末の2人の対談も熱がこもって、いいなぁ。
 
ミキ うっとりしてるね(笑)。よく思うけど、本に限らず「自分はこの作品のここが好き!」っていう個人的な感想は心に入ってきやすいよね。人気作家のものならより説得力がありそう。
 
エイミ 書き手は読み手、だからね。読み手のすべてが書き手になるわけではないだろうけど、少なくとも優れた書き手はたくさんの「面白い文章」を知ってるし、読んでるものだと思う。

ミキ ちなみにこれらの短編、ちょっと読んで「私には難しい・・・」と思えば、フィーリングの合いそうなほかの短編を読めばいいよね? そう考えると清張先生のハードルも下がるかも。

エイミ 松本清張の短編には、テーマが学術的だったり文章が硬いものもあるけど、作品によっては平易な言葉で書かれてて、本好きの小学生や中学生なら読めるだろう、っていうものもあるんだ。たとえばここに、2007年に岩崎書店から出た『現代ミステリー短編集7 殺意』という清張の傑作選があるけど、これは小学校高学年が対象の本だから。

ミキ 私、これから読もうかな(笑)。

エイミ 図書館の児童書コーナー、高学年の棚で見つけたの。これすごくいい本だよ。清張の短編のなかでも傑作の呼び声高い『顔』が収録されてる。確かに主人公の日記が中心で、会話文も多いから読みやすいし。ほかにも『部分』『殺意』『万葉翡翠』が収録されていて、どれもわりとシンプルな構成の話なんだ。

ミキ 内容的に、子どもには読ませられないわぁ・・・って話はないわけね。

エイミ これらはそうだね。「さすがに大人向けだわあ」っていうものも清張作品には多いけど、でもその一方で中学生くらいでもすっと理解できる話もあるのが凄い。焦りや嫉妬、見栄や暗い欲で道を踏み外すのは今も昔も変わらないからね・・・。なぜひとりの人間がこんなにも膨大で多彩な作品を書けたのか、そっちの謎も気になるよ。

ミキ その沼、深そうだね。傑作選も全部買うわけにいかないから、「お気に入りの清張作品さがし」というテ-マで1日図書館にいられそう。ミキにしちゃいいこと言うでしょ(笑)。

エイミ いや本当にナイスなアイディア! ちなみに、ほかの人気作家が選んだ傑作選も出版されてるから、よかったら調べてみてね。

個人的には『顔』『殺意』『一年半待て』『白い闇』『書道教授』などが好きです
 

 
エイミ さて今日はここまでかな・・・あっ最後にもうひとついい?
 
ミキ またなんか思い出しちゃった?
 
エイミ 第八夜で言うのを忘れてたけど、『傲慢と善良』を読んで気に入ったら、同じ辻村深月の『朝が来る』もおすすめだよ。
 
ミキ どんな話?
 
エイミ 特別養子縁組、10代の望まぬ妊娠や出産をめぐる人間ドラマだね。ゴリゴリの謎解きじゃないけど、「過去に何があったのか」を描くヒューマンミステリー。ミキが興味ありそうだなと思って。
 
ミキ けっこう辛い内容だったりする?
 
エイミ 辛い部分もあるけど、いろんな意味で現代のリアルだなって思う。こういうテーマを外側からじゃなく、登場人物の心情メインで内側から書いてるところが、さすが辻村深月って感じるよ。
 
ミキ いつも思うんだけど、私達には感情があるから、社会問題って言われてもそれを受けて日々一生懸命生きてる私達が「どう感じたか」が真ん中にある小説がいい。そういうのをいちばん読みたい気がする。
 
エイミ それが、ミキの好きな作風なんじゃない?
 
ミキ あっそうか。第八夜で言語化できないって言ったけど、今日は自分の好きな作風、ちゃんと言えたかも(笑)。
 
エイミ ちなみに辻村深月は青春小説も多いから、作品リストを見て、より自分と目線が近い・・・私達なら大人の女性が主人公の話を選ぶと読みやすいかもしれないね。
 
ミキ いやいや私は学生が主人公でも大丈夫ですけどね!
 

やっぱり最後は希望をさがしたい

  
エイミ さて、今日はここまでかな。選書のコツについては第一夜からたくさんミキに伝えてきたから、あと2回くらいで「興味関心・スキから入る多種多彩なミステリー」の話をしたいと思ってるよ。

ミキ 多種多彩ってたとえばどんなの?
 
エイミ 特定のジャンルに特化した、たとえば「将棋」とか「ファンタジーミステリー」とか「安楽椅子探偵」とか「間取り」とか、そういうの。
 
ミキ まだまだあることが驚き・・・予想がつくのは間取りだけです(笑)。
 
エイミ だって本当に面白い本たくさんあるんだもん! もう少しだけつづきます。
 
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【読書スキルと好みに合わない選書をしないための・・・今日のポイント】

社会派の重厚感と、本格的な謎解きの面白さが共存する小説もある

・社会派の時代背景やテーマは古くなることもあるが、それがまた魅力。本を通して、いつの時代も人間の本質は変わらないと感じることも

・日本の社会派ミステリーは松本清張の影響を多大に受けていることを頭に入れておくと、いっそう理解が深まるかも

・松本清張の作品探しに迷ったら、人気作家による傑作選を参考にしてみよう

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【第十夜予告】
こんなに多彩! 興味関心やスキから入るミステリー
~大好きこのキャラ、このテーマ~ ↓↓↓

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【今夜の本リスト】

『護られなかった者たちへ』(著者 中山七里/宝島社文庫/税別780円)
『連続殺人鬼 カエル男』(著者 中山七里/宝島社文庫/税別600円)
『さよならドビュッシー』(著者 中山七里/宝島社文庫/税別562円)

『ロスト・ケア』(著者 葉真中顕/光文社文庫/税別680円)
『絶叫』(著者 葉真中顕/光文社文庫/税別920円)

『点と線』(著者 松本清張/新潮文庫/税別630円)
『砂の器』(上下巻)(著者 松本清張/新潮文庫/上巻税別552円、下巻税別590円)

『宮部みゆき責任編集 松本清張コレクション』(上中下巻)(著者 松本清張/文春文庫/上巻税別820円、中巻税別790円、下巻税別760円)
『清張の迷宮 松本清張傑作短編セレクション』(著者 松本清張/編者 北村薫、有栖川有栖 /文春文庫/税別960円)
『現代ミステリー短編集7 殺意』(著者 松本清張/岩崎書店/税別1400円)

『朝が来る』(著者 辻村深月/文春文庫/税別700円)


最後まで読んでくださってありがとうございます!


秋の夜長は終わらない


すべての始まり・・・〈第一夜〉はこちらから↓↓↓


どんな謎ならワクワクしますか?〈第二夜〉はこちらから↓↓↓

〈第三夜〉では人気作家・宮部みゆきの選書について話しています↓↓↓

〈第四夜〉では「イヤミス」と「作風」について話しています↓↓↓


〈第五夜〉では東野圭吾のガリレオ&加賀恭一郎シリーズについて話しています↓↓↓


〈第六夜〉では人気作家は選書力upの強い味方…という話しをしています↓↓↓

〈第七夜〉では「日常の謎」について話しています↓↓↓


推理小説と実写化、『砂の器』について話しています↓↓↓(ネタバレあり)


推理小説と実写化、『さよならドビュッシー』について話しています↓↓↓(ネタバレあり)


自己紹介です↓↓↓


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