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価値創造のためのフレームワーク:バリュー・スティック

こんにちは、広瀬です。

現代のビジネス環境は、かつてないほど複雑化しています。グローバル化、デジタル化、社会の変化が加速する中、企業は生き残りをかけ、様々な課題に立ち向かわなければなりません。顧客のニーズは多様化し、競争は激化し、テクノロジーは目まぐるしく進化しています。このような状況下で、企業は、マーケティング、イノベーション、グローバル展開、デジタル化など、多岐にわたる分野で戦略を立案し、実行していく必要に迫られています。

しかし、多くの企業が陥りがちな罠があります。それは、「戦略的過負荷」です。

戦略的過負荷とは、あまりにも多くの戦略的イニシアチブを抱え込み、リソースを分散させてしまうことによって、真に重要な戦略に集中できなくなる状態を指します。

戦略的イニシアチブとは、企業が目標を達成するために行う、具体的な取り組みや活動のことです。
例えば、新製品の開発、新しい市場への進出、業務プロセスの改善、従業員のトレーニングなどが、戦略的イニシアチブに当たります。
また、顧客満足度を高める、売上を伸ばす、コストを削減する、従業員のモチベーションを向上させるなど、様々な目的のために実行されます。

例えば、ある企業は、市場シェア拡大のために、新製品開発、海外進出、M&Aなど、様々な戦略を同時に進めていたとします。しかし、リソースが分散された結果、どの戦略も中途半端になり、業績は低迷してしまいました。

まるで、重すぎる荷物を背負いすぎて、身動きが取れなくなってしまうように、戦略的過負荷は企業の成長を阻害する大きな要因となります。

では、どうすればこの戦略的過負荷から脱却できるのでしょうか?

Harvard Business Reviewに掲載された、ハーバード・ビジネス・スクールのフェリックス・オーバーホルツァージー教授による論文「Eliminate Strategic Overload(戦略的過負荷を解消する)」は、この問いに対する明確な答えを示しています。

それは、顧客への価値創造を最大化する戦略に焦点を当てることです。

戦略的イニシアチブを取捨選択し、より大きなインパクトを生み出す戦略。限られたリソースを、真に重要な戦略に集中投下する戦略。

それが、複雑なビジネス環境を生き抜き、持続的な成長を遂げるための鍵となります。

そして、そのための重要な視点となるのが、「バリュー・スティック」と呼ばれる価値創造のフレームワークです。

顧客、従業員、サプライヤー、そして企業自身。すべてのステークホルダーにとって、どのように価値を創造できるか?

この問いに答えることこそ、シンプルで強力な戦略を構築するための出発点となります。

顧客に価値を提供することで、顧客ロイヤルティを高め、収益増加に繋げることができます。従業員に価値を提供することで、従業員のモチベーションを高め、生産性向上に繋げることができます。サプライヤーに価値を提供することで、サプライヤーとの協力関係を強化し、コスト削減に繋げることができます。

この解説文では、論文を基に、戦略的過負荷から脱却し、価値創造に焦点を当てた戦略を構築するための考え方と具体的な方法を解説していきます。



1. 価値創造のフレームワーク:バリュー・スティック

企業が持続的な成長を遂げるためには、顧客、従業員、サプライヤー、そして企業自身、すべてのステークホルダーにとって価値を創造することが不可欠です。

では、どのようにすれば、すべてのステークホルダーにとって価値を創造できるのでしょうか?

そのための強力なツールとなるのが、「バリュー・スティック」 と呼ばれるフレームワークです。

バリュー・スティック

バリュー・スティックは、企業がどのように価値を創造し、分配するかを視覚的に示したものです。

このスティックは、4つの要素で構成されています。

  1. 支払意思額(WTP: Willingness To Pay)
    顧客が製品やサービスに対して支払っても良いと考える 最高販売価格。顧客が感じる価値(CUSTOMER DELIGHT)が高いほど、WTPは高くなります。

  2. 価格(PRICE)
    顧客が実際に支払う価格。WTPと価格の差が、顧客が得る価値となります。

  3. コスト(COST)
    企業が製品やサービスの生産にかける費用。価格とコストの差が、企業の利益(FIRM MARGIN)となります。

  4. 販売意思額(WTS: Willingness To Sell)
    サプライヤーが製品やサービスの生産に必要な材料を提供するために受け入れる最低価格。これは、サプライヤー側の思惑であり、実際の取引価格とは異なる場合があります。安定した取引や大量発注など、サプライヤーにとってメリットが大きいほど、WTSは低くなります。また、WTSよりも高い金額で取引ができればサプライヤー余剰(SUPPLIER SURPLUS)が大きくなります。

バリュー・スティックの上部は 顧客が享受する価値、下部は サプライヤーが享受する価値 を表しています。

企業は、価格とコストを調整することで、顧客とサプライヤーに分配される価値の割合を変化させることができます。

例えば、価格を上げれば企業の利益は増えますが、顧客が得る価値は減ります。逆に、コストを下げれば、企業の利益は増えますが、サプライヤーが得る価値は減ります。

重要なのは、すべてのステークホルダーにとって価値を創造することです。

  • 顧客に価値を提供する
    顧客に価値を提供するとは、顧客のニーズやウォンツを満たし、期待を超える満足を提供することです。
    例えば、高品質な製品やサービスを提供する、顧客の声に耳を傾け、ニーズに合わせた商品開発を行う、迅速かつ丁寧なカスタマーサポートを提供する、魅力的な価格設定(WTP)をする、などがあります。
    顧客に価値を提供することで、顧客ロイヤルティを高め、継続的な購買行動を促進し、収益増加に繋げることができます。

  • 従業員に価値を提供する
    従業員に価値を提供するとは、従業員が働きがいを感じ、成長を実感できるような環境を提供することです。
    例えば、公正な賃金や福利厚生を提供する、働きやすい労働環境を整備する、スキルアップやキャリアアップの機会を提供する、従業員の意見を尊重し、働きがいのある組織文化を醸成する、などがあります。
    従業員に価値を提供することで、従業員のモチベーションを高め、人材の定着率を高め、生産性向上と共にコスト削減(COST)に繋げることができます。

  • サプライヤーに価値を提供する
    サプライヤーに価値を提供するとは、サプライヤーとの長期的な信頼関係を構築し、互いにメリットのある協力関係を築くことです。
    例えば、安定した取引量を確保する、適正な価格で取引を行う、支払いを迅速に行う、情報共有や技術支援などを通じてサプライヤーの成長を支援する、などがあります。
    サプライヤーに価値を提供することで、サプライヤーとの協力関係を強化し、安定的な供給体制を構築し、仕入れコスト削減(WTS)に繋げることができます。

バリュー・スティックは、これらのステークホルダーへの価値提供を 統合的に捉え、それぞれの価値を高めることで、企業全体の価値創造を最大化するためのフレームワークです。

次の章では、このバリュー・スティックを具体的にどのように活用すれば、戦略的過負荷を解消し、持続的な成長を遂げることができるのかを解説していきます。


2. バリュー・スティックによる戦略の実践

バリュー・スティックは、単なる概念的なフレームワークではありません。企業が実際に戦略を立案し、実行していく上で、強力な指針となるツールです。

では、具体的にどのようにバリュー・スティックを活用すれば、ステークホルダー全体の価値を最大化し、持続的な成長を遂げることができるのでしょうか?

2.1 ステップ1:現状分析

まず、バリュー・スティックの各要素について、現状を把握することが重要です。

  • WTP
    顧客は、自社の製品やサービスに対して、どれだけの金額を支払っても良いと考えているのか?

  • 価格
    現在の販売価格は適切か?

  • コスト
    製品やサービスを生産するために、どれだけの費用がかかっているのか?

  • WTS
    サプライヤーは、どれだけの価格で材料を提供してくれるのか?

これらの要素を分析することで、自社の 強みと弱み、そして 改善すべき点 が明らかになります。

例えば、顧客調査を通じてWTPを分析した結果、顧客が期待する品質や機能を提供できていないことが判明した場合、製品開発やサービス改善に注力する必要があるでしょう。

2.2 ステップ2:戦略の選択

現状分析を踏まえ、バリュー・スティックのどの要素に焦点を当てるか、戦略を選択します。

  • WTPを高める戦略
    製品やサービスの品質向上、ブランドイメージの強化、顧客体験の向上など。

  • 価格を調整する戦略
    値上げ、値下げ、割引キャンペーンなど。

  • コストを削減する戦略
    生産効率の向上、調達コストの削減、無駄な費用の削減など。

  • WTSを下げる戦略
    サプライヤーとの長期的な協力関係の構築、大量発注による交渉、サプライヤーの生産性向上支援など。

どの戦略を選択するかは、企業の置かれている状況や経営目標によって異なります。

重要なのは、バリュー・スティックの 全体像を把握 し、 バランス を取りながら、 ステークホルダー全体の価値 を最大化できる戦略を選択することです。

2.3 ステップ3:実行と評価

選択した戦略を実行に移し、定期的にその効果を評価します。

バリュー・スティックの各要素を測定可能な指標で可視化し、目標達成度合いを把握することで、戦略の軌道修正や改善につなげることが重要です。

バリュー・スティックの各要素ごとに、評価項目の指標を説明します。

  1. 支払意思額(WTP)

    • 顧客満足度
      顧客満足度調査、ネットプロモータースコア(NPS)など

    • ブランド認知度
      ブランド想起率、ブランド好意度など

    • 製品・サービスの評価
      レビューサイトの評価、顧客からのフィードバックなど

    • 価格プレミアム
      競合製品との価格差

    • リピート率
      顧客の再購入率、継続利用率など

  2. 価格

    • 売上高
      売上目標達成率、前年比売上成長率など

    • 市場シェア
      市場占有率、競合とのシェア比較な

    • 収益性
      利益率、売上原価率など

    • 価格弾力性
      価格変動に対する需要の変化率

  3. コスト

    • 売上原価
      材料費、労務費、製造経費など

    • 販売費および一般管理費
      広告費、販売促進費、人件費、賃借料など

    • 生産性
      従業員一人当たりの売上高、労働時間当たりの生産量など

    • 効率性
      在庫回転率、設備稼働率など

  4. 販売意思額(WTS)

    • 調達コスト
      材料や部品の仕入れ価格、調達にかかる費用など

    • サプライヤー満足度
      サプライヤーとの関係性、取引の継続率など

    • 納期
      サプライヤーからの納品のリードタイム、納期遵守率など

    • 品質
      サプライヤーから納品される材料や部品の品質、不良率など

これらの指標は、あくまでも例であり、企業や業界、戦略によって適切な指標は異なります。

重要なのは、バリュー・スティックの各要素を測定可能な指標で可視化し、目標達成度合いを把握することで、戦略の軌道修正や改善につなげることです。

2.4 企業の成功事例

論文では、バリュー・スティックを活用して成功を収めている企業の事例が紹介されています。

  • Apple
    美しいデザインと使いやすさを追求することで、顧客のWTPを高め、プレミアム価格を実現しています。

  • Gucci
    ブランドイメージを強化することで、顧客のWTPを高め、高価格帯の製品でも販売を伸ばしています。

  • Best Buy
    店舗内にサプライヤーのショップを導入することで、顧客体験を向上させると同時に、サプライヤーのコスト削減にも貢献しています。

これらの事例は、バリュー・スティックを活用することで、顧客、従業員、サプライヤー、そして企業自身、すべてのステークホルダーにとって価値を創造し、持続的な成長を達成できることを示しています。

次の章では、戦略的過負荷を解消するための具体的な原則について解説していきます。


3. 戦略的過負荷を解消するための3つの原則

戦略的過負荷の状態から脱却し、真に効果的な戦略を実行するためには、何をすべきでしょうか?

論文では、以下の3つの原則が提唱されています。

これらの原則を理解し、実践することで、限られたリソースを最大限に活用し、最大の成果を得ることが可能になります。

3.1. 少数の関連するバリュードライバーに投資する

企業は、顧客に提供する価値を高めるために、様々な「バリュードライバー」に投資を行います。

バリュードライバーとは、顧客が製品やサービスを選ぶ際に重視する要素のことです。

例えば、

  • 製品・サービスの品質

  • 価格

  • ブランドイメージ

  • デザイン

  • 機能性

  • 使いやすさ

  • カスタマーサポート

などが挙げられます。

多くの企業は、これらのバリュードライバーすべてに満遍なく投資しようとしますが、これは リソースの分散 に繋がり、 非効率 です。

限られたリソースを効果的に活用するためには、 少数の関連するバリュードライバーに集中して投資する ことが重要です。

具体的には、

  • 自社の 強み を活かせるバリュードライバー

  • 顧客が 最も重視する バリュードライバー

  • 競合との 差別化 を図れるバリュードライバー

などを 厳選 し、そこに 集中的に投資 することで、より大きな効果を得ることができます。

例えば、Tatra bankaは、デジタル技術に強みを持つ銀行です。

彼らは、この強みを活かし、「優れたモバイルテクノロジー」というバリュードライバーに集中的に投資することで、プレミアム顧客の獲得に成功しました。

3.2. 追いつこうとする誘惑に抵抗する

競合他社の動向を分析すると、どうしても「追いつこう」という意識が働いてしまいます。

しかし、競合と同じことをしていては、 差別化 を図ることができず、 価格競争 に巻き込まれてしまう可能性があります。

重要なのは、競合との 違い を明確にし、 独自の価値 を提供することです。

そのためには、「追いつこう」とするのではなく、 自社の強みを活かした戦略 を追求する必要があります。

例えば、Best Buyは、Amazonのような巨大オンライン小売と、Walmartのような低価格を武器とする大企業に挟まれ、苦境に立たされていました。

しかし、彼らは、競合に 追随する のではなく、 実店舗の強み を活かした戦略に転換しました。

具体的には、サプライヤーと提携し、店舗内に「各サプライヤーの店舗」を展開することで、顧客体験を向上させ、差別化を図りました。

3.3. トレードオフを行うことを主張する

すべてのバリュードライバーを 最高レベル にすることは、 不可能 です。

限られたリソースの中で、すべての要素を完璧に満たそうとすると、中途半端な結果に終わってしまいます。

効果的な戦略を実行するためには、「何を重視し、何を諦めるか」を明確にする必要があります。

つまり、 トレードオフ を行うことが重要です。

例えば、米国Southwest Airlinesは、「低価格」というバリュードライバーを重視するために、「機内サービス」や「座席指定」などのバリュードライバーを 意図的に諦めています

このように、トレードオフを行うことで、 限られたリソースを集中 させ、 明確な差別化 を実現することができます。

これらの3つの原則を 実践 することで、企業は戦略的過負荷を解消し、 シンプルで強力な戦略 を実行することができます。


4. まとめ:シンプルで強力な戦略に向けて

ここまで論文を基に、戦略的過負荷を解消し、価値創造に焦点を当てた戦略を構築するための考え方と具体的な方法を解説してきました。

最後に、バリュー・スティックと戦略的過負荷解消の原則を組み合わせることで、企業はどのように持続的な成長を達成できるのかをまとめ、今後の展望を述べたいと思います。

4.1 価値創造の羅針盤

バリュー・スティックは、顧客、従業員、サプライヤー、そして企業自身、すべてのステークホルダーにとっての価値を可視化し、それぞれの価値を高めるための道筋を示してくれる羅針盤です。

この羅針盤を頼りに、企業は、顧客の期待を超える満足を提供し、従業員のモチベーションを高め、サプライヤーとの協力関係を強化し、企業の利益を確保する、ことができます。

4.2 選択と集中の重要性

現代のビジネス環境において、企業は多岐にわたる課題に直面し、様々な戦略的イニシアチブを検討しなければなりません。

しかし、すべてに手を出すことは、リソースの分散に繋がり、効果的な戦略の実行を阻害します。

論文が提唱する3つの原則、

  1. 少数の関連するバリュードライバーに投資する

  2. 追いつこうとする誘惑に抵抗する

  3. トレードオフを行うことを主張する

は、まさに 「選択と集中」 の重要性を示しています。

これらの原則を実践することで、企業は、限られたリソースを真に重要な戦略に集中投下し、最大の成果を得ることができるのです。

4.3 持続的な成長に向けて

バリュー・スティックと戦略的過負荷解消の原則を組み合わせることで、企業は、複雑なビジネス環境を シンプル かつ 強力な戦略 で乗り越え、 持続的な成長 を達成することができます。

それは、すべてのステークホルダーに win-win の関係をもたらし、企業の 競争力 を強化し、 未来 を切り拓く力となるでしょう。


この記事が、読者の皆様が戦略的過負荷を解消し、価値創造に焦点を当てた戦略を構築する一助となれば幸いです。
ぜひ、バリュー・スティックを活用し、シンプルで強力な戦略を策定し、実行してみてください。

ビジネス環境は常に変化しており、企業は新たな課題に直面し続けるでしょう。しかし、 価値創造 という 普遍的な原則 を忘れずに、 変化に柔軟に対応 し、 進化 し続けることで、企業は持続的な成長を遂げ、社会に貢献していくことができると信じています。

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。


参考情報

フェリックス・オーバーホルツァージー教授の書籍

ハーバード・ビジネス・スクール オンライン・コース

バリュー・スティックのフレームワークを考案した、フェリックス・オーバーホルツァージー教授のオンライン授業です。

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広瀬 潔(HBR Advisory Council Member)
いつも読んでいただき、ありがとうございます。この記事が少しでもお役に立てたら嬉しいです。ご支援は、より良い記事作成のために活用させていただきます。