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#2 日常を生きる(『ひと』著:小野寺史宜)
コロナの話題が世間を席巻するようになってからもう早いもので1ヶ月以上がたってしまったことになる。緊急事態宣言が発令されて以来、家の外に出ることがなんだか不謹慎なことのようになってしまった。そんな中で、やはり一人暮らしともなると人と関わりをもてないことが寂しく感じる。
とはいえ、人々は今の状況をうまくとらえつつ、ほかの人とのかかわりを持つすべを見出しつつある。その代表的な例が、テレビ会議による飲み会なのだが、どうしてもいまだになれることができない。それはうまく言葉で言い現わすことができないのだが、画面越しで見る友人の姿にどこか違和感を感じるからかもしれない。
小野寺史宜さんの『ひと』という本の中に出てくる主人公・柏木聖輔。この話は決してなにか起承転結のような、ものすごい展開が待っているわけでも何でもない。ただ至って普通の青年が日常を丁寧に生きる姿が描かれている。
あらすじ
高校性のとき鳥取で居酒屋を経営していた父を交通事故で亡くし、その数年後母親をも病気で亡くした主人公(柏木聖輔)。ひとりで生きていくことを余儀なくされた彼は、授業費を払うことができなくなり大学を中退。そして、今後の人生をどうすべきか思案していた主人公であったが、ある日家の近くにある商店街を歩いていたときに、総菜屋にて1個のコロッケをおばあさんに譲る。その出来事をきっかけに、彼はその総菜屋「おかず田野倉」にてアルバイトを始める。
確かにここに出てくる柏木君は、はたから見たら悲劇の主人公といえるかもしれない。 早くにして両親を亡くし、頑張って入ることのできた大学も中退する憂き目にあった。おまけに彼の叔父が恩着せがましくわざわざ鳥取からやってきてはお金をせびりに来るのだから。
ところが、本人に関していえばまったく悲観する様子がない。
そして彼は生きるうえで自分はどうするべきなのか考えて、調理師を目指すことにするのである。その結果あるときおばあさんにコロッケを譲ったことをきっかけに「おかず田野倉」という総菜屋さんで働くことになる。
舞台は、南砂町から10分ほど歩いた場所にある砂町銀座商店街。
その働く先で務めている夫婦や、先輩の英樹さん、早くにしてシングルマザーとなり息子を育てることになった一美さんとの触れ合いはとても温かく、優しい。
しみじみとした日常
彼の日常を追いかけていくと、当たり前の中にも確かに生きているうえでの生活感がふとした拍子に流れてくるから不思議だ。
待ちに待った給料日、何に使うのかと思えば一杯のラーメン。これは、早くにして働くことを余儀なくされた柏木君にとっては贅沢なごちそう。
そんな月に一度の贅沢なのだが、店長が客前で叱責をしてしまう。その現場を目撃して、彼が食べようとしていたラーメンは、その味が美味しく感じられなくなってしまう。
厳しさとは何なのか。自分への厳しさ。他人への厳しさ。それは同じであるべきなのか。分けて考えるべきなのか。駆けだしの僕にはわからない。
ささいなルールを守ること
あと、主人公の柏木君と、彼と地元が一緒であった青葉という女の子とのエピソードもどこかほっこりするものがある。
彼女にはもともとタカセリョウという彼氏がいた。頭がよく、性格も悪くない。でも彼女は、最終的に彼と分かれる決断をした。その理由は、タカセリョウが社会のささやかなマナーをそれとなく守らなかったことにある。
優先席という制度や、赤信号はわたらないという世間一般に普及したマナー。タカセリョウはそうしたマナーをあまり気に留めることがない。確かに守らなければ直接誰かに被害が及ぶということは少ないかもしれない。それでも彼のそうしたふとした行動に青葉は嫌気がさしてしまうのだ。
柏木君はそうした社会のささいなルールをきっちり守る。このエピソードだけでは、彼がまったくの善人であることの証明には全くならない。けれど、ものがたりを読むことでほっこりするし、ある意味じぶんに対する戒めにもなる。
わたしは生真面目に生きる必要はないと思う。ほかの人に迷惑をかけなければ、ある程度ハメを外すことでもしないと肩ひじ張るばかりで息苦しいことになってしまうから。それでも、ささいなことでもきちんと守るところは守って、人とのつながりを大切にしつつ生きていきたいと感じた今日この頃。
それにしても、急にコロッケが食べたくなったな。
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