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あたまの中の栞 -水無月-
早いもので新しい年を迎えてから半年が過ぎようとしている。「光陰矢の如し」とはきっとこんな時に使うんだろうな。6月に入ってからは毎日のように雨が降っていて、正直な話気が滅入った。もう地面が陥没してしまいそうなくらい雨が降り続けて不安が胸を掠める。
ここ一ヶ月長い物語を書いているうちに気がつけば1日が終わっている、という日々が続いた。物語を書くのは全然私にとっては苦ではなくて、あー私生きてるって思ってしまった。なんて単純なんだろう。自分が紡ぎ出す物語の世界に没頭することによって、嫌なことも全て現実世界に置いてけぼりだ。創造の世界は強い。
それでは先月読んだ本について、改めて振り返ってみたいと思います。今月は他の月に比べると、読書数ちょっと少なめです。
1. 推し、燃ゆ:宇佐見りん
ある物事を解釈するにあたって、一見関係ないように見える事柄も実はよくよく紐解いていくと根本は同じだったってことが割とある気がしている。人が宗教を信じる理由とそしてアイドルや俳優をリスペクトする理由というのは実はけっこう似たり寄ったりなのかな。
生きている以上、楽しいことばかりではなくて残念ながら一定数悲しい出来事が散在している。だからどうにも立ち上がれなくなったときのために、心のよりどころとなるものが必要だ。それはきっと、自分からは手の届かない遥か彼方にいる存在。
少なくとも主人公にとっては応援していたアイドルが心の支えになっていた。本作品では生きる上での苦しさと並行して、彼女がもつ精神疾患の部分が描かれている。解釈はちょっと人によって分かれる部分はありそう。
推しを推さないあたしはあたしじゃなかった。推しのいない人生は余生だった。(河出書房新社 p.112)
2. 52ヘルツのクジラたち:町田その子
誰にも聞こえない52ヘルツの領域。きっとこの世には、声を出したくても出せない人はたくさんいるんだと思うと、胸がちくりと痛む。不合理な世界で身を守る術を持たない人たちに対して、自分には一体何ができるのか。
私自身はいろんな人に守られながら生きてきて、一人前の顔をしながら今も見えないところでたくさんの人に助けられている。そのことは絶対にこれからも忘れてはいけなくて、自分も私を助けてくれた人たちのように周りに何かを与えられる側の人間になりたい。
それにしても鯨って、本当に人からしたらとてつもなく大きな存在なんだろうな。どこか人智を超えた存在な気がする。せっかくなのでこれまで読んだ鯨関連の小説を紹介本に並べてみた。どの作品もおすすめです。
次の人生があると言うのなら、それなら次の人生は届けたい人に届けられるようになりたい。(中央公論新社 p.102)
3. 本当の戦争の話をしよう:伊勢崎賢治
どうしても昔から戦争関連の話は苦手で、できれば触れたくないとさえ思っていた。かつて読んだ百田尚樹さんの『永遠の0』は第二次世界大戦時代について描かれた話。今でも私の中でかなり上位に入るくらい引き込まれた作品だったが、かなりレアケースである。
それがひょんなことがきっかけでこの本を手にして、改めて戦争が起こるときの原因を知ることになる。人の欲が絡んだ結果だと漠然とした考えしかなかったのだけど、それだけではないもっと根深い事柄が裏には潜んでいるなんて。私たちは過去に起きた出来事から学ぶことができる。
どうか過去に起こった悲劇を胸に、同じことが繰り返さないことをただ祈るばかりだ。
なぜかというと、ほとんどの戦争が、平和を目的に起こされているからです。(朝日出版社 p.19)
4. 増強復刻版 ビルマからの手紙:アウンサンスーチー
ミャンマーのこともアウンサンスーチーさんのことも知りたい人がいれば、間違いなくこの本を最初に手に取って欲しい。不条理な理由でたくさんの善良な人たちが牢獄に送られたという事実に対しては、目を背けてはならないと思った。
ミャンマーは大半が上座部仏教を信仰している。修行し精進する人が救済を得るという考え方は、どこか「忍耐」の精神と繋がっている。とはいえ、今回のことでさすがに忍耐の緒も切れてしまったのだろう。
今思い出したけど、ミャンマーはインドと同じくらい祀られている神様がたくさんいた。それを眺めて回るだけでも楽しかったことを思い出す。
われわれ人間はしばしば自らの能力や業績を自慢するが、一枚の飾り気のないれんがの瓦ほどにも耐久性がないことに気づかざるを得なかった。(毎日新聞社 p.142)
5. 新ビルマからの手紙:アウンサンスーチー
『ビルマの手紙』ではどちらかというとアウンサンスーチーさんが軟禁されている折に書かれているものが多いが、こちらの本については軍事政権が終わりを迎えたタイミングでの手紙というのも含まれていて、少し切迫感みたいなものが抑えられている気がする。
その中で「旅が人生ではなく、人生こそが旅なのだ」という文章が今も頭の中に焼き付いている。確かに今私たちは、旅の途中なんだと思う。この旅がいったいいつまで続くのかわからないけど、もう少したくさんのものを見て、最後死ぬ間際に「我が生涯に一片の悔いなし」と言いたい。
みな、自分や家族が社会的地位よりも、人間としての価値によって尊敬を受けるような社会を勝ち取ることが自らの義務だという信念で一緒にまとまっている。(毎日新聞社 p.47)
6. 鬼憑き十兵衛:大塚已愛
ファンタジーとはなんぞやと思い詰めた結果、手にした本。なかなか難しい漢字が多くて読み進めるのに苦労したけど、全体の筋的にはとてもわかりやすかった。後半新たな設定が増え、かなり急いた展開のような気がしたけどこんなものなのかな。
そもそもこの世にありもしない世界観をさもあるかに見せるのって本当に大変だ。それでも昔読んだ『指輪物語』とか『ハリーポッター』とかはまるで自分が追体験しているように感じてしまうところが、やっぱり名著と言われる所以なんだろうな。
人間は、自分が出来ると信じさえすれば、勝手にそれが出来る生き物だろう。信じるというのは選ぶことだ。(新潮社 p.133)
7. 風の谷のナウシカ:宮崎駿
基本漫画は載せないけど、今回だけ掟を破ります。
これもファンタジーとはなんぞやパート2という感じで手にした本。読み始めるとあまりにも深いいくつもの設定に、度肝を抜かれる。最後読み終わった時にはまるで魂が抜けたみたいになってしまった。ナウシカが尊い。
あまりにも関係性が入り組んでいるので、仮に私が小さい頃に読んでいたならこの世界観は全くもって理解できなかっただろうな。この時ばかりは、自分がある程度の知識を蓄えたオトナであることにバンザイしたい気分になった。
宮崎駿監督が10年越しに完成させたというのも納得。これ本当にいつか実写化して欲しいほどの完成度。
世界を敵と味方だけにわけたらすべてを焼き尽くすことになっちゃうの(豪華装丁本・下 p.343)
***
本格的に蒸し蒸しした季節になってきた。私はどちらかというとクーラーの前に涼むというよりかはガラガラ回る扇風機の前で「あー」と声を出したい派。気がつけば私の会社の近くにはワクチンを求めて並んだ長蛇の列ができており、近々その恩恵に預かることができるかもしれない。
さすがに夏休みまでには間に合わないだろうな、と思いつつもこれで少しずつ日常を取り戻すことができるのなら御の字だ。とりあえず扇風機の前に寝っ転がってしばらく物語の世界に浸りたいと思う。
■ 今回ご紹介した作品一覧
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