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自作のショートストーリー

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記事一覧

契約【ショートストーリー】

契約【ショートストーリー】

「話ってなんだろう」
「なんでしょうね」

看護助手になって三ヶ月の春子は、三年めの夏子先輩と会議室へ向かった。

夏子先輩は、いつも相談にのってくれて仕事もできる一番信頼している人だ。

総合病院の会議室は、大勢の助手たちでざわついていた。
委託本社の三人が入ってきて静かになった。
ひとりが短く形式的な挨拶をしたあと直ぐに本題に入る。

「えー、うちはこの病院から手をひくことになりました。
皆様

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どなたか【ショートストーリー】

どなたか【ショートストーリー】

 朝の電車は混んでいる。同じ車両に同じ顔ぶれ。お互いに話すこともない。
ぶつかった時だけ「あ、すみません」と声を発するぐらい。
これからも関わることはないだろう。明美は目を閉じて、心を無にする…

 車両の中が、ざわざわしている。人々の視線の先を見ると、そこだけ輪ができていた。二十代の女性が倒れているようだ。

「より子、より子、大丈夫か」
連れの男が肩を抱いて、名前を呼んでいる。

「どなたか、

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駆け引き【ショートショート】

駆け引き【ショートショート】

その女の顔には、
見覚えがあった。

「僕たち、どこかで会ったことありますよね」

行きつけの店?
友達の友達?

女は首をふるばかりで、
黙って微笑んでいた。

ふたりは
見つめあったことがある。

町内運動会。
僕は北町のリベンジを期待され、
先頭で綱を持った。

「オーエス、オーエス!」

南町の
先頭にいた女か!

光る鹿【140字】

光る鹿【140字】

王が不在な国に生まれた鹿たちは、伝説の鹿を探すため旅立った。

河を渡り、谷を越え、熱風にたえきれず脱落するものもいる。

しかし7頭の鹿たちは、目的の地に着いた。

その時、伝説の光る鹿たちが翔るのを見た。

それは、湖に映った自分たちの姿だった。

自分たちそれぞれのなかに、王は宿っていたのだ。

男子中学生【140字】

男子中学生【140字】

お蝶夫人に憧れた
岡ひろみに憧れて
テニス部に入る勇気がなく

美術部へ入るが
部室が北側の校舎で
校庭が見えない

笑顔を思い出して描いたら
文化祭で優秀賞をとる

放課後の校庭を走る君が
市内3位
アイツすげーな

文科系と運動系
合わないか

数十年後
雨宿りに入った店にいるなんて
僕はいつでも君を探してた

雨の音

女子中学生【140字】

女子中学生【140字】

お蝶夫人に憧れた
岡ひろみに憧れて
テニス部へ入り

汗と砂だらけ
市内個人戦3位がせいぜい

文化祭で
木漏れ日の油絵に立ち止まる
優秀賞
アイツすごいな

運動系と文科系
合わないよね

数十年後
店にふらり現れた彼

放課後の校庭を走るだけの日々
木漏れ日だけが

浅い夢だから
胸をはなれない

ふたりきり
雨が窓をうつ音

タイミング【ショートショート】

タイミング【ショートショート】

ジム仲間から、珈琲屋に誘われた。
別のテーブルに自然観察会の顔がいた。
奥の席に高校の同級生がいる!
懐かしくて手を振る。

明美は、70年の人生でも珍しい偶然に、驚いた。
知人どうしを紹介して
「まるでサプライズみたい。歌い出したりして」
と笑った。

全員が無言で固まった。
〈誕生日忘れてたさん〉

準備【ショートショート】

準備【ショートショート】

 
「地図を、探している」

 ふと目の前に現れた男が言った。30代ぐらい、黒ぶちメガネ。

ロードマップ、地形図。
いや、路線価図かも…

 司書の宵野明美は、70歳の頭の引き出しから、考えを巡らせた。

 男は、近くに誰もいないことを確認したあと、ささやいた。

「らしんぎ、かいず」

明美は、一呼吸置いて男の顔を見た。

「いま、羅針儀海図、とおっしゃいましたか?」

男が、頷く。

図書館

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たまり席【ショートショート】

たまり席【ショートショート】

 宵野明美は、ふと思いたって参道寺商店街に行った。昔から存在は知っていたが、実際に行くのは初めてだ。70歳になって、昭和の景色を見たくなったのかもしれない。

 地下鉄の駅を降りて、目的地に向かう。途中、古民家や気になる路地を見つけて、明美はときめいた。時間があったら、あとで寄ろう。

 商店街は、古いお店と新しくきれいなお店が混在していた。すれ違う人は若者と外国人ばかりで、なんだか観光地にきたみ

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アンディ【ショートショート】

アンディ【ショートショート】

 
 入院病棟の、ナースステーションに近い個室は、重病の患者が入る。一秒でも早く、駆けつけるためだ。認知症などで、目が離せない人もいる。
9号室の男性は、後者だった。

 部屋入口のネームプレートに『ご利用者様』とある。
路上で倒れていたところを運び込まれ、自分の名前も住所も覚えていない。
唯一の持ち物は、空っぽのトートバッグだけだった。

 「おはようございます。清掃に入ります」
清掃員の明美は

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