きみとめ
残しておきたい作品
入院病棟の、ナースステーションに近い個室は、重病の患者が入る。一秒でも早く、駆けつけるためだ。認知症などで、目が離せない人もいる。 9号室の男性は、後者だった。 部屋入口のネームプレートに『ご利用者様』とある。 路上で倒れていたところを運び込まれ、自分の名前も住所も覚えていない。 唯一の持ち物は、空っぽのトートバッグだけだった。 「おはようございます。清掃に入ります」 清掃員の明美は、いつものようにモップで床を拭いていた。 70歳になったばかりの明美は、この
彼女は、噴水の横で 『ハグしませんか』と書いたボードを立てた。 ひとりの男子高校生が 「いいですか」 おそるおそる声をかけた。 彼女は微笑んで、両手をひろげた。 彼は、体温を感じた。 動物園で、キリンを見たことがあった。 それを見たOL が 「わたしも、いいですか」 彼女は微笑んで、両手をひろげた。 肩の窪みを感じた。 腕まくらは、安心して眠れた。 スーツ姿の男性が 「ぼくも、いいですか」 彼女は微笑んで、両手をひろげた。 背中をさする。 諦めた、夢があった。
風に 波に 星に 鳥に 時計に 石に 飛びゆくものに 唸るものに 廻転するものに 歌うものに 話すものに 踊るものに 「いま、何の時ですか」 と訊いてみる ボードレールは 「酔いたまえ」 と言う 想いを 形にできること 読んでくれる 人がいること いま、書きたい時だ それが 酔うということだ
むかしインドでは、人間の身体を構成している要素が、 地・水・火・風 の四つだと考えられていた。 地は、大地の生命 水は、生命の源泉 火は、熱量と活力 風は、宇宙の呼吸 これらが因縁によって寄り集まり、うまく調合されると、一人の人間ができあがる。 勤め先の病院では、日々 医師 看護師 看護助手・ヘルパー 様々なスタッフ で、うまく廻っている。
高校は、制服と立地で決めた。滑り止めの私立女子校が本命の和希は、公立の入試を白紙で出した。 一年のクラスに、綾香という短髪でボーイッシュな子がいる。親が裏の世界の人で、家は金持ちという噂だった。そのせいか友達が出来ず、いつも独りでいた。 ある日、和希が教室に一人でいると、綾香がよろよろと入ってきた。よく見ると、制服が破れていて、足に擦り傷がある。和希が駆け寄ると、あの集団にやられた、と彼女は笑った。 あの集団とは、生意気な生徒をシメることを目的として?結成
遠く離れた 時のオオカミ 森を守る 白い犬神 迎えにきた ウルフ退き tempo きみの家まで オオカミに乗って 窓から 見えたよ がんばっている きみに サファイアをあげる つらい冬を 越せるように ウルフ退き tempo Tempo は ラテン語の tempus きみは そのテンポでいい そのままでいい 淋しいときは 空を見て 「ウルフソキテンポ!」 って、12回言ってごらん さいごに深呼吸 ぼくが きみを みてるから
世の中が どんなでも 花は咲く 花になって おやすみなさい たおやかに しなやかに
むかしの中国のおはなし。 隣国との国境の近くの村に、老人とその息子が住んでいた。 あるとき老人の飼っていた、やせ馬がなにかに驚いて駆けだし、隣国へ行ってしまった。 村人が老人をなぐさめると 「まあいいさ。また良いこともあるよ」 といって気にもかけない。 幾日かたって、そのやせ馬が隣国から立派な馬を連れて帰った。 ふたたび村人が 「よかったね、おじいさん」と喜んであげると 「いや、いまに悪いことが起こるかもしれん」という。 はたして間もなく、息子がその立派な馬に乗
インドに、ニルヴァーナ・コミューンというふしぎな門があるという。そこをぬけると、またふつうの木や虫がいる荒野。そこに、こんな言葉が書かれているという。 わたしは あなた あなたは 彼 彼は かのじょ かのじょは 水や鳥 水や鳥は 空や谷 ここすぎて 目をつむり 泣け 6時54分の電車にのるため早起きして、自転車をこぎだす。うつ気味退職してから一年たつ。繊細で、はたらけない息子とふたり。明日のパンのために、今日は仕事の初日。 犬をつれた男とすれちがう。思いきって
ーーー16歳のあの夏、僕は不思議な体験をした。ーーー 8月下旬の旅行にむけて、僕は宿題を終わらせた。高校生だけで行くのを心配した母親は、同級生のおじさんが一緒だと聞いて安心したようだった。旅行といっても、友だちとおじさん、僕の3人で、隣の県である岐阜へ行くだけだ。それでも、母親から離れて友だちと一泊する、というだけでワクワクする。 同じクラスのセイジとは中学からの友だちだ。初めて会ったとき 「竜也くんって、読み方タツヤであってる?」 って、聞いてきた。普通だと思っていた
みなさま、こんにちは。きみとめ といいます。 愛知県に住む50代女性です。20代の息子とふたりで暮らしています。『男はつらいよ』『ジブリ』『郡上おどり』を愛しています💕。 本好きが高じて、図書館員になりましたが、体調不良(心も身体も)で退職しました。 そのため、夢だった家庭文庫の実現も挫折。長年少しずつ集めていた絵本と岩波少年文庫など100冊以上をすべて寄付。 しばらく落ち込んでいました。 そこで、この note に出会いました。沢山の人生に触れられて、みんな頑張っている
いつも(一度でも)読んでくださっている方、ありがとうございます。 過去の記事を変更したので、お知らせします。 ① 短編小説『落としもの』と、創作童話『はがき』 それぞれ、前編・後編とわかれていたのですが、ひとつにまとめました。 後編にまとめたので、前編の ♡スキは消えてしまいました。 『落としもの(前編)』♡スキをつけてくださった22人のかた 『はがき(前編)』♡スキをつけてくださった21人のかた はじめての投稿作品だったので、飛び上がるほど嬉しかったです! 本当にありが
ーーー16歳のあの夏、わたしは不思議な夢をみた。ーーー リュックから、夏休みの宿題をとり出す。青い学習ノートがなくて、ごそごそ探すが見つからない。あんまり見つからないと、泣きたくなる。気がつけば、いつもなにかを探している。わたしが探しているのは、こういうものじゃない。 大の字に寝ころがる。目をとじて、何も考えないようにする。 蝉の 声 扇風機の羽が まわる 音 ・・・ 目をさますと天井が見える。古びた扇風機が、まわっている。知らない家。木のにおい。 風を
ぼくがよく行く喫茶店は、変わった人たちが集まる。画家、木工家、陶芸家、絵本作家、ギタリスト、シンガー、旅人・・・。 お店のマスターは、60か70才くらい。あご髭にも白髪が混じる、リリーフランキーをさらに渋くしたかんじだ。ぼくのママと親しいみたいで、下の名前で呼び合っている。ママには男の友達が沢山いるから、どれかが父親だと思うが、このマスターは年上すぎる。 ここに初めて来たのは、ぼくが小学3年のとき。 「健太をよろしく!」 とママは言って、特大のおにぎりと一緒にぼくを、カ
あなたを産んで、26年間 独りで育てることになり 必死に生きてきた 保育園 小学生 中学生 高校生 大学生 看護師の試験に 合格した おめでとう よくがんばったね それから あなたは ずっと家にいる 就職しない ( 加齢か 更年期障害か ) わたしは体調をくずした 今まで出来ていた仕事が 急に出来なくなり 焦る日々 上司の叱責が辛くて 自分に自信が無くなって 喘息の発作が起きて 入院 仕事を辞めた 働き詰めの人生だったから すこし休養かな ある日、 同居の
新人研修に参加したのは、5月の連休明けだった。山の中腹にある、林間学校に使われていそうな古い建物に、新入社員が50人ほど集まった。接遇などのカリキュラムが組まれた、一日がかりの研修だ。 バスを降り、建物の入口で『 大崎ドラッグ様 研修会場 』と書かれた、縦長のホワイトボードを確認する。 「小沢、智彦です」 受付を済ませて、講堂に入る。ほとんどが新卒者だ。ドラッグストアの会社だから、薬剤師も何人かいるのだろう。 隅に、中途入社組の席がある。見たところ、20代~60代まで幅