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痴人の愛
著者 谷崎潤一郎
出版 新潮文庫
「あたしのことを『ナオミ』なんて呼びつけにしないで、『ナオミさん』と呼ぶか」
「呼ぶ」
「きっとか」
「きっと」
「よし、じゃあ馬でなく、人間扱いにして上げる、可哀そうだから。―――」
そして私とナオミとは、シャボンだらけになりました。
再読していると、他人事に思えなかった。
ナオミが妻のシモーヌ仮称で、哀れな男が俺だ。
僕とシモーヌが付き合い始めた頃、少なくとも主導権は僕にあったような気がする。
結婚前、僕の現場に夕方缶コーヒーを持ってきてくれたり、寂しいといって電話してきたりもした。ある時、僕と二人でサーフィンをしに行く直前に喧嘩になって、僕が怒ってひとりで先に自転車にボードをくっつけて押して歩いていると、子どものようにシモーヌが追いかけてきたりもした。彼女はInstagramに僕の写真をいつもストーリーに上げていたり、僕の寝顔を撮っていたりした。
今は、彼女のストーリーは料理か娘が時々載せられている。僕が登場するのはごく稀だし、家でのヒエラルキーでは、彼女がTOPで僕は最下層だ。
幸いにもシモーヌはナオミほどしたたかではないし、打算的でもない。ナオミのようにお金も使わない。
去年の僕の誕生日、まだ娘が生まれる前のことを思い出した。
前日、大喧嘩をしていた。朝方一緒に風呂に入って、ナオミと譲治さんみたいにシャボンだらけになって、完璧な仲直りをした。
そうして迎えた僕の誕生日の朝、彼女が僕の為に「時計を選んであげたい」と言ってくれた。
僕は彼女と横浜某所へ行った。
結婚指輪を買った水色のハイブランドの看板が目に入ってきた。
彼女はちょっとだけバッグが見たいといった。
小さなバッグが〇〇万円とかで、僕はさっさと店を出たかった。
店員さんが、いちいち僕の方を見ながら、奥様の瞳ととっても色合いがお似合いですね、と言ってきた。
僕はできる限りの愛想笑いを作り、店員さんとは目を合わせないようにしていた。
事もあろうか、店員さんは結婚指輪を買ったときのことを覚えていてそのことを僕とシモーヌを交互に見ながら話し始めた。
シモーヌがバッグを片手に持ち鏡でポーズをしながら僕を見る。
店員さんも僕を見る。
コロナ禍で結婚式も挙げなかったし、近場の湯河原に行けたくらいで、新婚旅行も行かなかった。シモーヌは僕に合わせて毎朝4時半に起きてくれる。お弁当を準備してくれたり、暑い日には車で僕の現場まで来て、ポリタンクに水を入れて僕にぶっかけに来てくれたりしたことが僕の脳裏を過った。彼女は普段そんなにブランド物とかにお金をかけない。家の中や西友へ行くのに、僕のTシャツやパーカーを着ているし、何故かパンツも靴下も僕のを履いているときがある。コンビニエンスストアにいくときや、海岸を散歩するときは、僕のサンダルをひっかけ僕の海パンを履いて出かけている。
結婚してからそんな慎ましい日常を文句も言わずに彼女は過ごしてくれていた。僕なんかではなくて彼女ならもっとエリートみたいな男とだって結婚できただろう。僕と一緒に歩いてくれている彼女の支えてくれている生活に感謝しないといけない。だから、僕は意を決した。
「誕生日プレゼント10年分ね、もうしばらく誕プレなしになってまうけど」と言って、結局そのバッグを購入し店を出た。
「そういえば、時計選んであげたいの思い出した」と言いながら、シモーヌは時計店に今度は乗り込んだ。
数分もしないうちに、「これでいいじゃん」、と言って1万円ちょっとのG-SHOCKを指さした。
こうして僕は自分の誕生日に1万円を出して彼女の選んでくれた時計を買い、妻にもハイブランドの小さな水色のバッグを買った。
#なんのはなしですか
ある少女を自分の手元に置こうとした男。少女はキッチュな女になり、男は哀れな中年になり、いつの間にか立場が逆転していく様が谷崎の流麗な文体に乗せられて描かれている。
ナボコフのロリータと意味通じるものが多い。
・少女から少し大人に成長する時期に主人公の男と出会う
・少女期特有の純粋さが小悪魔的な魅力へと変わっていく
・かなり現実的
・打算的
・したたかでキッチュ
女性はしたたかなほど、強く美しいのかもしれない。
人は女に生まれない。女になるのだ。
今年のGW明けから、彼女は英語のリトミック教室で音楽の先生をアルバイトとして始めた。人間関係で少し悩んだりしながらも、たくましくがんばっているみたいだ。
夏の僕の誕生日に彼女はアルバイトで貯めたお金で僕にピアスをプレゼントしてくれた。
ナオミじゃなくて良かったと心底思う。
#なんのはなしですか
Tちゃんいつもありがとう。
#再読
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#妻に感謝
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