ハードボイルド書店員日記・特別編「書店員ブルース」
忘れもしない2019年のGW。
世間は10連休10連休と騒いでいた。メディアでは「連休疲れが懸念される」なんて記事が躍った。
連休疲れ?
我々のスケジュールは平常運転。10連休していた連中よりも低い給料で、普段の10倍以上働いた。
家族連れで自分を大きく見せたいお父さん。ご来店ありがとうございます。アナタと若い女性従業員は対等ですよ? あと子どもたち全員に図書カードを渡して「お買いもの体験」をさせるのは、もう少しお店が空いている時にお願いします。
「1会計につき1枚使用可」の割引クーポンを10枚以上持ってきたお母さん。ご来店ありがとうございます。10冊以上の本を1会計ずつ打たせ、後ろに並ぶ人たちを長時間待たせて満足しましたか?
ネットを使えないおじいさん。ご来店ありがとうございます。その雑誌はウチには置いてません。取り寄せもできません。ご自身で版元に申し込んでください。そういう商品なのです。怒鳴ろうが店長を呼ぼうが変わりません。店長有休ですけど。
2023年も基本的には同じだろう。
私の職場はどこかの書店。大型連休も休まず営業。
年中無休の大忙し。非正規雇用は最低時給。
4時間連続レジはザラ。荷物がないからいいだろって?
先月から腰の具合が思わしくないのだけどね。
だったらせめて時給を上げて。今週だけならできるでしょ。
あの正社員だけ3連休。家族と一緒に温泉旅行。
連休前には大量入荷。いま来て欲しいのはそれじゃない。
嫌いじゃないよ。でもゴメン。そんな青臭いロックはお呼びじゃない。
客注入荷はすべて休み明け。そんなに時間かかる?って嘆かれても。
なぜなら出版社も取次も休んでる。働いてるのは本屋だけ。
本屋の本社も休んでる。働いてるのは現場だけ。
責められるのも現場だけ。レジに入る人間だけ。
4時間立ちっ放しで笑顔で接客。ポイントカードに図書カード。
ペイペイ、クレジット、クオカード。交通系にIDその他。
袋要らないんでしょ? やっぱり要るなら会計変わる。
ひとつ間違えたら大惨事。
どんなに大変でもお客様には笑顔で愛想よく。
だったらお手本を見せてよ。高そうなスーツを着て接客研修に来た人事部のお姉さん。
この永遠に続く潜水のような状況下で、あのお茶のお点前みたいなやり方を完遂してみて。気の短い人に早くしろと怒られ、あるいはふたりのお客様から「袋を渡すときは持ち手の方から」「持ち手じゃなくてそっち側から渡すのがマナーでしょ」と真逆のことを言われても「ウイスキー大好きー」を絶やさずに。
お土産なら袋から取り出して相手に正面を向けて差し出す。でも本を入れた袋は印刷されたロゴの向きが逆になっても、持ち手の側から渡す方が一般的な気がする。どう思う? 研修では教わらなかったしマニュアルにも記されていない。考えたことある?
知らないのは恥ずかしいことじゃないよ。こういう時こそお店に来てレジに入ったらどうですかね。現場をわかっていない人が現場のルールを決めるのは滑稽だと思わない?
良書を出してる小さな出版社。
棚に出さずに即日返品。そんなのよそうぜ。フェアじゃない。
興味深いのを1冊注文。自分で買って読んでみた。
やっぱり面白い。こういう会社の作る本を売りたい。
大手版元の微妙なビジネス書。大人の事情で返品不能。
表紙が汚れてるのを1冊返した。すると即座に警告のFAX。
もう一度やったら事前指定ができなくなります。
了解しました。オールライト。必ず置くし返しません。
そして未来永劫買わない。
休憩時間、思いのたけをnoteの白い画面へ叩きつけた。ザ・タイマーズのアルバムを呼び出し、味噌味のカップラーメンを食べつつ「デイドリーム・ビリーバー」を聴く。忌野清志郎、いや彼の扮したZERRYの歌詞が胸に染みる。
新潮文庫「忌野旅日記 新装版」を開く。ほとんど読み終わってしまった。残ったのは尾崎世界観の解説のみ。そこにはこんなことが書かれていた。
「いつか見に行った日比谷野音のライブで、君が代を歌っている時に、頭に大量のムースを付けながら『ムースムース、こけのむす』と歌っていた清志郎さん」
「あんな風に、やりたいことを、やりたいようにやりたいと思った」
もし現実社会でやりたいことをやりたいようにやったらどうなるか? 職を失う。他の書店へ移っても同じことの繰り返し。ならば、せめて作品の中では書きたいことを書きたいように書く。賞の審査員ではなく己自身と読んでくれる人のために。長さも内容も自分で決める。
本が好きだし本屋も好きだ。だから本屋に来て本を買ってくれる人も好きでいさせて。言いたいことはそれだけだ。
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