「神田古本まつり」で出会ったエグい2冊&「己にとって創作とは?」
10月27日~11月3日に開催された「神田古本まつり」へ足を運びました。
靖国通りの歩道にずらりと並ぶ書棚をじっくり吟味するのが醍醐味です。寒くなる前で本当によかった。
戦利品を2冊紹介させてください。まずは↓。
1998年刊行の写真集。文庫ではなく単行本で読みたかったので、見つけられて嬉しいです。
ただノモンハンで撮られた数枚はなかなかエグい。「ねじまき鳥クロニクル」を思い出しました。でもその地域で生まれ育った人にとっては当然の光景。自分ももちろん恩恵にあずかっている。知らん顔はしたくない。頭に焼き付けるとしんどいので、すぐ掘り起こせる記憶の浅い底へ埋めました。
もう1冊。
2015年刊行の随筆&小説集です。新刊書店はどこも在庫なし。諦めかけていたので、これも出会えてラッキーでした。
一時期、唐組の紅テント公演を毎年観に行っていました。唐十郎さんの発想の繋げ方や語彙の選び方から言語に換え難い刺激をもらうために。しかし本書を読みたかったのは、彼の一人娘で女優の大鶴美仁音(みにおん)さんが書いた跋「父のこと」が収録されているから。あれだけの天才、いや鬼才を近くで見てきた家族の本音に興味があった。
こちらもエグかったです。
唐さんが自宅前で転倒し、脳挫傷の重傷を負ったのは2012年。その数年前から新作の戯曲を書くために相当苦しまれていたようです。大量の焼酎を飲み、近しい人たちを怒鳴り散らす。「地雷はどこにあるかわからないから地雷なのだ」という一文に寒気を覚えました。
想像力を自由に羽ばたかせる創作は、このうえなく愉快な行為です。ただ長年続けていれば、行き詰まることも多々ある。しかし生業に選んだ以上、どうにかして作品を捻り出さないといけない。自分だけならまだしも、家族や劇団員の生活を背負っている。逃げるわけにはいかない。
「生みの苦しみ」なんて平易なフレーズでは語り尽くせぬ重圧と恐怖。美仁音さんが仰るように、天賦の才とはある意味で悪魔から与えられた能力なのかもしれません。永井豪「デビルマン」のように悪魔の力で悪魔と戦う。苦闘の末に勝つことを繰り返し、己のクリエイティビティを高める。代償に心身を削り、健康を損なう。太宰治やカフカもそうでした。
若い頃はそういう生き方に憧れていた気がします。ジム・モリソンみたいに28歳で死んでもいいと。いまは違います。創作のために我が身を犠牲に捧げるのではなく、人生を充実したものにするために書く。「ハードボイルド書店員日記」もそのつもりで続けています。
「己にとって創作とは?」を見直すいい機会をいただきました。
古書市だから出会えた2冊。来年も楽しみです。