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ハードボイルド書店員日記【98】

「すいません、この本を探してるんですが」

世間はお盆の真ん中。書店はコンビニのお仲間。有休申請が重なり、繁忙期にもかかわらず人手は乏しい。特に今日は外野をひとりで守るような状況だ。そもそも普段からショートがレフトを、ファーストがライトを兼ねている。

某版元から直送で届いた補充分を品出しし、教育書の常備を入れ替える。レジの応援に入り、セルフレジの案内をし、在庫検索機のロールを交換する。店内4か所に積まれたヨシタケシンスケ&又吉直樹の新刊の場所を教え、シュリンクを破って絵本を眺める男の子に声を掛ける。親に「買い物に行くからここで本を読んで待ってろ」と言われたらしい。聞かなかったことにし、ビニールでパックしていない見本を選ぶように諭した。

カウンターへ戻ろうとした矢先に呼び止められた。黒髪を腰まで垂らした女の子。中学生ぐらいか。スマートフォンの画面へ視線を落とす。昆虫の標本らしきカラフルな表紙。安田夏菜「セカイを科学せよ!」だ。「夏休みの課題図書なんですけど」「それならすぐそこの棚に」振り向き、言葉を失う。レレレのおじさんを連想した。担当が連休中だった。少々お待ち下さいませと下のストックを確かめる。

「なかったら別にいいんですけど」徹夜明けのヘビースモーカーみたいな口調だ。読みたいわけじゃないが宿題で仕方なく、といったところか。「こちらですね」「ありがとうございます」スマートフォンを持った右のひじを左手でだるそうに掻いている。「蚊、嫌ですよね」「え?」「刺されにくくなる方法、ご存知ですか?」「いえ」「この本に書いてあります」記憶を頼りにページを捲る。

あった。83ページ。「ここです。『本気で狙ってたたかないとダメ』『死の危険にさらされた経験と、そのときのにおいをペアにして覚えて、次からはターゲットからはずす』」「ああ、逃げられても次からは大丈夫ってことですね」本を覗き込んでくる。おそらく読書が嫌なのではなく、大人の決めた課題図書などバカバカしいと考えるタイプだ。

「チョコレートはお好きですか?」「まあ」「蚊が絶滅したら食べられなくなるらしいです」「え、どうして」「それも書いてありました」マスクと同じ色の瞳がいくらか輝きを帯びる。少しは興味を持ってくれただろうか。

「いまレジが空いているので、宜しければお会計を承りましょうか?」「もう一冊探してる本が」首を傾げて考え込む。「何だっけ」「どんな内容の」「文庫の小説。たしか表紙が黄色くて」「かしこまりました」文春文庫のエリアに積まれていた森絵都「カラフル」を手渡す。「こちらでは?」「……すごい」思わず漏れた感が満載。悪くない。

そろそろ昼休みの時間だ。大股で事務所へ向かう。「あの」「はい」衝動的な舌打ちを抑えて足を止める。先ほどの男の子が立っていた。「何か?」「ヨシタケシンスケの」「はい」黙り込む。続きを早く。腹が鳴りそうだ。「じゃあ表紙の色、覚えてます?」「…緑」「これではないですよね?」エンド台に山積みされた新刊の「その本は」を指差す。日焼けした首が横に振られる。「わかった。これだ」ヨシタケさんのコーナーへ行き、下のストックから「わたしのわごむはわたさない」を取り出した。

「うん、これ」ぎこちなく頷く。「一冊しかないから今回は特別」シュリンクを破って手渡した。「汚さないようにね」「うん」「ヨシタケさんの本、好き?」「全部欲しい」正直でけっこう。「やっぱりみんなじぶんだけのたからものがほしいのね」「え?」「何でもない。読めばわかるよ」

店を出て休憩室へ向かう。「その本欲しいの?」後ろから若い女性の声が聞こえてきた。「あんた、ホントにヨシタケさん好きね」シュリンクの件を注意しようと思い、やはりやめた。あの子はわかってくれたはずだ。それでいい。

大人にはあまり期待しない。子どもにはもっと期待したい。本屋を有効活用し、たくさんの「すごい」や「好き」と出会って欲しい。今後はその助けになることも意識しつつ棚作りを進めていこう。

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