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小さな物語。

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掌編・短編集。
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#掌編

【掌編小説】遅れて咲く花

【掌編小説】遅れて咲く花

 また今年も、桜の存在に気づかなかった。職員室の窓の外に映るのは、若い緑の葉を揺らした桜の樹。いつからだろう。わたしが季節に無頓着になったのは。
「――うちの子ども、戸棚に隠しているカップ麺を勝手に取って食べたんですよ? ほんと信じられない。親の気持ちも知らないで」
 桜の樹に気を取られて、隣に座っている木下先生の言葉を聞き洩らしそうになる。へぇ、と薄い返事しか言えなかった。子ども。その言葉で、圧

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【掌編小説】片割れ

【掌編小説】片割れ

 同い年だとはいえ、男の子とうりふたつと呼ばれることに、その頃のわたしは何の嫌悪感も抱かなかった。それが、いじめの主犯格の後藤くんや、消しゴムの滓を集めることにしか喜びを見出せない田所くんだったとしたら、事情が異なっていたかもしれない。学業もスポーツも、加えて容姿も申し分ない――翔太だったから、中学に入学しても揶揄されるようなことを言われても、気にも留めなかった。あるのは優越感? いや、少しは嫉妬

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【掌編小説】退屈な日

【掌編小説】退屈な日

返信が遅いと不機嫌になり、そのわりにはわたしからメッセージを送ると早く話を終わらせたいようだった。優しいことに悩んでいながら、主導権は自分で、彼のスケジュール通りに行動しないと、長文の不平を書き連ねてきた。言葉が過ぎることもあり、自分でそれに気づいたときには、親から満足のいく愛をもらったことがない、愛しかたがわからないんだ、という言葉を使い、責任逃れをする。そのような退屈な人間だった。恋人にするよ

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【掌編小説】乙女とお呪い

【掌編小説】乙女とお呪い

江藤くんはいつもカーテンと戯れていた。一応仲の良いグループはあるものの、江藤くんは話が得意ではなく、かと言って聞き手に回れるほど、他人に関心があるわけでもなく、たまに会話から離れると、窓際のカーテンにくるくると身体を巻き付けたり、カーテンの酸っぱい匂いを嗅いだり、手のひらで叩いたりして遊んでいた。わたしは、そんな江藤くんを遠目から見て、ノートに書きつけた。江藤くんと結ばれる、結ばれる、結ばれる……

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【掌編小説】神様のなみだ

【掌編小説】神様のなみだ

 私が子供の頃住んでいた街には子供用の図書館があった。今はもう普通の図書館に建てかわってしまったけど、私と健ちゃんは、学校が終わるとその図書館によく通っていた。とはいっても図書館で過ごす時間はわずかで、椅子に並んで座ってそれぞれ絵本を黙って読み終わった後、図書館裏の雑木林に行き、追いかけっこをした。初めは私の方が速くて、健ちゃんは後ろから息を切らしながらついてくるのがお定まりだったのだけど、だんだ

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【掌編小説】彼のおうち

【掌編小説】彼のおうち

それってビョーキじゃないの?
 有ちゃんにいわれて、とっさに返す言葉がみつからなかった。あるいは、私も心のどっかでそう思っていたのかもしれない。啓くんって、ビョーキかもって。
「ちがうと思う」
 はっきりと断言できず、遅れてそう返した。有ちゃんは、私の顔をみず、スマホをいじりながら、「でも、正常じゃないよねー」と眉間にしわを寄せた。
 チャイムが鳴って、私たちはそれぞれ席に着く。先生がドアを開けて

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【掌編】空想ごっこ

【掌編】空想ごっこ

 シャンプー、変えたんだね。香りが違うや。
 ユウトはわたしの首筋に鼻を埋めて、息を吸った。それから、わたしの髪を指先に絡めて、これってノンシリコン? するっとするね、と髪質を確かめている。くすぐったいな、とユウトから離れようとするけど、ユウトの腕はわたしの腰を抱いたままで、軽く力を入れて引き戻そうとする。逃げちゃだめ。くすくすと笑いながら、首に唇をつける。あー、ココナッツの匂いがする。ユウトは目

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鮎の骨

鮎の骨

 女友達と行くショッピングモールには疑ってかかるのに、意中の同性と行く一泊二日の温泉宿には警戒しないのが俺には不思議でならなかった。

「これ、ほんとに鮎か? こんな小さかったっけ?」
 皿に乗っている鮎の塩焼きを、俺がいぶかしげに箸でひっくり返すと、田原は「鮎ですよ」といって、黙々と骨をとる作業に取り組んでいた。指で頭を押さえながら、きれいに骨を取り除く。じっとその作業を眺めていたら、田原が俺を

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ついてくるもの

ついてくるもの

 夜道を歩いていると、ついてくるものがあった。
 街灯のしたで、私が立ち止まったら、ついてくるものの足音が聞こえなかった。消えたわけではない。もともと、足音というものがなかった。
 ふりむいたら、そこに少年が立っていた。驚くのはこっちのほうなのに、なぜだか少年も一緒に驚いた顔をした。しらない少年だったが、どこか、誰かの顔と似ているような気がした。
「ついてこないで」と私はつとめて不機嫌な声をだした

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水中花火

水中花火

 いつの間にか、私は水のものになってしまった。
 目を開けたら、見渡す世界ぜんぶが、青色に染まっていて、どうやら私はその一部になってしまったようだった。私は水のなかを泳いだ。手や足となる部分を動かすと、簡単に移動できた。ここはどこなのだろうか。川、湖、または海……。ゆるゆると移動を続けて、うろこのような光を浮かべている水面が上のほうに見えた。そこに船の舳先のようなものが見える。それが水面を滑り、ま

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黒い傘

黒い傘

 玄関の傘立てに置き忘れているあれに、私はだいたいの見当をつけていた。
 数週間前、母の客として来ていたあの男のひと。白髪や無数の浅い皺、それらに年齢を感じさせるものの、こちらに向いた時の表情は、子供のそれのように純粋なものだった。母は私に、挨拶しなさい、といって、私はただ頭だけを下げたけれど、男のひとは「どうもすみません。勝手にあがってしまって」といって、席を立とうとまでした。母は少しうろたえて

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私の子供

 弥生は私の子供だった。それもほんの数ヶ月の間だ。弥生は表情が乏しく、いつもぬいぐるみのボタンを触っていて、私になつくこともなかった。私は正直、弥生のことを煩わしい、と思った。でも、夏美の子供だったから、仕方なく父親の役目を引き受けた。それも、演じることすら覚束なく、夏美の前でだけ弥生を触れるような素振りだけみせた。
 夏美が弥生を連れてきたのは、雨が降りしきる夕方のこと。夏美は、別れちゃった、と

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溺れていたい

溺れていたい

溺れていたい、と直樹君は言った。京子さんと一緒なら、溺死しても構わないとも。

 何寝ぼけたこと言ってんだか。わたしは呆れながらそう返した。けれども、内心まんざらでもなかった。

 直樹君とは一日おきに会っている。平日の昼間にベーグルの美味しいカフェで軽く食事をして、安いホテルで抱き合う。直樹君の若い身体は存分に水を含んでいて、瓜の匂いがする。触り飽きることがない。会う度に直樹君の身体は成長してい

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衝動

衝動

とてつもない衝動だった。
あなたの頬を叩いたわたしの右手には、いつまでも熱が残っていた。
叩かれた後のあなたの瞳の動きをよく覚えている。
暫く敷き詰められたタイルの床に視線を落として、そしてゆっくりとそれを上げた。わたしの方にと。あなたの瞳には弁解の色も何も残っていなかった。ただ、わたしを哀れむかのようにじっと見つめていた。

窓の外は暮れて、深い青色に染まっていた。わたしはあなたの視線に耐えられ

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