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【掌編小説】乙女とお呪い

江藤くんはいつもカーテンと戯れていた。一応仲の良いグループはあるものの、江藤くんは話が得意ではなく、かと言って聞き手に回れるほど、他人に関心があるわけでもなく、たまに会話から離れると、窓際のカーテンにくるくると身体を巻き付けたり、カーテンの酸っぱい匂いを嗅いだり、手のひらで叩いたりして遊んでいた。わたしは、そんな江藤くんを遠目から見て、ノートに書きつけた。江藤くんと結ばれる、結ばれる、結ばれる……。奇妙なお呪いをノートに書き留め、江藤くんを盗み見るたびに綻んでいきそうな唇の端をキュッと強く結んだ。

わたしは、江藤くんのことが好きだった。ふたりで結婚するものだと信じていた、しばらくの間。

江藤くんは、女子から「鬼太郎」と呼ばれていた。女の子みたいなふわっとしたボブに長めの前髪。加えて、声が小さく、女子に声をかけられると、いつも怯えていた。女子を意識し過ぎて怖かったんだと思う。そんなところも、「かわいい」とわたしは勝手に思っていた。

わたしはというと、あだ名はなかった。誰もが、わたしの暗さに扱いづらさを感じていて、あだ名などつけるほどの親しみやすさもなかったのだと思う。わたしのことを見ると、女子や男子は目くばせをして笑ったりするけど、わたしが真っ直ぐに彼らのほうを見ると、必ず「すみません」と返ってきた。わたしは初めのうちは傷つき、顔を隠して歩いていたけど、そのうち江藤くんの存在に癒され始め、どうでもいい、と思うようになった。

想いは募っていくばかり。だけど、わたしは江藤くんと仲良くなる方法がわからなかった。古典的に手紙を書いて想いを伝えようとしたけど、想いが強すぎて小説並みに長い文章になってしまった。桜色の封筒に入らなかったので、マチ付きのかわいげのない茶封筒を買おうか迷ったけど、結局やめることにした。手紙さえもかわいくないなんて、ロマンチックではない。

結局は電話番号と名前だけ書いて、江藤くんの机の中に入れておくことにした。

朝、早起きして誰よりも早く教室に入り、江藤くんの机のなかを触ると、消しゴムの滓とガムを包んだ紙がぽろっと落ちてきた。わたしはガムだけを拾い、小さな手紙を変わりに入れて、自分の席に戻った。本を読むふりをして、江藤くんの唾液が混じったガムのことを思い出しては、顔中がふやけるようにだらしなく緩んでしまっていた。

でも、あっけなくわたしのその小さな手紙は捨てられた。江藤くんは手紙を開いて、首を傾げ、ゴミ箱へと歩いて破ってその中に放った。戦慄したけど、江藤くんはわたしのことを知らなかったのだ、とわかった。クラスも一緒なのに、隣の席になったこともあるのに、こんなに毎日お祈りしているのに……、わたしは別のクラスの子よりも認知されていなかったのだ。
 
やがて江藤くんに彼女ができた。相変わらず、グループの話に加わらない江藤くんは、最近ではずっとスマホを離さず見ている。文章を打ちながら、ニヤニヤ笑っているので、そういうことなのだ、とわかった。わかったとき、ノートを滑るシャーペンの芯がポキりと折れた。

江藤くんの彼女は隣のクラスの冴えない眼鏡をかけた女子で、わたしよりかわいくもなかった。と、思いたい。背の低い江藤くんと、彼女が手を繋いでコンビニに行くところも、歩道橋を渡っているところも、公園のベンチで菓子パンを食べているところも、ぜんぶわたしは遠目から見ていた。見ていると、憎悪が込み上げ、でもその感情は彼女に対するものなのか、江藤くんに対するものなのか、思うようにできない自分自身に向けられたものなのか、わからなかった。ただ、わたしは憎しみに耐えていた。

ある日、ベンチに座り江藤くんが彼女の肩に手を回し、おそるおそる肩を抱いていた。わたしはベンチの裏にある叢の奥で、スマホを触るふりをしながら見ていた。江藤くんが、わたしに気づくと、わたしは江藤くんに潤んだ眼差しを向けた。江藤くんは長い前髪の奥で目をすがめ、そして顔を背けた。彼女が江藤くんの肩に甘えるように寄りかかり、江藤くんは彼女の頭をわさわさと撫でた。わたしは憎悪をまた感じた。そして鞄の中からペットボトルを取り出し、江藤くんに向かって水を放った。

水を被っても、江藤くんは怒らないし、わたしを追いかけたりはしない。ただ戸惑うだけだ。おおいに混乱しろ。わたしは胸のうちで悪態をつき、江藤くんと結ばれるための、お呪いを書いたノートを捨てることに決めた。そして、机のなかにあったガムも。憎悪から離れられたわたしに、次に襲ってくるのは、得体の知れない、寂しさだった。

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