ハリボーから考える”人が生まれた目的” Part5
四大聖人から見る教えの違い
前回は
「人生の目的」を取り扱っている古典を
2種類の分類しました。
人類の教師と呼ばれる四大聖人は
「人生の目的」について
どのように考えているのか見ていきましょう!
①釈迦
②孔子
③イエス・キリスト
④ソクラテス
まとめ
釈迦、孔子、ソクラテスの教えは
自分なりに人生の目的や生きる意味を考え、
彼らの考える目的に至るために、
いいと思った方法を述べ伝えました。
一方で
イエスキリストの教えは
人間を作った方から直接学び、
人として命を持って生きる目的&価値を分かり、
個性通りに生きていく方法です。
僕が感じたこと
僕は大学で哲学の講義を受講していた時
カントの「人間が人生の目的が何か答えを出すことはできない」
と哲学の講義で学び、衝撃を受けました。
前々から
僕自身人生の目的をずっと悩み探していました。。。
幸せに生き方のために
人生の目的を設定できても
「人がなぜ生きるのか?」
「なぜ生まれたのか?」
その目的に対する答えは分からないんだな
と分かりました。
個人的には
そこから聖書の考え方に共感し、
聖書から人生の目的を学び、
目的に立脚した生き方に切り替わりました。
次回は
人生に悩んでいたけれども、
宗教アレルギーだった僕が語る
聖書の魅力についてもう少し語ってみたい
と思います笑
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