マガジンのカバー画像

ふたりの暮らし

9
だいすきな夫との、ゆるい生活日記。
運営しているクリエイター

記事一覧

出産予定日まで1週間。今、正直に思うこと

出産予定日まで1週間。今、正直に思うこと

近所の喫茶店で、ホットのカフェラテを頼む時期になった。丁寧に泡立てられたフォームミルクは柔らかく繊細で、一口飲むと、まろやかな苦味が体の奥深くにゆっくりと染み渡る。

隣に座る夫が頼んだホットコーヒーからは、か細く湯気が立ちのぼる。その様子を眺めながら、深まりゆく秋寒にこわばる体と心が、しゅるしゅるとほぐれていくのを感じた。

ひと息ついた瞬間、ぽっこりと膨らんだお腹の内側がぐーんと押される。視線

もっとみる
ポップコーンの“推し変”をした話

ポップコーンの“推し変”をした話

先人の知恵や勇気に、両手を合わせて感謝する瞬間がある。

例えば、納豆。「煮豆を藁に包んで、長年放置しておく」という発想に至ることが(まぐれだとしても)すごいし、あれだけの粘り気、異臭がするものを「食べてみようじゃないか」と腹を括って最初に食べたひとは勇者だ。

私は「納豆は食べられるものだ」と知っているからこそ、勇気を出さずとも美味しく納豆を食べられる。見たことも、嗅いだこともなければ、味の想像

もっとみる
夫婦で「交換日記」をはじめたら、夫をもっと好きになった話

夫婦で「交換日記」をはじめたら、夫をもっと好きになった話

小学生の頃、一番仲のいい友達と、ふたりで交換日記をしていた。

その子は、どちらかと言えばクールな性格で、いつも落ち着いていて、中学校に上がる前からファッション誌の『CanCam』(モデルの山田優さん、押切もえさん、えびちゃんが大人気だった頃)を読んでいるような、大人っぽい女の子だった。

学校にいるときも、プライベートで遊んでいるときも、一貫してその印象が強かったから、彼女が突如、交換日記で「う

もっとみる
夫の好きなところを100個書いてみた

夫の好きなところを100個書いてみた

ノースリーブのルームワンピースを着て、夜の深い住宅街を歩く。少し前まで、夜の外出には薄手のカーディガンが手放せなかったのに、微かに吹く風の温もりは、すっかり夏だった。

右側、半歩先を歩くのは、私よりも幾分ラフな格好をしている夫。伸びた髪をわしゃわしゃと弄んでは、たまにこちらのほうを見て、それとはなしに歩調を緩ませる。二人のほどよい距離感の裏には、いつだって彼の努力がある。



夫と結婚して、

もっとみる
彼にプロポーズされた日

彼にプロポーズされた日

付き合って、ちょうど6年目を迎えた朝。

何が起こっているのか、理解をするのに時間がかかった。

目の前には、手を震わせながら手紙を読む彼がいて、その隣には大きな紙袋が置いてある。

そのシーンだけを切り取ってみれば自然かもしれないが、今目の前にいる彼は、1時間前に仕事にでかけたはずだった。

いつもは私服で出社するのに、その日だけは「クライアントと打ち合わせがあるから」と、ジャケットを羽織って。

もっとみる

彼と暮らした1080日

5010+280=5290

土曜日の午後2時。駅前通りに面したカフェチェーン店、3階の窓際にある小さなテーブル席で計算をしていた。

数十分前に買ったばかりのボールペンが、光沢感のあるレシートの裏でつるつると踊る。

5290×8=47,610

スマホ画面に並ぶ数字を慎重にタップし、レシートに書かれた数式の答えをなぞる。

「同棲のほうが安い、かも」

目の前でスマホを

もっとみる
「一生分の一歩」を踏み出した私たちが、明日からも健やかに生きていくために

「一生分の一歩」を踏み出した私たちが、明日からも健やかに生きていくために

炊飯器から、もくもくと湯気が立ちのぼる。グツ、グツグツ、と聞こえるのは、もったりした沸騰の音。あと10分くらいでお米が炊き上がるサインだ。

二口あるコンロのうち、右奥にかけたお鍋の火を止める。たまねぎの透き通った白、水を含んで膨らんだ油揚げ、サイの目に切った絹豆腐は、形が崩れてしまったものもある。どれも、夫の好きな具材だ。

調味料がずらりと並ぶ棚から、プラスチック容器に入ったお味噌を取り出す。

もっとみる
秋めく朝、君の心臓の音

秋めく朝、君の心臓の音

ふいに目が覚めた。

午前4時、夜と朝の境界線。
窓の外は、ほんのりと明るい。

隣では、彼がこちらに背を向けて寝ている。

心地よい微睡みの中、半分手探りのような状態で後ろからそっと抱きついた。小さな寝息と規則正しい心臓の音が、背中越しでわたしの耳に届く。

ああ、生きている、と思った。

彼は生きている。その事実が、決して当たり前なんかじゃない日常が、この瞬間が、急に愛おしくなって、泣きたくな

もっとみる
“思い出”を手放すとき

“思い出”を手放すとき

「え?」

右手に持ったおたまを、落としかける。

「車を売ろうと思う」

仕事から帰ってきた彼は、いつもと変わらない様子で話しかけてきた。もう一ヶ月も前のことだ。

「どうして?」

それ以外、言葉が出てこなかった。車を売る理由なんて、私には一つも見当たらない。

彼は自分の考えを淡々と述べたが、私はそれを飲み込めずにいた。

お互いの譲れない気持ちが、静かにぶつかり

もっとみる