ポップコーンの“推し変”をした話
先人の知恵や勇気に、両手を合わせて感謝する瞬間がある。
例えば、納豆。「煮豆を藁に包んで、長年放置しておく」という発想に至ることが(まぐれだとしても)すごいし、あれだけの粘り気、異臭がするものを「食べてみようじゃないか」と腹を括って最初に食べたひとは勇者だ。
私は「納豆は食べられるものだ」と知っているからこそ、勇気を出さずとも美味しく納豆を食べられる。見たことも、嗅いだこともなければ、味の想像がまったくつかないものを口に入れる肝は、到底、持ち合わせていない。
醤油も、味噌もその類だろう。何をどう考えたら、あの素朴な大豆から、万能すぎる調味料を生み出せたというのだろうか。今年のはじめに、初めて味噌づくり教室に参加して、実際に大豆から味噌を作ってみたが、想像以上に手間のかかる作業だった。「これを発見し、料理に活用しようと思った先人のなんとすごいことか……」と、頭が下がる思いだった。
現代を生きる私たちの生活は、先人の知恵、発見、勇気に支えられている。
普段、あまり意識することはないけど、本当にありがたい限りだ。そして、2020年。私が最も先人に感謝した瞬間を、みなさんにお伝えしたい。
・・・
あれは、10月のことだっただろうか。仕事から帰ってきた夫が、“学校のテストで満点を取り、早く親に知らせたい”ような顔をして、スマホの画面を見せてきた。
そこには、Amazonのポップコーンの商品ページが映し出されていた。
私が「なにこれ?」と尋ねる前に、夫は話し始める。
「今日、職場で食べたポップコーン!電子レンジで簡単に作れて、シンプルな味だけど、できたてアツアツで美味しかったから教えたくて!あすかちゃん、お菓子コーナーでよくポップコーン買ってるから、好きかなと思って」
普段は(どちらかというと)寡黙で落ち着いた夫が、きらきらした目で、楽しそうに勧めてくるのを見て、よほど美味しかったんだな、と察した。
たしかに、私はポップコーンが好きだ。お気に入りは、青と白のストライプ柄の包装が特徴の「マイクポップコーン バターしょうゆ味」。
サクッとした軽い食感、豊富な食物繊維、シンプルな味わい、食べすぎても後悔しない程度のギルティー感。お菓子コーナーで何を買うか迷ったら、とりあえずこれを選ぶ。それぐらいの愛は持ち合わせている。
だが、夫が勧めてきたポップコーンに対しては、正直、半信半疑だった。「カークランド」なんてブランド名は聞いたことがなければ、電子レンジでポップコーンを作ったこともない。妙に安価なことも、外国っぽいパッケージも、明らかに私の期待値を下げていた。
先人は「食べられるかどうかも分からない」納豆を(きっと勇気を出して)食べたというのに、私は「食べられると分かっている」ポップコーンの外国商品を試すことにさえ躊躇する。
あまり興味を示さない私を前に、夫は少し残念そうな顔をして、だけどもめげずに「まあまあ、食べてみたら分かるから」と購入ボタンを押した。
・・・
数日後に届いたポップコーンは、やはり、どこか怪しげだった。
手のひらより少し大きめの赤色のパックは驚くほどに薄くて、「これがポップコーンになるだと……?」と疑わずにはいられなかった。
封を切ると、現れたのは茶色の紙封筒。
外国語がびっしりと書かれていて、それにまた萎縮してしまったが、「THIS SIDE UP!(この面を上に)」と赤の太字で書かれた説明に従い、そのまま電子レンジで温めてみた。
「…………………………。」
束の間の静寂。夫も、私も、ふたりで電子レンジを覗き込む。
「………………………p、ッポ!……ポポ!ポポポ!……ポポポポポポポポポポ!!!ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポ!!!!」
1分も経たないうちに、小気味良い破裂音が連なり、紙封筒はみるみる膨れ上がっていった。
その様子を見て、「そういえば、小学生の頃、ガスコンロで作るタイプのポップコーンを食べたことがあったな」と思い出す。
コンロの火の上でアルミ皿を振ると、ぺしゃんこだったアルミの蓋はどんどん膨れ上がり、小粋な破裂音に、胸が高鳴ったのを覚えている。
ぼんやりと昔のことを思い出しているうちに、いつの間にか破裂音は聞こえなくなり、代わりに電子レンジが「ピーピー」と甲高い声をあげた。
おそるおそる電子レンジを開けると、ぱんぱんに膨らんだ袋が目に入る。小さな穴から漏れ出づるは、ほのやかな湯気と、優しいバターの香り。その豊満で、朗らかな姿を見ているうちに、あれだけ警戒していた私の心は、しゅるしゅると解(ほぐ)されていった。
火傷に気をつけ、小さな穴から紙封筒をわずかに破る。夫いわく、開け口はなるべく小さくするのが重要らしい。食べるときは、小さな開け口から少しずつお皿に取って食べる。そうすることで、少しでも長く、できたてほくほくのポップコーンを楽しめるのだそうだ。彼は天才なのかもしれない。
熱を持ったポップコーンを、一粒、手に取る。あつあつのポップコーンを食べたのは、小学生のあの頃以来かもしれない。長らく忘れていた感情にどきどきしながら、小さな雲のようにも見えるそれを、そっと口に放り込む。
熱。カシュッと崩れる音。軽い食感。塩の味。バターの匂い。おいしい。素朴な味わいのなかに詰まっていたのは、溢れるほどの多幸感だ。
ひとつ食べ、次はふたつ。その次はよっつ、むっつ。手に取るポップコーンの数は、私の満足度に比例し、どんどん増えていく。
その様子を隣で見ていた夫は、ただただ、嬉しそうな顔をしていた。
・・・
ポップコーンの起源は、一説によると、紀元前3600年前にのぼる。当時は焚き火のなかに種を直接放り込み、火から飛び出してきたものを食べていたそうだ。誰かは分からないけれど、「爆裂種のとうもろこしの種を熱したら、弾けて美味しい食料になる」と発見したひとに、私は両の手のひらをしっかりと合わせたい。
こんなにも手軽で、ヘルシーで、素朴な味だけど幸福感の大きいポップコーンを生み出してくれて、ほんとうに、ありがとうございます。
大げさに聞こえるだろうか?
金曜日の夜、照明を落とした部屋、テレビに映るはNetflixの最新作、聞こえてくるは電子レンジの機械音、そして、心地よい破裂音。
優しいバターの香りに包まれて、隣でカシュッと砕ける音がする。これ以上ないほど、素朴な、幸せの味。
夫が満足そうに笑う。つられて笑顔になる。先人の知恵のもとに成る幸せが、ここには、たしかにある。
🌱 🌿 🍁 🍂 ❄️
運営に携わっているライティングコミュニティsentenceのアドベントカレンダーに参加しました!テーマは「2020年の出会い」。
今年は引っ越しで新居との出会いがあったり、韓流コンテンツの沼にハマったり、他にもたくさんの尊い出会いがあったのですが、真っ先に思い浮かんだのが「ポップコーン」でした。
それぐらい、私にとっては運命的な出会いに感じられたのでしょう。夫に勧められて以来、週2のペースでポップコーンを食べています。
これを書いてて思い出しましたが、少し前に変わり種のポップコーンが流行ってましたよね。見た目がカラフルなやつとか、フローズンポップコーンとかもあった気がする。いろいろな種類がありますが、やっぱり、塩味に勝るものはありません。基本が一番美味しい。
「ポップコーン」を主題にこれだけの熱量で文章を書けたこと、自分でもびっくりしてます。仕事以外で「書く」機会を、心のどこかで待ち望んでいた証拠かもしれません。
自由に書くって、最高に楽しいね。
sentenceのアドベントカレンダーに参加してる方の文章、どれもほんとうに素敵なものばかりなので、ぜひ読んでみてください。
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