気付いたら、仕事を早退して海に居た。
起業家という道を経て、今は二作目の出版を目指している橋本なずなです。
突然、涙が止まらなくなった。
ミーティングをしている最中、何か酷いことを言われたわけでも、強く当たられたわけでもないけれど、涙が止まらなくなった。
トリガーになったのはLINEの通知音だった。
10時30分を少し過ぎた頃だった。
平日は、いつもこの時間帯かそれより少し後に、彼から “おはよう” のLINEが来ていたから。
私はその時鳴ったLINEの通知音に、自然と身体が反応した。
身体がまだ、覚えていなかったのだ。彼と別れたということを。
何か、糸が切れてしまったような気がした。
ミーティング相手の声がどんどんと遠のく感覚がして、誤魔化しながら指で拭うには間に合わないくらい涙は零れて —————
『 だい、じょうぶですか…？ 』
「 ごめんなさい、ちょっと…席外します 」
トイレに行って暫く、涙は止まらなかった。
過呼吸にもなって、私は持っていたブランケットでとにかく視界を覆った。
お茶を飲もうとも咳が出てむせ返し、鼻が詰まっているせいで上手く息が吸えなかった。
考えてみれば私は今、とてもつらい状況にいるのだと気が付いた。
風邪は治らず2週間目に突入し、鼻水はいつまで経っても黄色いし声だってロクに出ない。
数日前には失恋したばかりだというのに、仲の良い友人たちに会えていないから報告すらできていない。
そのうえ容赦なく生理も来て、世の中の不幸が肥大化して感じるし、この涙も絶対にホルモンバランスのせい。
こういう時、本当に「 女をやめたい 」と思う。
この涙が未練によるものでないことは分かっていた。
トリガーはLINEの通知音だったけれど、彼からの連絡がもうないということを憂いたわけではなかったから。
それよりも「 ちゃんと好きだったんだなぁ 」と改めて思って、良い恋愛をできていたんだと感心した。
彼に伝え切れなかったありがとうが、涙とともに心の奥から込み上げた。
何とか涙をせき止めて、一度はミーティングに戻ったけれど、どうにも今日の私は使い物にならないみたいだった。
その後も、人と話しているだけでも、意思に反して涙は零れた。
——— こりゃあ、もうダメだ。
私は仕事を早退して、オフィスを後にした。
ガタンゴトン、ガタンゴトン ——— 『 次は須磨~、須磨~ 』
つらいことがあった時、私はいつもここに来る。
うつ病の診断を受けた時も、母が亡くなった時も、そして今日みたいな日も。
駅を降りてすぐの場所にあるバーガーショップでお腹を満たす。これもお馴染みのルート。
出来上がりを待っている間、店内に置かれた “恋みくじ” を引いてみた。
格言：一回お休みなさい
恋愛：今はあまり頑張りすぎず、休んで自分を磨くときでしょう。
たった100円の運ゲーでさえ、今日は私に休めと言った。
なんだかちょっと笑ってしまった。
人生には時々ある。
仕事を早退したその足で、海に行ってしまうような日が。
そんな非日常感も、不自由の中だから特別に思える。
自由は、欲しいと思った時にあれば良い。常でなくて良い。
今日は雲が薄く、青空が海によく反射していた。
キラキラと揺れる水光は、遮るものがなく目が痛くなるほどに眩しかった。
波の音を聞きながら、ただひたすらにぼーっとした。
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