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授業中寝てばっかだったわたしは、一体IQいくつだったのか
サブ教科以外、ずっと寝てる
中学生のころ、授業中ずっと寝ていた。寝始めるのはたぶん、授業開始後、2、3分後だ。数学の先生が教室に入り、みんなであいさつする。「起立、れい、着席」先生が黒板にチョークで「連立方程式」と書く。
ここで、持っている白いチョークがポキッと折れる。先生、またかよ。力、入れすぎ。新品のチョーク、毎回折ってますよね。新品じゃなくて、小さめのじゃだめなんすかね。折れたチョークで書くと、文字がなめからじゃなくなって気持ち悪い…ハイ、このへんで夢の中。
「お前、まぶたに目を書いとけよ」と、社会の教師に言われた。そうか、そんな手もあるな。「ずっと起きてます感」出るもんね。やらなかったけど。
各教科、先生のなめらかで単調なしゃべり方が、眠い。チョークのカツカツという音が、眠い。教え方が、眠い。とにかく、先生がなにをやってもすぐ眠くなる。
何度注意されても眠り続けるので、とうとう、教室で真ん前の真ん中の席、固定になった。先生の教卓の真ん中、だ。ほかの子は席替えしまくっている。それでも、寝続けた。「誰にも、迷惑かけてないじゃん」先生に呼び出されたとき、それがわたしの言い訳だった。
学校へは、毎日通い続けた。給食を食べて、好きな教科だけ真剣に取り組んだ。友だちとしゃべるのも、楽しかった。
ちなみに美術や音楽、体育、家庭科の授業は、体を動かすので、眠らなかった。なんなら、美術と音楽の成績は、オール5だった。それ以外は、2か3か4。テストは平均点より下くらい。
ある日担任に告げられる「あなた、IQ高いわよ」
中学二年生の時、クラス担任に呼び出される。職員室で先生はこそっと言う。「この前の知能検査で分かったことで、詳しい数字は言えないけど…」と前置きしたうえで、IQが学年で一番高いことを告げられる。
昔は、IQをはかるテストを学校で行っていたのだ。テスト内容は、延々と計算をするとか、立方体の絵があって、裏にある立方体も想像しながら、全部でいくつあるか、みたいな問題だったように思う。すぐに解き終わって、残り時間が余っていた。
「でね、先生思うんだけど、もうちょっと勉強したら、あなた、成績伸びるわよ」エスパー魔美の髪型に似た先生は、目をキラキラさせてアドバイスしてくれた。
へーーーー。そうなのか。好きな先生の言うことだし、やってみようかな。と思った。「いい大学に入りたい」という見栄より、どこまで伸びるのか、単に興味がわいたのだ。IQの高さと学業成績って、どこまでつながっているのかなと。
目を閉じるしかなかった、小学5年生
勉強は、もともと嫌いなわけじゃなかった。ただ、小学5、6年生のときの同じ担任が大嫌いだった。かわいい女子の足をテスト中ずっと触り(今は完全にアウト)、社会の時間では、教科書を閉じたまま「日本はすごい」みたいな話を、延々とする(ハイ、これもアウト)。
もう、目を閉じるしかない、と思った。目を閉じて、給食をどの順番から食べるのか、イメージする。もぐもぐ。すると、眠くなる。もしくは、ノートのはじに、漫画を描いていた。描き描き。2年間描き続けて、絵が少し得意になった。
失われた勉強内容を取り戻す
何も勉強してこなかったから、何も知らなかった。社会で言うと、北海道と沖縄の位置は、分かる。ほかは?だ。テストのとき、徳川将軍の名前は「家康」か「家光」のどっちかで書いた。藤原は「道長」一択だ。
中学ニ年生から、何もかもを知るために、小学生時代の教科書を引っ張り出して、勉強し始めた。へーと思った。知らないことを知ることが楽しいと思ったし、自分ならこう教えるなぁーと想像したりもした。
「若いあなたへ!」先生にいただいた一冊の本
中学二年の三学期が終わるころ、虫垂炎で入院した。エスパー魔美先生は、一冊の本を持ってお見舞いに来てくださった。「若いあなたへ!」という、千葉敦子さん著書の本だ。ページをめくると、まずこう書かれていた。
あなたは大人になったら、何になりたいと思っていますか?
宇宙飛行士、総理大臣、それとも外科医でしょうか?
ええ、ええ、分かりました。妻となり母となりたいわけですね。それもよろしいでしょうが、それだけでは何か物足りません。同級生の男子生徒に同じ質問をしたら、夫となり父となりたいと答えるでしょうか。なぜみなさんは彼らと同じように志を高く持たないのでしょう。あなたは何にだってなれるのです。限界は天高くあるのですから。
千葉敦子さんは、大学卒業後、新聞記者となり、その後ハーバード大に留学、海外新聞雑誌の特派員となる。そして、乳がんの手術、再発、再々発を経て40を過ぎて亡くなられている。
中学三年二学期で、急に成績が伸びる
猛勉強して、中学三年の二学期から、急に成績が伸びた。成績が上がることも嬉しかったが、学ぶことで心が満たされた。そして、高校は進学校に進み、国立大学現役合格を果たす。
当時、団塊ジュニアと呼ばれたわたしたちは、受験人口が200万人くらいあった。どこの大学も志願倍率が高い。人気のある大学は、倍率が2けたあった。それでも、合格できた。
センスとやる気もあれば、伸びる
中学二年生まで勉強しなくても、全然間に合うのだ。わたしは、なにかの勉強につまづいた人すべてにそう伝えたい。見極めは大事かと思うが、限界は天高く、と。
千葉敦子さんとわたしは、マスコミの仕事&乳がんに罹患したところが共通点。エスパー魔美先生は、わたしの未来をそこまで予見して、この本を下さったのだろうか。だったら、すごすぎる超能力だな。ここまで学べるとは、想像していなかった。ありがとう、先生。
ちなみに、興味が無いと眠くなるくせは、今だになおっていない。