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アンダース・エンブレム『ヒューマン・ポジション』 猫と恋人と暮らすこと

ノルウェーのアンダース・エンブレム監督長編2作目。あまりにも素晴らしい内容だった。もう一度観たいとおもう、今年ベストかもしれない一本だった。喪失感を抱えたジャーナリストのアスタが強制送還された移民の物語を追求する日常を追うことで自身の見失った「立ち位置」を再発見しようとする。「スローシネマ」といういっけん繊細で“おしゃれな”映画のように思える本作は、日常をやさしく照らしてくれるように思う。 冒頭、舞台となったオーレスンが映し出される。ああ、めちゃくちゃきれいなところだなと思

    • アントニオ・カルロス・ダ・フォントウラ『デビルクイーン』「ぐちゃぐちゃじゃない、探せば見つかる」

      ブラジル映画史の中で最も抑圧的だった時代の検閲をくぐり抜け、世界中の映画祭で観客を熱狂の渦に巻き込むも、日本では知られざる存在だった異端にして伝説のクィア・ギャング映画。とのこと。色彩が色鮮やかで、観ていて楽しい一作だった。 主人公デビルクイーンは1900年代を生きたブラジルの伝説的ドラァグクイーン、マダム・サタンがモデルとなっており、彼女に敬意を示した作品だということ。マダム・サタンの人生を投影し、ギャングの女王を描くことで、ギャング=男性的なものというジェンダーの期待に

      • オリバー・パーカー『2度目のはなればなれ』おじいちゃん最後の冒険

        お互いに2度目のオスカー受賞という名優マイケル・ケインとグレンダ・ジャクソンが50年ぶり、『愛と哀しみのエリザベス』以来2度目の競演にしてふたたび夫婦役を演じた。グレンダ・ジャクソンは映画公開前の2023年6月15日にこの世を去り、輝かしい女優人生に幕をおろした。そして、マイケル・ケインも本作を最後に俳優人生を引退する。とても控えめな映画ながら、とても心に残る作品だった。老齢にいたっても確実な演技をするマイケル・ケインとグレンダ・ジャクソンがあってこその映画だった。いつどちら

        • 五十嵐耕平『SUPER HAPPY FOREVER』

          五十嵐耕平監督の『泳ぎすぎた夜』(ダミアン・マニヴェル監督との共同作)の序盤で、主人公の小さな男の子がポケットから取り出したみかんをむきはじめたあと、別のことに気を取られて手袋を落としたことに気づかないというシーンが大好きで(といっても、配信もなくなってしまって、あたしの記憶違いでないことを祈る)、「ああ、道端に落ちている手ぶくろはこうやって忘れられていくんだな」と思った。瞬間を生きる男の子の、もう思い出されることもないであろう、そしてあたしが知ることもなかったであろう瞬間。

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        アンダース・エンブレム『ヒューマン・ポジション』 猫と恋人と暮らすこと

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          アクレサンダー・ペイン『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』(2023)人間の経験に新しいものはない

          アレクサンダー・ペイン監督とポール・ジアマッティの『サイドウェイ』タッグ再びということだが、『サイドウェイ』もアレクサンダー・ペインの作品もどれも観たことがないので、初アレクサンダー・ペイン。 70年代の精神を示すように、冒頭のユニバーサルロゴ、FF、Miramaxのロゴが古めかしく、ノイズの演出まで入っていてなんだか懐かしい。1.66:1の狭い画角は、同じフレーム内に収まりたくない人々が窮屈そうに収まっていて、居残りたくないのに居残らざるをえない彼らの落胆や息苦しさを表し

          アクレサンダー・ペイン『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』(2023)人間の経験に新しいものはない

          山中瑤子『ナミビアの砂漠』(2024)カナ=魔女を裁かない

          「ナミビアの砂漠」を観た。あたしはいつだったか話題になった「私は最悪。」が大嫌いで、自己実現のために多くの人を傷つけて、最悪であっても大丈夫だと言えるエンディングに打ちのめされてしまったことがある。なんとなく、そのときの盛り上がり方に評判が似ていて、「ああこれはあたしはダメかもな〜」と思いながら、恐る恐る観たのだった。2時間17分のうち、2時間は苦痛だった(唐田えりかの登場に救われた)。女を孕ませたハヤシにぶちぎれるカナだって、ホンダには中絶したって嘘をついて苦しめていて、そ

          山中瑤子『ナミビアの砂漠』(2024)カナ=魔女を裁かない

          グー・シャオガン『西湖畔に生きる』(2023)資本主義の人工性と自然界のつながり

          長編デビュー作『春江水暖〜しゅんこうすいだん』で世界から注目された中国の新星グー・シャオガン監督が、釈迦の十大弟子のひとりである目連が地獄に堕ちた母を救う仏教故事「目連救母」に着想をえて撮り上げた長編第2作。2023年の第36回東京国際映画祭コンペティション部門出品作品。 前作がまるで絵巻物を開くように横に流れていくシーンが多かったのに対し、今作では上下運動が印象的だった(監督自身も掛け軸とイメージを語っている)。こんなこともできるんだと振り幅がすごい。まさに「自然の子」で

          グー・シャオガン『西湖畔に生きる』(2023)資本主義の人工性と自然界のつながり

          アナ・リリー・アミールポアー『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』2022 抵抗する女たちの奇妙なお伽話。

          赤い月と笑わない女。抵抗する女たちの奇妙なお伽話。 イラン系アメリカ人のアナ・リリー・アミールポアー監督長編3作目。宣伝に〈次世代のタランティーノ〉と謳われていたのでグロいのかな〜と思っていたらぜんぜんそんなことなかった。タランティーノという男性監督の名前を冠にするのもどうなんだろう?そもそもタランティーノのどの要素を?とか思っちゃった。 笑わない女こと主人公のモナは統合失調症により精神病院に隔離され、看護師からも虐待され、不当な扱いを受けている。そんな彼女が赤い月の夜に

          アナ・リリー・アミールポアー『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』2022 抵抗する女たちの奇妙なお伽話。

          アリーチェ・ロルヴァケル『無垢の瞳』2022 - いたずら心満載のクリスマス映画短編

          スーパー16と35mmフォーマットで撮影され、第75回カンヌ国際映画祭でプレミア上映。第95回アカデミー賞短編映画賞にノミネート。アリーチェ・ロルヴァケル、『夏をゆく人々』も『幸福なラザロ』も大好きなのに新作『墓泥棒と失われた女神』を見に行くには命がけすぎる(暑すぎて)とおもって見に行けずにぐずぐずしているあいだに短編『無垢の瞳』を観た。 第二次世界大戦中のイタリア、カトリックの孤児院でのクリスマス。ある女性が修道院に寄付をした卵70個を使ったケーキ「ズッパ・イングレーゼ」

          アリーチェ・ロルヴァケル『無垢の瞳』2022 - いたずら心満載のクリスマス映画短編

          マイテ・アルベルディ『エターナルメモリー』(2023) けっして忘れられない敬意とやさしさの物語。

          「わたしはあなたが誰か思い出してもらうために来たの」と、アウグストに優しく語りかけるパウリナの姿から幕を開ける映画「エターナルメモリー」は悲痛な日々に満ちながらも、けっして忘れられることのない敬意とやさしさのかけらを記憶した忘れがたいドキュメンタリーだった。監督は『83歳のやさしいスパイ』マイテ・アルベルティ監督。前作もドキュメンタリーながら、機知に飛んだ奇抜なアイディアがとても楽しいと同時に、「老い」という問題に切り込む手腕のうまさに唸ったものだったが、今作『エターナルメモ

          マイテ・アルベルディ『エターナルメモリー』(2023) けっして忘れられない敬意とやさしさの物語。

          ランドル・パーク『非常に残念な男』(2023)アイデンティティ・クライシス、またはAssholeについて

          俳優でもあるランドル・パークの長編デビュー作『Shortcomings』(=欠点)、『非常に残念な男』というあまり言いたくない邦題で残念(配信スルーなのでしかたないか)。最低男ベンには、『アフター・ヤン』で最高なアンドロイドを演じていたジェスティン・H・ミンが爽快なクソ野郎を演じていてとても楽しい一作だった。原作は、エイドリアン・トミネのグラフィックノベル。映画館で働いているという古臭い映画オタクでもあり、彼が見ている映画が『大人は判ってくれない』『お早う』『フェイシス』だっ

          ランドル・パーク『非常に残念な男』(2023)アイデンティティ・クライシス、またはAssholeについて

          アニエス・ヴァルダ『アニエスV.によるジェーンB.』(1987) 40歳の誕生日に贈るスペシャル・ギフト

          ジェーン・バーキンとアニエス・ヴァルダ。ひとりは時代を象徴するファッションアイコンであり、もうひとりはいち早く女性性に重きをおいた映画を撮った先駆的な映画監督。最高のコラボレーションだ。出会いは、『冬の旅』を見て感動したジェーンがヴァルダに手紙を書いたことがきっかけだったとか。手紙を受け取ったヴァルダはすぐにジェーンに「会いましょう」と電話した。(ジェーンの手紙の文字が読めなかったから、もしくは読んでも内容がわからなかったから、本人と直接話したかったらしい。ジェーンの字はほん

          アニエス・ヴァルダ『アニエスV.によるジェーンB.』(1987) 40歳の誕生日に贈るスペシャル・ギフト

          ルカ・グァダニーノ 『チャレンジャーズ』(2024) 規範としてのテニス、欲望の肯定

          ルカ・グァダニーノはつねに「欲望」というものを描いてきた。社会から肯定されえないものを、唯一無二の美しさをもって描いてきたと言えるかもしれない。そんな彼が「テニス映画」という体をとって、社会から逸脱する3者の「欲望」を描く『チャレンジャーズ』が型破りでたいへん目の回るセクシャルでゾワゾワする映画だった。 これがあらすじ通り、愛=ゲームなのか?と問われればそうなんだろうか?と思う。三者はいずれも規範の上で右往左往しているような印象があり、それを優に超えてくる規範を超えた愛の形

          ルカ・グァダニーノ 『チャレンジャーズ』(2024) 規範としてのテニス、欲望の肯定

          ギヨーム・ブラック 『宝島』(2018) - 胸が掻き乱れて幸福になるヴァカンス映画

          夏はめちゃくちゃに嫌いだけど、ヴァカンス映画は楽しい。それは、わたしが知らない夏を教えてくれるからなのだけど、ギヨーム・ブラックの撮る夏がいっとう好きだ。いろんな人の、いろんな記憶のなかに宿るいろんな形の青春がぎゅっと集約されていて、夏が大嫌いなひとにも訪れた(ように思える/夏は外に出たくないのでわたしにはそんな夏はなかったと思うのだけど)夏の思い出を振り返っては、なんだか胸が掻き乱れて幸福な気持ちにさせてくれる『宝島』はほんとうに最高な作品だった。 エリック・ロメールの『

          ギヨーム・ブラック 『宝島』(2018) - 胸が掻き乱れて幸福になるヴァカンス映画

          レイチェル・ランバート - 時々、私は考える(2023) Sometimes I think about dying

          「It’s hard, isn’t it? Being a person.」 サンダンス映画祭USドラマティック・コンペティション部門オフィシャルセレクション作品。「スターウォーズ」のデイジー・リドリー主演。人付き合いの苦手な主人公が、新しくやってきた同僚との交流を通して、「人間をすること」の楽しさや苦しさを知っていく。『心と体と』を彷彿とさせつつ、この映画が主人公フランを病的な人間として描かないことにたいへん好感。自己受容についての話。 冒頭、街を切り取ったなんの変哲のな

          レイチェル・ランバート - 時々、私は考える(2023) Sometimes I think about dying

          ジョセフィン・デッカー Shirley シャーリイ (2019) あたしの声を聞いてほしい

          2022、1時間47分、1.85:1 監督:ジョセフィン・デッカー 脚本:サラ・ビギンズ 原作:スーザン・カリフ・メレル『Shirley: A Novel』 出演:エリザベス・モス、マイケル・スタールバーグ、オデッサ・ヤング、ローガン・ラーマン 大好きだった。怪奇作家シャーリイ・ジャクスンが初期長編傑作『絞首人』を描くまでの過程を伝記要素とフィクションを織り交ぜて描いた『Shirley: A novel』原作の映画化ということだった。痛みや混乱は、ほんもののように思えたし、

          ジョセフィン・デッカー Shirley シャーリイ (2019) あたしの声を聞いてほしい