アニエス・ヴァルダ『アニエスV.によるジェーンB.』(1987) 40歳の誕生日に贈るスペシャル・ギフト
ジェーン・バーキンとアニエス・ヴァルダ。ひとりは時代を象徴するファッションアイコンであり、もうひとりはいち早く女性性に重きをおいた映画を撮った先駆的な映画監督。最高のコラボレーションだ。出会いは、『冬の旅』を見て感動したジェーンがヴァルダに手紙を書いたことがきっかけだったとか。手紙を受け取ったヴァルダはすぐにジェーンに「会いましょう」と電話した。(ジェーンの手紙の文字が読めなかったから、もしくは読んでも内容がわからなかったから、本人と直接話したかったらしい。ジェーンの字はほんとうに汚くてパッとみてもなにが書いてあるかわからないけど、そこがなんとも可愛くて良いとか思っちゃう。)『アニエスv.によるジェーンb.』は、『カンフー・マスター!』と2作品で鏡像関係になっているらしく、『カンフーマスター!』も観たいところ。『アニエスv .によるジェーンb.』は、表面にとどまらないジェーンの魅力をギュッと濃縮しためちゃくちゃキュートな作品だった。大好きだ。Doorsの「The Changeling」を背景に、バーキン(バッグのほう)をもって動き回るジェーン・バーキンの姿を捉えた冒頭からも美しく捉えられたジェーンではない生身の人間としてのジェーンを捉えようとしているヴァルダの試みが反映されているようだ。
40歳になる手前に、ジェーンが人生を振り返る。そのインタビューを皮切りにふたりの想像が跳躍し、さまざまなシーンへと切り替わる。典型的なファムファタル、カラミティ・ジェーンやアドリアネ、マリリン・モンロー、ティッツァーノやボス、ダリなど絵画や映画のなかに描かれた女性たちに扮するジェーンの七変化が楽しい。この七変化によって、ミューズとアーティストの関係について考察を促すのはヴァルダの手腕ぽい。ヴァルダはつねに身近な人や身近な場所、ものから映画を制作してきた人間だったけれど、彼女の遺作『アニエスによるヴァルダ』において、彼女が制作に大事にしている三箇条は「ひらめき・創造・共有」だった。それを体現するかのように、イメージは思いもよらぬところに飛躍し、突飛でいて驚かせもするが、ふたりの女性アーティストが互いのメモを共有して、共同作業をしていくという過程すらも収められたこの映画は、一方的な視線によってまなざされ、ミューズとして永遠に生きさせられてしまう女性性というこれまでの創造の構造に異議を唱えるものであり、まさにさまざまな男性のミューズとしてまなざされてきたジェーン・バーキンという人間を「永遠に」置き去りにしない意志を感じさせる。ヴァルダが捉えるジェーンは、つねにくるくるまわり、怒ったり、戸惑ったり、笑ったりしている。このときこそ、ジェーンの魅力が爆発するのだといわんばかりだった。(ジェーンも「完璧」よりも「不完全」なほうが魅力を感じると答えていた。)
ごちゃごちゃのバーキンをひっくり返したジェーン(バッグの中身紹介がこんな乱雑なことありました?そんなところからもジェーンの魅力があふれていて大好き)がいう「すべてを見てもすべてはわからない」という言葉は、『パラドックスの女王』ことジェーンのミステリアスで奥深く、知性にあふれた人間であることを示すひとことだった。
Jane B. par Agnès V.|1987|仏|95分|1.66:1
監督:アニエス・ヴァルダ
出演:ジェーン・バーキン、ジャン=ピエール・レオー、フィリップ・レオタール