『意味』とは何だろうか?(言語習得)
『意味』はどのように記憶されている?
意味とは何でしょうか?
改めて考えると、これは非常に難しい問題です。
その探求は古くはプラトンまでさかのぼり、近代以降の言語学においてはソシュールやヴィトゲンシュタインをはじめとした多くの偉大な人物が言語学や論理学的な観点からこの問題に対して光を当ててきました。
1970年代~80年代にかけて、それらの言語そのものに関するする説明と、我々の認知過程を結びつける一つの概念が成立しました。
それが、『(メンタル)レキシコン』というものです。
レキシコン(Lexicon)は語彙を意味する英単語なので、以降の本文では読みやすさを優先してレキシコンを『語彙』と表記します。
聞きなじみのない言葉ですが、中身は比較的シンプルな概念です。
まず、認知心理学者や認知言語学者たちはこの『語彙』を定義するために、言葉を次の3要素に分類しました。
この3つが緊密に結びつき、セットとして記憶されたものとして 『語彙』 を定義したのです。
また、文法的な各種表現(-ed=過去、-s=三人称単数 …etc)も同様に『語彙』 として記憶されており、適した文法表現が適した単語に強く紐づけられて記憶されていると考えられています。(※1)
長くなるのでここでは概要しか説明しませんが、ブログに解説記事を作りましたので良ければご一読ください。
https://lingua-pluri.com/2022/02/04/lexicalentry_speechgeneration_1_lexicon/
(ややこしい話載せていく用。作り立てです。)
興味深いのはこの 『語彙』 の性質で、古くから種々の実験を通して以下の事実が分かっています。
この2点をわかりやすく説明したものに、次のE・F・ロフタスのグループが描いた概念図があります。(主著はAllan Collins。)
(A.M. Collins, E.F. Loftus, Psychological Review, 1975, Vol. 82, No. 6, 407-428)
この図では線で結ばれている単語同士が互いに関連しており、線が短いほど関連度が高いことを示しています。
このようなモデル化を「相互活性モデル」や「ネットワークモデル」という呼び方をします。
論文中で、コリンズとロフタスはこのようなこの絵の通りに単語同士を関連付けている人がいたとして、その人にいろいろな単語を見せた時に一般的にどう反応するかを説明しています。
例えば、その人に『Fire Engine』が提示されると、様々な種類の車や『RED』が脳内に準備され、取り出しやすい状態におかれます。(※2)
この現象には「プライミング」という名前が付けられており、取り出しやすい状態に置かれることを「プライムされる」といいます。
面白いのが、例えば車の話をしているときに『RED』が提示された場合は、EngineやFireが取り出しやすい状態になる一方、意味的に車から遠いAppleやRosesはほとんど影響を受けないという性質を持つそうです。
※少し私の解釈が入っています。
さて、ここで考えてほしいのですが『語彙』には名詞、動詞、形容詞のほかに助詞や接続詞、ひいては-edや-sなどの文法的な表現も含まれています。
そして、これらが今言っていること、そしてこれから言わんとすることとの関連度順に頭の中で準備されているのが、我々が言語を運用する際に自然な状態なのです。
すなわち前回お話しした、英語を運用するのに適したニューラルネットワークというのは、第一義にはこの『語彙』同士が適切な結びつきを得ている状態のことを指します。
訳語をかませる場合とかませない場合の違い
さて、日ごろ言葉の意味の処理のほとんどは無意識が担っています。
これに手を付ける、となるととっかかりが非常につかみづらいと思いますので、試し次のシチュエーションを考えてみましょう。
■日本人
では、まず日本人についてみていきましょう。
いかに、失語症治療の現場などでも用いられる、ロゴジェンモデルをはじめとしたモジュール的な言語認識過程を、極限まで単純化し、前述のネットワークモデルや相互活性モデルと組み合わせた図を示します。(※3)
参考:Morton, 1985(https://link.springer.com/content/pdf/10.3758/BF03213345.pdf)
聞き手はまず、文字または音を認識し、「リンゴ」という言葉が示す概念を想起します。
そして、そこから関連する『語彙』が脳内に準備(プライム)されます。
■アメリカ人
さて、訳語主体で日本語を勉強中のアメリカ人ではどうなるでしょうか?
途中までは同じですが、学習の成果により所持と音韻を正しく認識した瞬間にこの人は訳語であるAppleを想起し、その概念に到達します。
本来たどるべき灰色の部分は無視されます。
図からも明らかですが、この状態には2つの問題があります。
①については、単に読むのが遅くなったり会話のテンポが悪くなるだけではなく、特に受験生や就職や昇進のためのTOEICなどを控えている人にとっては非常に深刻な問題を内包します。
それが聞こえたはずの言葉が認識できなくなるという問題です。
これについて、前回の本文中でも引用したこの分野の研究者であるDehaeneの説明を引用します。
情報が消滅するまでの時間はその情報の複雑さや個人差によっても変わるが、最も単純なタスクを意識的にこなすために脳がほかの情報を受け付けなくなる時間はおおむね100ミリ秒~数百ミリ秒という報告が多いです。
また、上記のDehaeneの論文によると、聴覚や視覚に対する単純な合図に反応するという最も簡単なタスクでも、2つ同時に処理しようとすると片方は数百ミリ秒遅延されるといいます。
そして、とある情報が意識に上る前にほかの刺激を与えられると、人間は容易にその情報を失うことが知られています。
例えば次の実験では、ある刺激を受けて50ms以内に別の刺激を与えられると、最初の刺激は意識に上らないことが示されています。
https://jamanetwork.com/journals/jamapsychiatry/fullarticle/209929
訳語を思い出してそれが文脈上適切かを判断したり、文法事項を適用したりすることは意識的な処理が必要になる程度には複雑です。
すなわち、リスニング中にそれらのことを考えるのは、単語の聞き取りに最大数百ミリ秒程度の遅延を生みます。
この数百ミリ秒は実は大問題です。
例えば共通テストのリスニングでも140~160WPM程度の速度があり、これは一単語あたり300~400msに相当します。
WhenやYouなど、回答の上でキーとなる単語はそれこそ100ms未満でさらっと流れていきます。
すなわち、単語を一つ思い出したり、文法事項との照合を一つ行うたびに丸一単語分単語が頭に入ってこない時間が発生し、運よく会話の切れ目に助けられない限り次の刺激が心理学用語でいう「マスク」になって直前の「聞こえていたはずの単語」をかき消してしまうのです。
では、どうすればいいのか?
ようやくお待ちかねの解決編です。
結論を先に行ってしまえば月並みなもので、「英語を英語で認識できるようにしよう!」という一点につきます。
そのためには、いわゆる「勉強法」と、言葉の意味を知る感覚を自覚するための「鍛錬」のようなものの2つの軸が必要になります。
ここまであまりに理論選考の話をしてしまいましたので、今回は私が実際にやっている方法について軽く紹介するにとどめたいと思います。
それがどのような学習となり、どのように英語生成に最適なニューラルネットワークを作るか、そして意識をどこに向けたら効率的な学習が可能になるかについては次回以降論じます。
■いわゆる「勉強法」
方法論的なものは好きではないので露骨にふんわりしますが、私がやっている勉強法は基本的に次のサイクルの繰り返しです。
各プロセスには大まかに次のような意味があります。
P.S.ちょっと具体的な方法を書いた記事を作りましたので追記します。
■鍛錬
私の経験上、次のようか経験が最も「語彙の意味を把握する」感覚を教えてくれて、学習の効率を上げることに寄与してくれました。
しかし、いずれも実践がそこまで簡単ではないので、次回以降ちょっとまとまった分量を使って説明したいと思います。
ということで、今回は以上になります。
最後までおつきいただきありがとうございました!