マガジンのカバー画像

15時の手紙

76
ささやかな昨日のできごと。
運営しているクリエイター

2023年5月の記事一覧

家族が増える喜び

週末に、妻の両親とぼくの母親の顔合わせ食事会を開いた。 食事会のあと、義両親をぼくらの暮らす家に招き、新生活の様子も見てもらった。妻の荷物が収まり、日々の生活に馴染んでいることを確認してもらって安心してもらえたら嬉しい。 母はしきりに、家族が増えて嬉しいと言っていた。 父が亡くなり、祖母が亡くなったあと、弟の家族に子供が産まれたときも、「我が家は家族が減るばかりだったけど、こうして一人家族増えていくのは嬉しいね」と喜んでいた。 なかなかそうした目線で捉えていなかったので、少

ちょっと散歩しないか

スティーブ・ジョブズの妹がニューヨーク・タイムズに寄稿した弔辞の中で、生き別れの兄(スティーブ)と成人後に初めて会ったときの様子を回想するくだりがとても好きで、折に触れて思い出す。 ジーンズ姿の軽装で現れたスティーブは、初対面の妹に対して開口一番に言う。「ちょっと散歩しないか」 スティーブは30歳、妹は25歳。時は1985年、ニューヨーク。二人はたまたま散歩が大好きで、その日は長い散歩を通して「私たちはお互い友達に選ぶタイプの人だな」と感じたという。 https://ano

山頂で温かいごちそうを

朝八時、西武鉄道・飯能駅のバス停留所には長蛇の列ができている。 ほとんどが登山客で、数年前に訪れたときよりも数倍に膨れ上がっている。鮨づめの乗合バスに揺られて四十分。埼玉と東京の県境に位置する棒ノ折という低山に、妻のみみさんと日帰り登山に出かけた。 この行路はぼくの一押しだったので、緑が好きな彼女にもどうにか気に入ってほしいと思っていた。(みみさんと遠出をするのは初めてのことで、彼女自身は登山をするのも久々だったので、お互いのペースや勝手は手探りのところもあった) 曇りの

若さを保つたった一つの要件

もし生まれ変わるなら吟遊詩人になって、諸国を旅して感じたものを自分の身体を通して表現し、少しのお金をいただいて暮らす自由な“世捨て人”になりたい、と妻はいう。 でもそれをやり抜くには強靭な肉体が大前提だね、とぼくは答える。どこでもぐっすり眠れて、暑さも寒さも苦にならず、風呂も食事も最低限で事足りるくらいの健康と体力がなくては一ヶ月と保たないと思う。 先日美術館で観た、画家・熊谷守一の人生はまったくそのようなものだった。生涯をあばらやで暮らし、過分な報酬も勲章も受け取らず、「

家の「へそ」となるテーブルの三つの条件

梅雨を先取りしたような、あるいは冬の終りどきに戻ったような、冷たい雨が降っている。こんな日はどこへも出かけず仕事ができることでひそかに救われている。 ぼくは毎日、在宅で仕事をしている。一日のほとんどを仕事場で過ごす。(仕事場と称しているが、なんのことはない、食卓で作業をしているにすぎない) テーブルは一畳ほどの大きさで、複数の書類を平置きできる。手許用のランプが一つ。テーブルの四辺のうち、壁のコーナーに面した二辺には木製の長椅子が沿わせてあり、残りの二辺には一人がけソファと

引っ越しとカルボナーラ

その朝はよく晴れていて風も爽やかで、何かよいことが起こりそうな予感に満ちていた。 朝一番で、引っ越し作業が始まった。引っ越し業者は、一人でミニバンでやってきた。車載量に一抹の不安を覚えたが、彼は手際よく荷物を積みこみ、粗大ごみをエントランスに出すと、またたく間にぼくの新居へ車を走り出させた。空っぽになった妻の旧居を眺める暇もなく、ぼくらも後を追う。 ぼくの家に段ボール箱を運び終えると、すぐに妻と荷解きを始めた。 衣服をクローゼットに収め、書籍を本棚に収め、小物類をいったんま

能舞台の夢

夜。雨。表参道。コンクリート造の能楽堂はブティックに囲まれて建っていた。 仕事帰りの妻と待ち合わせ、地下鉄駅構内のフードコートで軽食を済ませる。表参道交差点にほど近い能楽堂へ向かうと、すでに傘をさした行列が建物を取り巻いていた。 建物を二階に上がると、外観からは窺い知れない天井高の大空間が広がっている。正面に木造の屋根を載せた能舞台。舞台をL型に囲む畳の桟敷席。座布団が足の踏み場もないほど敷き詰められ、すぐに全席が埋まる。 舞台の上にはグランドピアノがある。やがて暗転し、切

失敗してもナイストライ

嬉しい話を聞いた。 学生時代の旧友が長く勤めた会社を辞め、古い知人と二人で起業するという。知人が手がけていた仕事が軌道に乗り、忙しくて手が回らなくなったので、合流する形で二人で出資して法人成りするそうだ。半年前から準備を進めていた話は聞いていたので、ついに決断を下したのかと喜ばしくなった。 ぼくも十年前にまったく同じ流れで独立し、今は個人事業主として働いているので、一応の先達として意見を求められた。もちろん大上段で言えることなど何もないのだけど、一つのことだけ伝えた。 たと

文化財の家

それは竹林に覆われた丘の中途に建つ、築八十年を超える日本家屋だった。 作家・林芙美子が建てた家。新宿区の住宅街に、今も往時の原形を留めたまま残されている。初老の解説員の案内を聞きながら、古民家を外から見学した。 これは、まごうことなく「創作」のための家である。人を招くための豪邸ではない。 心静かに創作するための“質素のための豪華さ”に注意深く気が配られている。 林芙美子はこの家の建築に際し、二百冊もの専門書を読み、大工を連れ立って京都の民家や材木屋を廻ったと説明を受けた。

雨の午後、諍い

この週末は雨つづきだった。 妻の旧居に行き、ジモティーの大型家具の受け渡しを済ませ、残りのこまごまとした家財をぼくの新居に持っていくか廃棄に回すかを分別していたとき、妻といくらかの意見の相違が生じた。 ぼくは、彼女が大事にしてきたであろう家財を捨てるのは忍びないので「全部持っていくといいよ」と言っていたのだけど、妻はもっとドライに「本当に使うの?どこに置くの?邪魔になるだけでしょ?」と極力廃棄に回そうとしていた。押し問答がつづき、妻の一歩も引かないような頑迷さに業を煮やし、

イタリア人の愛は

妻のみみさんは、毎週オンラインでイタリア語会話を受講している。 今回、講義中の会話の流れで、数日前に入籍したことを話したという。 画面の向うのイタリア人講師は大いに驚きながら祝福してくれて、「でも共同生活は難しいこともあるでしょう?」と聞かれたらしい。「そんなことはない、私たちはもう兄弟のように仲がいいの」と答えると、講師は顔を曇らせ、「それはイタリアでは使わない表現だよ。愛がないように聞こえる」と言われたそうだ。 イタリアにおける愛(アモーレ)は、きっと恋人としての「性愛

夜の居場所

誕生日を迎えたその朝は、予報どおりの静かな雨が舞っていた。 玉ねぎのサラダで軽く腹ごしらえを済ませ、パートナーの旧居の片付けに出かける。順々に部屋の片隅に段ボール箱が積み上げられ、この場所の生活が仕舞いこまれていく。彼女が一人暮らしをしていたワンルームに別れを告げ、ぼくの住む家が新しい居場所になる。 人は、居場所があれば孤独にはならない(孤独とは一人きりでいることではなく、居場所がないことだから)。 周りをどれほどの他者に囲まれていようとも、自分の身の置き場がなければ人は孤

序文_書くことについて

入籍日の夜。妻とこんな話をした。 書くことについて。 「自分の心が動いたときに、その質感を覚えておくためにスケッチするように書きたい。だから感覚的な表現や擬音語や擬態語が増え、結果、文章がポエム調になる」と彼女は半ば自嘲気味に言った。 なんら自嘲する必要もないくらい、素晴らしくまっすぐな文章への向き合い方だと思う。 彼女が、森に射す陽光や樹上の風を忘れないようにスケッチするとすれば、ぼくは土の下の根を掘り出していくような感覚で文章を書くかもしれない。何がどんな形で埋まってい