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若さを保つたった一つの要件
もし生まれ変わるなら吟遊詩人になって、諸国を旅して感じたものを自分の身体を通して表現し、少しのお金をいただいて暮らす自由な“世捨て人”になりたい、と妻はいう。
でもそれをやり抜くには強靭な肉体が大前提だね、とぼくは答える。どこでもぐっすり眠れて、暑さも寒さも苦にならず、風呂も食事も最低限で事足りるくらいの健康と体力がなくては一ヶ月と保たないと思う。
先日美術館で観た、画家・熊谷守一の人生はまったくそのようなものだった。生涯をあばらやで暮らし、過分な報酬も勲章も受け取らず、「画壇の仙人」とも称された熊谷さんはさぞかし健康な肉体の持ち主だったのだろう。
似たような人生を送った画家は枚挙にいとまがない。葛飾北斎もセザンヌも田中一村も、名声の有無とは関係なく晩年まで「確たる貧乏」だった(選択的貧乏または志向性貧乏とも呼ぶべきか)。彼らにはおそらくアスペルガー症候群のような傾向もあったと想像するが、それより確実なのは、みんな強靭な肉体を有していたのだ。
若さとはそういうことでもあると思う。
貧乏でもへっちゃらと思えること。
エネルギーの発散量(行動力や好奇心)が旺盛であること。
その前提としての肉体が頑健であること。
おそらくこの三つが条件となり、それぞれ因果関係にある。肉体が頑健だから、エネルギーが旺盛で、その結果「貧乏でもへっちゃらと思える」のだ。
突き詰めれば、若さとは「貧乏でもへっちゃらと思える」ことだ。(失うものがない者の強さとも言える)
言うまでもなくこれは難しく、このマインドを失うところから人は老けこんでいく。そもそも最初から持ち得ない人も多い。だからこそ本当の若さは一瞬の燦めきにすぎないのかもしれない。
若さを失うことについて、見た目が劣化するとか考え方が保守的になるとか態度が横柄になるとか羞恥心がなくなるとかあれこれ言う人もいるだろうけど、それらは表層的な末期症状だと思う。(むしろそこまでわかりやすく誰の眼にも明らかなほどの老化が進んでしまったころには、二度と後戻りできないデッドラインをとうに越えている)
本当の老化は、もっと心の奥底で、思いもよらぬものを奪い去って静かに潜行しているはずだ。