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歴史学者と通訳が将来の夢だった、翼祈(たすき)が、今、WEBライターの仕事に就くまで。

こんにちは、翼祈(たすき)です。
私の子どもの頃の将来の夢は、歴史学者と通訳でした。

歴史学者に関しては、小学生の頃から日本史が好きで、好きも講じて、成績も良く、学校の授業参観、両親の前で夢を発表する時、

私は大人になったら、歴史学者になりたいです!

と、宣言していた位でした。

通訳に関しては、中学時代、英語ができたこと、塾の知り合いからも、「英文科を受験したら?私は貴方が通訳になったら、一緒に仕事をしたいな」と言われたことで、できた夢でした。

高校受験で、英文科を受験しました。問題に関しては手応えがあったものの、小論文でしたか、文章を書くことは手応えがなく、結果は不合格でした。

それでも、「通訳になりたい」と夢を描いていましたが、当時必修になりつつあったリスニングが、左耳が難聴なことで、片耳だけで英語を聞き取らないといけず、誰よりも、試験に遅れを取っていたこと。

中学時代まで、スラスラ頭に入っていた、英単語が覚えられなくなったこと。

トドメは、高校2年生の英語が専門の担任の先生から、母も交えた三者面談で、
「貴方の成績では、どこも英文科は無理ですよ。そもそも片耳しか聞こえない人は、通訳なんてなれるはずがない!」
と言われて、1つ夢が消えました。

高校になっても、小中同様に学年で1番できて、日本史だけ、アンバランスな位、偏差値も70以上と、良かったです。よく100点満点も取っていましたね。

昔でいう、センター試験の時、昔から苦手だった数学をどうにかしないと思い、主に理系ばかり勉強していたせいで、得意だった日本史も、勉強がおざなりになっていたことで、「得意な科目なのに、どうして…」と、ほとんどの教科が、自己採点で目も当てられないほどの成績でした。

結局、歴史学者になるために希望していた大学の受験も失敗し、県外のしがない大学に行って、寮の相部屋の人から嫌がらせを受けて、退寮して、不登校になって、中退し、その後色々あって、約10年間、引きこもりになりました。

この時、「完全に私の将来の夢も無くなり、今は夢を描けない日々が来たな…」と、虚しい日々がただ過ぎていくだけでした。


今は、WEBライターという仕事をしています。自分の体験談をベースに、記事を執筆しています。

元々引きこもりの時に、ブログをほぼ毎日、社会と繋がりを持つために10年以上、やり続けたことで、それが今に活きています。

私はプロのWEBライターを目指していて、将来、このA型事業所から一般就労に行った時に、自分のパソコンも必要ですし、今知識や技術を増やすために、オンラインコミュニティ「Webライターラボ」に入って、主催者の方から、

1ヵ月に1つでも良いから、インプットをして下さい

と言われて、なかなかコンテンツは見れていないのですが、講師の方が来るオンラインイベントには、夜開催のものには積極的に参加しています。

2024年11月には、ラボの初コラムも挙手して担当することになって、どうラボの皆さんが感じ取ってくれるか、不安とドキドキがあります。ラボ名鑑にも登録したりとか。

それ以外にも、「これをしてみたい!」と、WEBライターに関する計画をしています。

この間、ハンドメイドのワークショップに参加して、自社メディアで記事を書いた時、先生から、「不登校を経験して、今は言葉の力を仕事にしている人」、「ものの成り立ちに共感してくれる」との、リポストを頂きました。

専門職とはいえ、歴史学者と通訳、WEBライターは全く違う職種です。

それでも、今が1番自分に適した仕事だと感じている。不思議ですね。

WEBライターの仕事を通して、今までなかった、多くの繋がりを持つことができました。

これからも、頑張って、プロのWEBライターになるために励みます。

ここまで、翼祈(たすき)でした。


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