「庵治石細目 松原等石材店」3代目・森重裕二

「ひとっさん」に弟子入りし、日々がんばっている修行の様子と共に、庵治産地の魅力をお伝え…

「庵治石細目 松原等石材店」3代目・森重裕二

「ひとっさん」に弟子入りし、日々がんばっている修行の様子と共に、庵治産地の魅力をお伝えします。大丁場の庵治石細目で日々お墓さんを作らせていただいてます。

最近の記事

「お彼岸」は亡くなった方に最も思いが伝わる日。

「暑さ寒さも彼岸まで」とよく言われます。ボクは石屋になるまで、このよく聞く「お彼岸」については「お参りに行く日」…ってことくらいは分かっていましたが、実際どんな日のことか、正直あまり詳しくは知りませんでした。でも、詳しく教えてもらったり調べたりして、知れば知るほど、この「お彼岸」って、めっちゃステキな日だ!ってことが分かったので、できるだけお伝えしたいと思っています。 「お彼岸」は年に2回あります! 春が「春分の日」、秋が「秋分の日」を中日として、その前後3日間 合わせて

    • 「信じる」ことで「見える」ことがある。

      何気なくyoutubeを見ていたら、脳科学の池谷裕二さんの講演と出会いました。この講演の話は科学的な話だったけれど、自分が普段考えていることをとにかく深めてくれました。 その講演は、「なぜ、みなさんには私が見えるのか?」という問いから始まりました。理由はシンプル。「目があるからです。」だそうで…。全くひねることなく、ただただ当たり前の答え。そして池谷さんは、ボクらの見ている世界の話をしてくださっていました。 ボクらが見えている色は、赤と緑と青の光を感じることができている。

      • 子どもを連れて帰省して、ボクの大好きなじいちゃんを想う。

        うちの子どもたちは、小学校5年生の長男と、3年生の次男、年中の三男の3人息子です。いつも元気で楽しい子どもたちは、毎年の「お盆」の長崎への帰省を楽しみにしています。息子たちの姿を見ていると、自分が小さかった頃に長崎への帰省を楽しみにしていた頃の思い出が重なります。 帰省と言っても、ボクは長崎で生まれ育ったわけではなく、ボクの両親の里。なので、ボク自身も長崎は「じいちゃん、ばあちゃんがいるところ」という印象。特に大好きなじいちゃん(以下、ひいじいちゃん)に会いにいくのが楽しみ

        • 師匠の「17回忌ライブ」から考えたこと。

          師匠「フジムラはん」のこと フジムラはんと出会ったのは、大学の1回生の頃。「カヤックをしたい。」と友人に連れて行ってもらったのがフジムラはんのところでした。フジムラはんに、いろんなところに連れてってもらって、たくさんお酒も飲ませてもらって、何度も何度も焚火を囲んでいながらいろんな話をして、何から何まで教えてもらった師匠です。 17年前の夏、ボクの師匠のフジムラはんは、一緒に行くはずだったカナダのユーコン川への旅の1週間前に打ち合わせをした翌日に突然倒れて、そのまま2週間入

        「お彼岸」は亡くなった方に最も思いが伝わる日。

          長崎のお盆の「精霊流し」から思ったこと。

          ボクの両親の実家は長崎にあって、毎年「お盆」は長崎で過ごしてきました。長崎では「お盆」になるとその年に亡くなった初盆の方を送るための「精霊船」を作ります。爆竹やロケット花火を鳴らしまくって、賑やかに町中を練り歩きます。 ボクは小さい頃から、その「精霊流し」が楽しみで楽しみで、毎年ワクワクしていました。たくさんの提灯を下げたキレイな「精霊船」と、鐘と爆竹、ロケット花火の賑やかさがとても楽しかったのを覚えています。 今、この年になって、自分の子どもを連れてこの長崎のお盆の「精

          長崎のお盆の「精霊流し」から思ったこと。

          「『死』との”距離”」と「お参り」のこと。

          昔に比べると「『死』との”距離”」が遠くなっている… 最近、自分たちと「死」との”距離”について考えています。そのきっかけになったのは、建仁寺両足院の副住職である伊藤東凌さんが語られていた以下の言葉です。 東凌さんのこの言葉を聴いてから「『死』との”距離”」という言葉が頭から離れなくなってしまい、ずっと頭の中をぐるぐると巡っていました。 確かに、昔は「死」というものが今に比べると、もっともっと身近にあったはずです。例えば、小さくして亡くなってしまうお子さんがたくさんいた

          「『死』との”距離”」と「お参り」のこと。

          「お参りしてもらう」ってことを”引き受ける”ことの価値について。

          最近、お墓さんの話題の中に、「次の代の子どもたちにとって負担だから…」とお墓さんを片付けてしまう…ってことが話題になることがあります。「わざわざ参ってもらわなくても大丈夫。」、「形を残さない方が子どもたちの負担にならなくていい。」などの話を聞くこともあります。 確かに、最近は、みんなが同じ場所で暮らし続けていく…という文化ではなくなってきていることも事実。自分たちは何とか管理することができるけれど、その後の代では管理が大変になる…ってことが予想されることもあって、片付けてし

          「お参りしてもらう」ってことを”引き受ける”ことの価値について。

          「お参り」の習慣が、ずっと子どもを支え続けてくれる”つながり”を作る。

          毎朝、息子と氏神様とお墓さんにお参りに行くようになって、息子の姿を見ていて子どもにとって、お参りの習慣は間違いなくいいのものだと感じるようになりました。たぶんすぐに結果が出るものではありませんが、おそらく間違いなく大切な視点だと思っています。 そんなことを思うようになってからも、ずっと息子とお参りを続けてきて、最近感じるようになったのが、「お参り」の習慣が、子どもを支える”つながり”を作る…ということ。 そんなことを感じるようになったのは、息子が寝坊してしまってお参りに行

          「お参り」の習慣が、ずっと子どもを支え続けてくれる”つながり”を作る。

          大切な方を亡くした友人から教えてもらったこと。

          以前の職場の同僚が、突然うちに遊びに来てくれました。何があったのかな…と思ったけれど、うちの家族と一緒に夕食を食べて、子どもたちが寝静まった後、庭で焚火を囲んでお酒を酌み交わしていました。 すると、その同僚は、おもむろに「お墓って大切ですよね。」って話をし始めました。ボクは全く予想していなかった話にかなり戸惑いました。…というのも、その同僚は以前に実家のお墓さんを片付けてほしい…と依頼してきたことがあったからです。お寺の永代供養の方にお願いするので…ということだったのですが

          大切な方を亡くした友人から教えてもらったこと。

          「お参り」の習慣が「『思うようにいかないこと』を受け入れる力」を育てる。

          「朝参り」でずっとずっとお願いしていたことが叶わず….号泣した息子。「お参りに行ったって、願いが叶わない!」、「もうお参りには行かない。」としばらく休んでいました。 ですが、数日経って、またお参りを始めました。つらいことがあったけど、もう一度お参りを始めた彼の心意気を見ながら、いろいろ考えさせられています。 お願いしても無駄だと思っただろうな…と、もうお参りには行かないかな…と思っていたのですが…。そんな彼を見ていて、もしかしたら”自分が願ってることが叶うこと”だけが全て

          「お参り」の習慣が「『思うようにいかないこと』を受け入れる力」を育てる。

          石を大切にする「ノビ」という考え方。

          石屋になって、初めて出会ったことで、本当に素敵だと思った考え方の1つが「ノビ」。そこには、石を大切にする気持ちや、自然のものが完璧じゃないという気持ちがたっぷり詰まっていると思っています。では、この「ノビ」っていうのは何か? 簡単にいうと「元々の大きさより少し大きめに作る。」ということ。 それは、「ちょっとサービスで大きめにしておきますね!」ってことではありません。結果的には、注文いただいた大きさより少し大きめでお届けすることになるのですが、そこには先人が石を大切に扱って

          石を大切にする「ノビ」という考え方。

          朝のお参りと「オロナミンC」。

          長男が毎日、朝参りに行くようになって、もう半年が過ぎました。我が子ながら、「小さいのに本当によくがんばるな…」と感心することもありますが、もしかしたら、ここ数年続けている自分に比べたら、彼にとってはもう完全に当たり前の習慣になっているのかもな…とも思っています。 そんな長男の姿を見ていた小学校3年生の次男が1ヶ月ほど前から「ボクも朝、お参りに行く!」と言い始めました。やっぱりお兄ちゃんがやっているのを見ると、やりたくなるみたいです。おもしろいです。 そうは言うものの、いざ

          ”職人に受け継がれていること”こそが「庵治石」の魅力。

          「『庵治石』の特徴がどんなものなのか?」、「『庵治石』はなぜ風化に強いのか?」などを調べるために、いろんな職人さんに話を聞きに行っていたことがありました。もう数年間、いろんな方に話を伺ったり、自分なりに調べたりして、自分の中でやっとすーっと考えがまとまったものができたことが、このnoteを始めるきっかけになりました。  この記事は、石の特徴や石をどう見るか…ということでまとめていたのですが、実はそのことを調べている時に、ある職人さんから「『庵治石』の良さは、石だけではない。

          ”職人に受け継がれていること”こそが「庵治石」の魅力。

          ボクが「『庵治石』の”お墓さん”には温度がある。」と感じている理由。

          ボクがひとっさんに弟子入りを懇願して石屋になってまもなく、「庵治石」に関わるようになってすぐに不思議なくらいスーッと入ってきた感覚が「『庵治石』の”お墓さん”には温度がある。」ということ。石屋になって5年経った今、この感覚は確信に変わっています。 『庵治石』には温度…って、どういうこと?この「温度がある。」というのは、実際の温度のことではありません。初めは、感覚で感じていて、何かうまく言葉にできなかったのですが、不思議な『温かさ』がある…という意味です。 おそらく、これを

          ボクが「『庵治石』の”お墓さん”には温度がある。」と感じている理由。

          自分自身の変化から感じる「お参り」の効用。

          ここ数年、毎日の「朝参り」を続けています。「朝参り」では、「氏神さま」と「お墓さん」にお参りにいくようにしています。きっかけは、だいぶ年下の先輩が「毎日お墓参りをしている。」という話をしてくれたことと、知り合った方に「お墓参りをするといいことがある。」という考えがあることを教えていただいたことです。 その話を聞いて、「自分自身がお墓を作る仕事をさせてもらっている以上、自分自身もしっかり「お墓参り」をしよう!」と思ったのと、本当にいいことがあるかどうかはやってみないと分からな

          自分自身の変化から感じる「お参り」の効用。

          「お参り」の習慣が、この先に子どもが経験するだろう”悲しいできごと”から子どもを守る。

          最近、「グリーフケア」という考え方に出会いました。この考え方に出会って以来、これまで見えていなかったことがたくさんあったことに気づき、大きく考え方が変わりました。 「グリーフケア」とは?「グリーフケア」の「グリーフ」とは何か?というと、一般社団法人リヴオンさんのサイトに分かりやすい説明があったので引用させていただきます。 ”大切な人、ものなどを失う”ってこと、とりわけ誰かが亡くなってしまう…ということは、本当に悲しいことで、時には全く整理のつかないことだったり、向き合うこ

          「お参り」の習慣が、この先に子どもが経験するだろう”悲しいできごと”から子どもを守る。