見出し画像

長崎のお盆の「精霊流し」から思ったこと。

ボクの両親の実家は長崎にあって、毎年「お盆」は長崎で過ごしてきました。長崎では「お盆」になるとその年に亡くなった初盆の方を送るための「精霊船」を作ります。爆竹やロケット花火を鳴らしまくって、賑やかに町中を練り歩きます。

ボクは小さい頃から、その「精霊流し」が楽しみで楽しみで、毎年ワクワクしていました。たくさんの提灯を下げたキレイな「精霊船」と、鐘と爆竹、ロケット花火の賑やかさがとても楽しかったのを覚えています。

今、この年になって、自分の子どもを連れてこの長崎のお盆の「精霊流し」を迎えることになって、自分が経験してきたことと、子どもが経験すること、大人になった今だから分かることなどいくつかの視点で見ることができるようになって、慣れ親しんだ「精霊流し」を今までとは違った視点で見ることができるようになりました。

子どもたちから見た「精霊流し」

子どもたちを連れて「精霊流し」を見るようになって、自分が経験してきたことと子どもたちが経験していることが重なります。自分も小さい時はそうでしたが、小さな息子たちは、たぶんこの「精霊流し」の賑やかな雰囲気を楽しんだと思います。大きな音の爆竹が鳴りまくって、みんなが楽しそうにしている…いつもの日常とは違うこの空気は、僕が経験したのと同じように、おそらく彼らの心に刻まれているはずです。

ただ、自分もそうでしたが、今の時点では深い意味を考える…ってことはないと思います。ただ、うっすらと、ぼんやりと「この『精霊流し』ってこんなことなんだろうな…。」とは想像している…ってことは想像しています。とにかく「長崎のお盆は、花火で賑やかにお墓参りをしたり、『精霊流し』をしたりして楽しい!」ってことは刻まれているはず…です。

大人になって(特に今年)感じる「精霊流し」の意義

とにかく、子どもたちは楽しんで「精霊流し」をしますが、子どもだけでなくて何だったらおそらく大人も「『お盆』と言えば『精霊流し』!」といった感じで、イベントのようなものとして楽しんでいると思います。ボク自身も例に洩れず、毎年楽しみにしています。だけど、今年の「精霊流し」は、これまで感じなかったことを強く感じました。

今年の「精霊流し」の「精霊船」は地域では1つだけでした。遠い親戚だったので、ボクは花火(爆竹)係を担当しました。たくさんの爆竹の箱を渡され、一生懸命に爆竹に火をつけ続けながら、地域を練り歩きました。歩いていると、

「今年も来とったんね?元気しよったと?」

と声をかけられ、いろんな方と話をしました。そんな中、小さい頃からお世話になっていたおばあさんの家の前を通った時、100歳近いおばあさんはボクに気づくことなく、「精霊船」に向かってひたすら手を合わせておられました。大きな音を立てて通っていく賑やかな「精霊船」の雰囲気とは対照的に、本当に心静かに手を合わせ続けておられました。

「おばあさんはどんな思いだったんだろう…。」

その光景を見て、いろんなことを考えました。おそらく、おばあさんは地域でずっと暮らしてきて、おそらく亡くなってしまった初盆の方を小さい頃から知っているはず…。その方の「精霊船」にひたすら手を合わされている…。

その風景を見て、この「精霊流し」は、こうして毎年、地域で亡くなった方をお送りしている…って当たり前のことについて想いました。楽しくてとことん賑やかな雰囲気の中、地域で亡くなってしまった方のことを思う…という2つのことが同時に進んでいく行事なんだ…ということを思って、胸がいっぱいになりました。

そして、おばあさんは、自分より若い地域の方の「死」を思いながら、自分の「死」についても思いを巡らせておられるんじゃないかな…ってことも想像していました。「精霊流し」は、誰かが亡くなった時には盛大に見送りつつ、おそらくいずれ自分が亡くなってしまう時も、こんな風に送ってもらうんだな…ってことも感じる「死」ということとつながる大切な行事なんだな…と思いました。

グリーフケアとしての「精霊流し」

今年はそんなことを感じながら「精霊流し」をして、僕が初めて身内の「精霊船」を作った時のことを思い出していました。初めての身内の「精霊流し」は、小学校4年生のころ。おじいちゃんの船でした。小さいながらに、釘を打たせてもらったり、飾り付けをさせてもらったりしたことを今でも覚えています。幼いながら、おじいちゃんのために…と、一生懸命に作業をしました。

そして、提灯でいっぱいになった「精霊船」が15日の夜、ご近所を爆竹やロケット花火で賑やかに送られながら練り歩いて、最後は真っ暗な海に船で曳いてもらって、沖に出て行きました。「精霊船」の提灯の灯りがキレイに輝いていたのをよく覚えています。

不思議なことなのですが、こうして「精霊流し」のことをまとめていて、じいちゃんやばあちゃんのことを思い出すと、じいちゃんやばあちゃんとの懐かしい思い出と一緒に、みんなで集まって精霊船を作った時のこととか、爆竹を鳴らしまりながら近所を練り歩いた夜のことを思い出すのです。

おそらく、この「精霊流し」のプロセスを通して、亡くなったおじいちゃんとのことをしっかりと見つめ直す機会になっていたんだろうな…ってことを感じました。おそらく、この「精霊流し」は、亡くなった方に関わるたくさんの方にとって、とても大切な「グリーフケア」の時間になっているんだと思います。

今、感じる「精霊流し」のこと。

小さな頃から楽しんできた「お盆」の「精霊流し」。当たり前のことだけど改めて、賑やかに楽しみつつ、亡くなった方のことを思う大切な風習だということを感じさせてもらいました。子どもと一緒に経験をさせてもらっていると、この楽しさがあるから、このお盆の期間に「ひいじいちゃん」や「ひいばあちゃん」を明るく話ができたり、ご先祖様の話をしたりすることができている時間もあります。

そして、ボクが経験してきたように、子どもたちは今は楽しんで「精霊流し」をしながら、これから先には「精霊船」を作ったり、お手伝いをしたりするプロセスを自然と経験していくことになります。おそらく、この風習があるからこそ、今は元気にしている「じいちゃん」や「ばああちゃん」やボクらがいずれ亡くなってしまうこととも向き合ったり、みんなを大切にしけたりするんじゃないかな…と思います。

こういった形がなかったら、もしかしたら全く触れることなく暮らしていくことはできるかもしれません。でも、こういった形を大切にすることで、なかなか普段は向き合うことができない「死」というも含めて、ご先祖様や家族のことを大切にできる気持ちが育っていくのかもしれないな…と思っています。

「お盆」の特別な「精霊流し」みたいな形は普段はなかなかできないけれど、ご先祖様のことを思ったり、家族のことを思ったりする「お参り」の時間を、これからも大切にしていきたいと思います。

庵治石細目「松原等石材店」 3代目 森重裕二


いいなと思ったら応援しよう!