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カルチャーつまみ食い

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本、映画、ドラマ、漫画、音楽など、つまみ食いしたカルチャーの記録です。
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#コラム

『きみの鳥は歌える』と次の季節

「僕にはこの夏がいつまでも続くような気がした。9月になっても10月になっても、次の季節はやって来ないように思える」(『きみの鳥はうたえる』より) あの夏がどうやって終わったのかを思い出せないでいる。 汗と酒とタバコと夜のにおいが染み付いた、あの頃よく着ていたあのTシャツがどこにあるのかも。 はじまりは肘に触れるくらいささやかなものだったかもしれない。 ひとりふたり増えていき、いくつかの夜が過ぎ、ひとりふたり去っていった。 汗まみれで缶ビール片手に夜の道を歌いなが

映画ってよくないですか?

もし、学校が辛い方とか、もう、新しい生活どうしようって思っている方がいたら、ぜひ映画界に来ていただきたいなと思います。 その日はたまたま早く帰れて、9時すぎにテレビをつけたら日本アカデミー賞受賞式がやっていた。 金曜だったし、ビールをあけて眺めていたら、最優秀主演女優賞を獲った蒼井優ちゃんが冒頭の言葉を話していた。 冷奴にかけすぎた醤油のせいなのか、ツーっと流れてきた涙のせいなのか、ビールがしょっぱく感じた。 映画っていいですよね。 私も映画が好きです。 それぞれ

永久と希望の歌

中学1年生のとき、まっちゃんというかわいいけどちょっと変な女の子とよく遊んでいた。 まっちゃんがあるとき「嵐のCD買いに行こう」と言ったのを覚えている。デビューシングルは8cm CDで500円でポスター付きだった。 今から20年前のことである 気の利いた#嵐の思い出 を書きたいけど、どうにもこうにも出てこないので、嵐の好きな曲を。 悲しみたとえどんな終わりを描いても心は謎めいてそれはまるで闇のように 迫る真実「truth」 (2018年1月27日17時09分に第

はじめて住んだ家とねじまき鳥クロニクル

大学院を卒業した年の秋、はじめて一人暮らしをした。 当時の私は出版社でアルバイトをしながら、先の見えない未来をきちんと見つめなくてはともがいたり、見ないフリしながら暮らしていた。 実家が東京だったため、一人暮らしをする特別な理由があったわけではなく、母の「お母さんの仕事部屋が欲しいから、(私か弟と)どっちが部屋を借りない?今なら初期費用出してあげる」という提案にのっただけだ。 フリーターで払えるギリギリの家賃で見つけた家は、浜田山の1K。高級マンションに埋もれるようにたた

映画『最初の晩餐』見て考えたおはぎとカメラの秘密。

時おり、「これは私の物語だ」と思う物語に出会う。 先日観た映画がまさにそれだった。 *** 私は2018年夏に結婚をした。 その約3ヶ月後、おじいちゃんが死んだ。 母が「おばあちゃんの誕生日をおじいちゃんの病院でお祝いしたよ」と連絡をくれた3日後のことだった。 結婚式どころか、両親の顔合わせもしないまま、ぬるっと“結婚”した私たちは、周囲の人々のお祝いの気持ちにうつつを抜かしながら、ままごとのような結婚生活を送っていた。 母から「もう危ないかもしれない」と連絡をもら

life is in my bookshelf.

うちの本棚には『ノルウェイの森』が4冊ある。 文庫では上下巻なので、2冊ある人は多いと思うが、4冊はなかなかいないだろう。 どういうことかというと、上下巻それぞれ2冊ずつあるというだけで、要するに別々の場所に住んでいた2人が一緒に暮らすようになったとき、それぞれが上下巻持ってきたということ。 *** 蔵書とこれから増えるだろう本を見込んで作ってもらった新しい本棚は、全部の本を並べてもまだ余裕がある。 今までのように2段に並べ、隙間に敷き詰める必要もないから、蔵書がずら

でくの坊だから見えるもの『イーハトーボの劇列車』

 わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃ももいろのうつくしい朝の日光をのむことができます。(『注文の多い料理店』序文より) 劇団こまつ座の『イーハトーボの劇列車』を観ました。 宮沢賢治。彼が夢見た世界の一部を垣間見ることで、気づいたいくつかのこと。 *** 今、私の気持ちは研ぎ澄まされたものに向かっているようです。 ピュアで、まっすぐで、切実で。 足元にあり、自分の周りにまとわりつき、そして、骨肉になっているものに気持ちが

「役に立つかどうか」よりも惹き寄せられるもの。『哲学的な何か、あと数学とか』を読んで

SF冒険活劇のような科学に対して、数学はハードボイルドなヤンキースポ根ドラマのよう。 数学という役に立たないもの時間を費やす、なんとも救いがたく愛おしい情熱といったら! 中学、高校と私は数学が好きでした。 答えが必ず出るから。答えがあるとわかっていたから。 どんなに悩んでも、答えは必ず出るから難しい問題ほどうれしかったのを覚えている。 だけど、それは先人たちの答えがあるかどうかを探す壮絶な戦いがあった上に成り立っていたということか。 しかも、その答えのあるかな

めんどくさくて愛おしい世界。『哲学的な何か、あと科学とか』を読んで思ったこと

科学って、ちょっぴりめんどくさくて、まっすぐで、複雑なのに単純で、なんか愛おしい。 小さな世界を表現する言葉を宇宙の解明にも用いる、唯一無二の答えを探す科学。 そして、その説明はシンプルで美しく。 目に見えないものを見ようと追究するの世界は、ストイックで厳かな世界だと思っていた。 だけど、そこにはツッコミどころ満載なツジツマ合わせがあり、うっかりがあり、迷走や冒険があり、ひらめきがあり、まっいっかというかわいらしい一面があるようだ。 なんと愛おしい世界!

幸せって何かね?(映画『愛がなんだ』を観て)

「誠意って何かね?」と菅原文太が5個のかぼちゃを前に問いかけてから、27年の月日が経ったそうです。 さて、先日観た映画『愛がなんだ』では、登場人物それぞれが愛だ、幸せだ、なんだかんだと言っていました。 それがいい感じにしょうがなくて、要するに結構好きな映画だったのです。 クズにも、でれでれした顔にもなるマモちゃん(成田凌)がかつてどこかで会ったことがある男の子に思えてなりません。 大人になってからの恋なんて…とか悦に浸ったり、いい女風吹かせたり、スミレを追いかけるマモ

元27歳病が観た、映画「南瓜とマヨネーズ」

私はかつて27歳だった。 今32歳なので当然といえば当然なのだけど。 昨日観た映画「南瓜とマヨネーズ」のツチダもまた27歳だった。 思い描いてた未来とはかけ離れた現実。 永遠に続いていくかのような、とりとめのない日常。 惰性、怠慢、なし崩し、言い訳、そして酒。 未来なんて見えないし、来月のことすら考えたくない。 そのすべてと、そんなすべてに甘んじている自分に対する漫然とした苛立ち。 常に酒とタバコの香りに包まれていたかのように視界はスモークがかかっていて、髪の毛に染み付

渋谷の避暑地「喫茶店トップ」にて

昔、気づいたらドイツで寿司屋をやっていて、さらに気づいたときにはカナリヤ半島で酒を浴びていた人がいた。 (小笠原でガーベラを作ったり、広島で彼女を作ったり、ブログが人気となりファンを訪ねて日本中巡ったりもしてた) ときどき東京に帰ってきては、 「花、メシに行こう」と言って連れて行ってくれた。 経済状況が手に取るように分かるお店のセレクトで、あるときは浅草の大正モダンな鰻屋、あるときは浅草の油まみれだけど地元の人が絶えない鰻屋、あるときは浅草のおじちゃんたちが集う食堂、あると

茜色の夕日の向こう側

最後の花火に今年もなったな 「若者のすべて」フジファブリック 10年前のこの歌をよく耳にした夏だった。 “平成最後の夏”というパワーワードが、この季節特有のセンチメンタルをより一層加速させた、そんな夏だった。 なにかが終わるというのは、妙に気持ちをそわそわさせる。 不安もあるのかもしれないけど、どちらかと言うと“なにかが変わる”という予感を増幅させる気がする。 高校生活が終わったら、 こんな田舎から出て行ったら、 忘れられない元彼を吹っ切れたら、 不毛な日々を抜け出せ

だと思った。

2010年1月30日の朝。 私たちは新宿ピカデリーにいた。 その日は映画『ゴールデンスランバー』の公開日だった。 その当時の私たちといえば、1月末に学部4年生の卒計提出があり、プレゼンがあり、それが落ち着いた2月から修士の卒論がはじまるのだ。 2010年は私が卒論を書く年だった。 2010年1月30日は、午後から手伝いをしてくれる後輩たちが来て、そこからはスケジュールと思考と“何か見えないもの”に追われる日々がはじまる。 さながら『ゴールデンスランバー』の青柳雅春のように