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はじめて住んだ家とねじまき鳥クロニクル
大学院を卒業した年の秋、はじめて一人暮らしをした。
当時の私は出版社でアルバイトをしながら、先の見えない未来をきちんと見つめなくてはともがいたり、見ないフリしながら暮らしていた。
実家が東京だったため、一人暮らしをする特別な理由があったわけではなく、母の「お母さんの仕事部屋が欲しいから、(私か弟と)どっちが部屋を借りない?今なら初期費用出してあげる」という提案にのっただけだ。
フリーターで払えるギリギリの家賃で見つけた家は、浜田山の1K。高級マンションに埋もれるようにたたずむ小さな白いアパートだった。
タイミングよく結婚した友人の家電をまるっともらい、実家が農家の友だちの軽トラに積み込み、一人暮らしがはじまった。
季節は秋だった。
1階だし、オートロックもないし、家の前の道は少し暗いし。「女の子なのに…」と言われることも少なくない家だったけど、私は結構気に入っていた。
バストイレは別。お風呂場に鍋を置かなきゃまな板を置けないくらい狭いキッチンだったけど2口のガスコンロも置けた。たったひとつの部屋の壁一面に置いた本棚の収まりも気持ちが良かった。
隣の駅には友だちが住んでいたし、行きつけのお店もあったし、TSUTAYA(漫画レンタルあり)もマックもカルディもあったし、大きな公園もあった。
でも何より、気に入っていたのは窓を開けると40cmのささやかすぎるベランダと1mの庭(というか隙間)の向こうにある“塀”だった。
なんてことのない“塀”だったけど、私はこっそり村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」みたいだと思っていた。
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村上春樹が描いたそれとは違い、長さは1Kの間口4つ分くらいだから20mもなかったかもしれない。
だけど、40cmのささやかなベランダに足をかけて、おいしいと感じるようになったばかりのビールを片手に壁を眺めながら、ミートソースを煮込む昼下がりは、“僕”になったような気分にさせた。
ちかくにある大きな公園も、森に囲まれた図書館も、駅と家の間にある必ず渡らなければいけない踏切も、隣駅の飲み屋から帰るときにいつも迷うキャベツ畑の路地も、二日酔いのたびにアクエリアスを買いに行ったポツンとある自販機も、なんだかすべてが物語のピースに感じていた。
ときおり塀の上を通り抜ける猫に“ワタヤノボル”と呼びかけたりするほどに。
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モラトリアムというぬるま湯に風邪をひきそうになるのを感じはじめた頃、その部屋を出た。
晴れた休日はマックと金麦を買って、大きな公園の木陰で一日中本を読んだりもした。
友だちが遊びに来る照れ臭さと本棚を物色されて「おもしろいね」という誇らしさを知った。
まじめにお弁当を作ったりもしていたし、今に比べるとずいぶんと節約してやりくりしてた。
一人暮らしの冬が寒いことを知ったし、夏の夜に玄関を開けた瞬間のむわっに萎えたのもこの部屋だ。
夏祭りですくった金魚すくいの金魚が死んでしまい泣きながら夜中にこっそり玄関前に埋めたりもした。
お正月になるとTSUTAYAで「スターウォーズはどこから見るべきですか?」と定員さんに毎年聞いていたけど、結局未だにスターウォーズは見たことがない。
村上春樹の小説の主人公になった気分で作った煮込み料理はそれなりのレパートリーになっている。
今でもときどきあの“塀”を思い出す。
何も持ってなかった私を、小さな冒険に連れ出してくれたあの部屋を。