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善なるペルソナ。『さよならドビュッシー』

善なるペルソナ。『さよならドビュッシー』

こどものころ、ヴァイオリンを習っていた。小中合計9年間。中学入るとき親の転勤で先生が変わって面白くなくなり3年はほとんど練習しなかったが、6年間は年2回あった発表会のおかげで、いまでも人前に立つのは苦ではない。舞台に立ってしまったら降りるまで、自分のできることやるしかないんだという「開き直り」の訓練をさせてもらったと両親には感謝している。だからときどきやらせてもらうティーチインの司会とか、初対面の

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松村北斗、清潔なディスタンス。

松村北斗、清潔なディスタンス。

この映画の美点はいくつもある。だから、わたしたちは繰り返し観なければならない。

これは(少なくとも映画作品としては)塚原あゆ子監督の代表作になるはずだ。いつものチームとは違う(映画的な)座組で、坂元裕二脚本に取り組んだ結果、ミニマルなドラマの味わいを残したまま、大風呂敷を広げることなく、映画ならではの時間反復物語を展開できている。ギミックに頼らず、平易なダイナミズムを獲得している。外側のスケール

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反射している。映画『四月になれば彼女は』論

反射している。映画『四月になれば彼女は』論

 反射している。
 
 それはちょうど、映画が折り返しを迎える頃のことだった。
 濡れた屋上の床を、雨上がりの陽が照らし出す。
 そこを、ふたりが歩いている。
 ちなみに先生は、どうして精神科医に?
 弥生が、藤代に問いかける。
 ん? これまた逆転してません?
 藤代は、自分が精神科医になった理由を考えながら、ふと我にかえる。
 診る者が診られる者となり、診られる側が診る側になる、ふたりの関係。

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あなたは、どんなふうに生きてきたのか。そして、どんなふうに生きていくのか。『ロボット・ドリームズ』

あなたは、どんなふうに生きてきたのか。そして、どんなふうに生きていくのか。『ロボット・ドリームズ』

そこにどんな物語が描かれているかよりも。そこでどんなキャラクターが魅力を放っているかよりも。映画そのものがメッセージを超えたサムシングを語りかけてきたとき、わたしたちは感動する。逆に言えば、どんなによく出来ているストーリーも、どれだけ愛すべき被写体も、こうした本質がなければエモーションには到達しない。

1980年代のニューヨークにオマージュを捧げながら、LGBTQ +なども視野に入れた現代的感覚

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【2刷発売中/新色も登場】相田冬二初作品集『あなたがいるから』(イラストレーション:箕輪麻紀子)

【2刷発売中/新色も登場】相田冬二初作品集『あなたがいるから』(イラストレーション:箕輪麻紀子)

相田冬二『あなたがいるから』(第2版)
限定カラー
【産声色ヌーディピンク】
3960円

初版【Bleu et Roseラベンダー】にかわる新色が登場します。第2版のカラーネームは【産声色ヌーディピンク】。

通常版【銀幕色ピュアホワイト】は継続。ですが、花布(はなぎれ)が薄緑に変わります。

【取り扱い店一覧】

青砥:awesome today
(第2版 ピンク&ホワイト)

学芸大学:SU

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女の子、男の子。12.7こどもが主人公のちいさな映画祭を開催。『泳ぎすぎた夜』『わたしは元気』屈指の名作2本を伊豆・松崎町にて上映。

女の子、男の子。12.7こどもが主人公のちいさな映画祭を開催。『泳ぎすぎた夜』『わたしは元気』屈指の名作2本を伊豆・松崎町にて上映。

お誘いをいただき、伊豆・松崎町にて、相田冬二セレクト上映会をおこないます。

わたし自身、上映会は初めてで、主催の方々と一緒に奮闘中ですが、上映作品には絶対の自信があります。

こどもが主人公の映画を二本選びました。いずれも相田がその年のベストワンに選んだ傑作中の傑作。世界映画史に残る逸品です。

たまたまですが、男の子の映画、女の子の映画になりました。また、カラーとモノクロームという対比の妙もあ

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晴れたり曇ったり雨が降ったり。明日の人生に「触れ違って」いこう。映画『めためた』

晴れたり曇ったり雨が降ったり。明日の人生に「触れ違って」いこう。映画『めためた』

 自分のことを、ことさら馬鹿だと思う必要もないが、無闇に複雑化して深刻になることもないのではと考える。人間は、思ってるより単純な生きものだ。
 駄目だ、もう終わりだ。プライベートでも、社会人としても。そんなふうに感じることはよくある。わたしたちは想定外の展開に弱く、脆く、傷つきやすい。思った通りに物事が進まないと、かなり意気消沈してしまう。
 思った通りの人生なんて歩んできてはいないのに、己の思い

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とりあえず遺作でも撮っておこうか。ホン・サンス『草の葉』

とりあえず遺作でも撮っておこうか。ホン・サンス『草の葉』

 決して名作だけは撮るまい。
 そんな、奇妙な、そして意固地な気概だけが漲っている映画作家だった。
 名作になりかけると、すんでのところで崩す。あるいは、そもそも名作にならないように周到な準備を張り巡らせる。企画にしても、撮影にしても、編集にしても、音楽にしても、名作化を拒む意志が明確に屹立していた。
 そんなホン・サンスが『それから』で遂に名作を完成させてしまった。
 『それから』は冒頭からやけ

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言えない秘密。京本大我。

言えない秘密。京本大我。

言えない秘密。というタイトルは、つくづく京本大我という存在の資質を的確にあらわしていると思う。

京本大我は近年稀に見るほど精緻な芝居をする人で、とりわけこの年代(1994年生まれの29歳)においては稀少価値と呼んでいいほどだ。

その綿密さ、その慎重さは、演じ手ではなく作り手の構えであり、おそらく彼は、役を演じるというより、作品の一部、もっと言ってしまえば、映画の中心部を担う意識で、あらゆること

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【アーカイブ受付中】『蛇の道』『Chime』『Cloud』そして“2020年代の黒沢清”を黒沢清監督が語り下ろすzoom公開スペシャルインタビュー6.22開催。

【アーカイブ受付中】『蛇の道』『Chime』『Cloud』そして“2020年代の黒沢清”を黒沢清監督が語り下ろすzoom公開スペシャルインタビュー6.22開催。

2024.6.22土曜日
1830開場1900開演

zoomトークイベント

【contact】featuring黒沢清

柴咲コウ主演『蛇の道』(6.14公開)、吉岡睦雄主演『Chime』(8月劇場公開。https://roadstead.io/にてレンタル視聴可能)、菅田将暉主演『Cloud クラウド』(9.27公開)。2024年、わずか4か月に3本もの新作が公開される黒沢清監督。
フランス

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【アーカイブあります】『カラオケ行こ!』『水深ゼロメートルから』の山下敦弘監督zoom公開ロングロングインタビュー開催。

【アーカイブあります】『カラオケ行こ!』『水深ゼロメートルから』の山下敦弘監督zoom公開ロングロングインタビュー開催。

相田冬二zoomトークイベントvol.228

【contact】featuring山下敦弘

2024.6.2日曜日
1830開場1900開演

綾野剛主演のスマッシュヒット作『カラオケ行こ!』に続き、高校演劇が原作である令和の名作『水深ゼロメートルから』が公開された山下敦弘監督をお招きし、そのキャリアを俯瞰する公開ロングロングインタビュー大会を開催します。

これまで、行定勲監督、井浦新さんを

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シチュエーションがハレーションを起こしている。『湖の女たち』の松本まりかについて。

シチュエーションがハレーションを起こしている。『湖の女たち』の松本まりかについて。

松本まりかがここで演じているのは、豊田佳代という、変わったところがまるでない名前の女性である。匿名性が高いわけでも、極めて凡庸というわけでもない。適度に丸みがあって、女性らしさが姓にも名にも宿ってはいる。しかしながら、どこか地味で、一度逢っただけでは、この人の姿かたちと、この名前が完全に一致することは難しいかもしれない。うっすらそう予感させるほどに、豊田佳代という名前は、印象が薄い。

豊田佳代は

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わたしたちはどうなるかわからないまま喋り、どこに行くかわからないまま今日も生きている。映画『水深ゼロメートルから』

わたしたちはどうなるかわからないまま喋り、どこに行くかわからないまま今日も生きている。映画『水深ゼロメートルから』

 デートするとき、話題が途切れないように、あらかじめ話すネタを用意したことがあった。交際が始まったばかりだったからなのか、相手に緊張していたからなのか、それなりに退屈しない男と思ってもらいたかったからなのか、おそらく、その全部が理由だったに違いないが、その日、彼女に話すことをメモしながら整理している自分の姿は、思い出してもひどく滑稽だ。
 おしゃべりとは、そういうものではない。話題が途切れないよう

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