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2019年5月の記事一覧
【第6章】少女の休日 (8/8)【家路】
【目次】
【申出】←
「んん……むにゃ」
まどろみのなかにいた少女は、心地よい倦怠感を覚えながら、まぶたを開く。自分が、誰かにおんぶされていることに気がつく。
「わあ……っ。お兄ちゃん、だあれ?」
少女──ララは、寝ぼけ眼で自分を背負う背中に問いかける。
「フロルって少年に頼まれた。お嬢ちゃんを、街まで送ってほしい、ってな」
「そっか……そういえば、フロルくんに、ちゃんとお礼言っ
【第6章】少女の休日 (7/8)【申出】
【目次】
【標的】←
「様子見か? だが、おれっちの間合いだぜ、これがな」
トゥッチは、ドローンのうち一機をマニュアル操作する。接近者の直上で、XY座標を正確に一致させる。
タブレット型デバイスを介した操作に応じて、ドローンが自爆する。風船が、巻きこまれて破裂する。中空に、灰色の石柱が具現化する。
「ハメ殺しだ!」
巨大な判子を押印するかのように、石柱が接近者に向かって落下する。
【第6章】少女の休日 (6/8)【標的】
【目次】
【偵察】←
装甲バギーを走らせながら、トゥッチは、無人機のカメラで目標座標の周辺地形を精査する。
なだらかな丘陵地だ。上空からでは影になっていてよく見えないが、人の動きから推測するに、地下に穴を掘って、拠点にしている可能性が高い。
「ほ……っ?」
トゥッチは、興味深げに声をこぼす。バギーに先行した集まったドローンの一機に向かって、男の一人が何かを構える。
望遠カメラで
【第6章】少女の休日 (5/8)【偵察】
【目次】
【呼出】←
重低音のパンクロックが、装甲バギーの車内に反響する。ビートに合わせるように、トゥッチは鼻歌でリズムを刻む。
トゥッチが操る装甲バギーは、都市外縁部の農業地帯を抜けて、グラトニアの荒野を疾走する。
「ヒューッ!」
整備されていないオフロードは、サスペンション越しに車体を激しく揺らすが、トゥッチはその振動を楽しむ。
やがて、ナビゲーションシステムが、ドクターの
【第6章】少女の休日 (4/8)【呼出】
【目次】
【史跡】←
観光都市の中央通りを、漆黒のリムジンが疾走する。
日常の喧噪を忘れ、優雅なスローライフを提供する──実際はイミテーションにすぎないのだが──グラトニア・リゾートにおいては、奇異な光景だ。
強い陽光に照らされた闇色の高級車は、都市部中央にそびえ、採光ドームを貫くほどの高さを誇る摩天楼へと向かう。
リゾートと周辺地域を睥睨するのは、都市の運営、およびグラトニアの
【第6章】少女の休日 (3/8)【史跡】
【目次】
【麦畑】←
「わあ、わあっ! わあ──っ!!」
ララは、豪華なおもちゃを前にした子供のように、目を丸くして歓声を上げる。
フロル少年の案内のもと、たどりついた遺跡は、平地のなかで少しくぼまった地点の影にそびえ立っていた。
「グラトニア共和国の、ってララは言っていたけど、正確には共和制に移行する以前、建国王時代に造られた遺跡だよ。共和国時代には、記念碑として……」
「もっと
【第6章】少女の休日 (2/8)【麦畑】
【目次】
【少女】←
「んん……っ」
ゲートをくぐったララを、視界一面の麦畑が出迎える。吹き抜ける風が、麦の穂と、少女の髪を撫でていく。少女は、帽子を手で押さえる。
一帯の麦畑は、この次元世界<パラダイム>にセフィロト社が入植する前から現住している人間の食糧となっている。
一方、都市へは、一部の天然食材をのぞき、セフィロトの子会社が運営する食糧工場から供給される。
「そこらへん、
【第6章】少女の休日 (1/8)【少女】
【目次】
【第5章】←
朝霧が晴れて、雲一つない蒼穹から強い陽光が差し込む。中世風の石造りの建築をイメージした高級ホテル街が、まどろみから目覚める。
屋内プールから、スポーツジム、ダンスホールまで完備された宿泊施設で、滞在者たちはレストラン、あるいはルームサービスで一流シェフの朝食をとる。
バカンスとして滞在するセレブリティや富裕層の人間たちが、ホテルの正面玄関から石畳のストリートへ
【第4章】彼は誰時、明けぬ帳の常夜京 (19/19)【揚々】
【目次】
【房中】←
「お二人には、お世話になりました。この御恩は、決して忘れません」
浴室で身を清め、旅装と手荷物を整えたミナズキは、アサイラと『淫魔』と呼ばれる女性に対し、深々と頭を下げる。
「それじゃあ、もといた陽麗京じゃなくて、別の次元世界<パラダイム>に行く、ってことでよいわね? 行き先は、私に任せる、と」
「はい。陽麗京に戻っても、どうせお尋ね者ですし、ほかの世界の存在など
【第4章】彼は誰時、明けぬ帳の常夜京 (18/19)【房中】
【目次】
【水月】←
(それにしても、ここはいったい、どこなのかしら──)
とりあえず、安全な場所であることは確かなようだ。ともに戦ってくれた、あの青年──アサイラが、連れてきてくれたのだろうか。
眼球だけを動かして、どうにか寝台の周辺を視界に捉えようとする。自分の足下の方向に、人影を二つ、見つけた。
片方は、アサイラ。もう一人は、見慣れぬ女性だ。アサイラ同様に、見慣れぬ装束を身
【第4章】彼は誰時、明けぬ帳の常夜京 (17/19)【水月】
【目次】
【霊符】←
ミナズキの意識は、宙を漂っていた。夢を見ているんだ、と直感した。
眼下の視界を見下ろす。夜の森の中だ。天には、星が輝き、月の光が地を照らし出す。『常夜の怪異』の前だろうか。
(──父上!)
ミナズキは、樹々をかきわけ、獣道を進む養父の姿を見つける。声をかけようとするが、言葉が出ない。
養父は、なにかを探しているようだったが、迷いなく森の奥を目指していく。お
【第4章】彼は誰時、明けぬ帳の常夜京 (16/19)【霊符】
【目次】
【落下】←
熟れすぎて腐り始めた果実のような、ぶよぶよとした肉が、全身に触れる。怖気を覚える粘液が、装束に染みこんでくる。
蛇が獲物を呑み込むように、ミナズキの身体は巨蛭の沼に沈んでいく。見る間に、全身から霊力を吸い取られていく。
それでも、ミナズキはあえて抵抗せず、己の霊感を極限まで研ぎ澄まし、霊気の流れと己の意識を一体化する。
(ああ、やはり……)
その瞬間、ミナ
【第4章】彼は誰時、明けぬ帳の常夜京 (15/19)【落下】
【目次】
【貪喰】←
「アサイラさまッ!」
ミナズキが、同行者の名を叫ぶ。仔細を説明する余裕などなかったが、アサイラは大まかな異変を察知してくれたようだった。
「ウラ……ウラアッ!」
アサイラは、足下に転がっていた岩を蹴り上げ、左の拳で殴りつける。岩は無数の飛礫に砕け、蛭魔人へと襲いかかる。
「……チッ」
少し間をおいて、アサイラの舌打ちが聞こえてきた。数多の石弾を身に受けても
【第4章】彼は誰時、明けぬ帳の常夜京 (14/19)【貪喰】
【目次】
【元凶】←
アサイラが、ミナズキの前に立ちふさがる。瑠璃の円筒の陰から、三本の矢が飛んでくる。
「ウラァ!」
風切り音を響かせて、アサイラの手刀がすべての矢をたたき落とす。
「どれ。おれぁ、かくれんぼが苦手ってわけじゃあないんだぜ。ただ、これだけのデカブツと一緒にかくれるわけにはなあ」
ゆらり、と姿を現した武官束帯の偉丈夫は、シジズだった。アサイラは、拳を構え、いつでも