【第6章】少女の休日 (3/8)【史跡】
【麦畑】←
「わあ、わあっ! わあ──っ!!」
ララは、豪華なおもちゃを前にした子供のように、目を丸くして歓声を上げる。
フロル少年の案内のもと、たどりついた遺跡は、平地のなかで少しくぼまった地点の影にそびえ立っていた。
「グラトニア共和国の、ってララは言っていたけど、正確には共和制に移行する以前、建国王時代に造られた遺跡だよ。共和国時代には、記念碑として……」
「もっと近くで見せてね!」
フロル少年の解説もそこそこに、ララはくぼ地を転がるようにしてすべり降りていく。少年も、あわててララのあとを追う。
少女は、遺跡の根本から10メートルを越える石造りの尖塔を見上げる。
「わあっ! 保存状態も良好……大事にされてきたんだね」
「グラトニア人の誇りだからね。ララも、傷をつけたりしないでよ?」
「もちろん! 現場保存は考古学の基本、ということね!」
ララは目を細めて、尖塔を凝視する。石造りの水路が絡み合ったような構造体だ。実用的というよりは、なにか儀式的な意味合いがあったのだろう。
一部を見つめているぶんは問題ないが、尖塔の全体を視界に収めていると、めまいがしてくる。
基本的に、水路が直角に折りたたまれながら螺旋状に昇っていく造りなのだが、見ているうちに、右巻きなのか左巻きなのか、わからなくなる。
少女は遺跡の周囲をぐるぐると回り、携帯端末で写真を撮りまくる。ポーチから、手帳とペンを取り出すと、何事かをメモしはじめる。
フロル少年は、ララの背後から手帳をのぞき見たが、そこには奇妙で複雑な数式が書き殴られ、意味を理解することができない。
「わあっ! これって、もしかして魔法文字<マギグラム>じゃない!?」
水路の内側をのぞきこんでいた少女が、うわずった声で歓声をあげる。
「マギ……なんだって?」
「はげかかっていて、ほとんど読みとれないけれど、ユグドライト含有の塗料が使われていたみたい。サンプルを解析してみたいけど、それはまた今度かな……」
年相応に興奮しながら、学者のごとき知見を次々と口にするララを、フロル少年は呆然と見つめる。
そうこうしているうちに、ララは石造りの尖塔に張りついて、遺跡上部に登ろうとし始める。
「ララ! なにをしているんだよ、落ちてケガしたらどうするんだ」
少女のスカートのなかが見えそうになって、フロル少年は慌てて止めに入る。ララは、しぶしぶ登攀を断念する。
「フロルくん。この遺跡、『不可能物体』になっているんじゃない?」
少女は、感極まった声音で困惑する少年に語りかける。ララは、携帯端末のモニターをフロル少年に見せる。
液晶画面には、回転するワイヤーフレームが映し出されているが、それの意味するところを少年は理解できない。
「さっき撮った写真と計算結果で簡易モデルを作ってみたんだけど、シミュレーター上での構造がかみ合わないの」
早口でしゃべり終えたララは、ふたたび石造りの尖塔を見上げる。
「やっぱり、上から見てみたいなあ。足場を作らないと無理かしら。遺跡のどこかに、はしごみたいなものが付いていたりしない?」
少女は、フロル少年のもとを離れて、遺跡周囲の観察を再開する。ララの姿を見守る少年の作業着のポケットで、何かが小さく振動する。
フロル少年は、ポケットのなかから、バイブレーションで着信を告げる小型の導子通信機を取り出し、少女に見えないように耳に当てる。
『──どうした、フロル! 早く、小娘を捕まえろ──』
「……了解」
少年は、困惑の表情を浮かべて、通信を切る。意を決し、気配を殺して、遺跡の裏側にいる少女のもとへと接近する。
そこには、尖塔の根本にもたれかかり、電池の切れたおもちゃのように眠りに落ちたララの姿があった。
→【呼出】
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